2019年の調査によると企業の働き方改革の取り組みの約9割は失敗しているそうです。チェンジマネジメントの視点からなぜ多くの企業で働き方改革がうまく行かないのか検証します。
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チェンジマネジメントの専門家として、ここ数年、会社の大小・業種を問わず日本全国の数多くの企業が取り組み、そして数多くの企業が失敗してきた改革の取り組みである「働き方改革」は避けて通れません。
というわけで今回は、チェンジマネジメントの視点から、「働き方改革」を取り上げ、問題点を考えてみます
クロスリバー社が⽇本企業528社16万⼈に対して1万8798時間をかけて調査したところ、働き⽅改⾰に成功した企業はたった12%だったそうです(「仕事の「ムダ」が必ずなくなる 超・時短術」、2019年8月、クロスリバー社社長越川慎司氏著より)。
ワークポート社の2019年9月の調査では、「働き⽅改⾰開始後、⾃分の働き⽅は変わったか」の質問に対して、「改善された」が10.2%に留まっているのに対して、「変わらない」が73.1%、「悪化した」が16.7%と、なんと改革をしているにも関わらず「悪化した」が「改善された」を上回っています。更には、「現在の働き方改革への満足度はどのくらいか」という質問に対しては、「満足していない」と「全く満足していない」の合計が63.6%なのに対して、「とても満足している」と「満足している」の合計は僅か6.9%です。
多くの企業で働き方改革が機能していない事がよく分かりますね。どうしてでしょう?
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まず変革のプロジェクトや取り組みは、何事も目的を明確にする事が大事だと繰り返し説明してきました。「働き方改革」の目的から考えてみましょう。
皆さん、そもそも「働き方改革」という言葉は、いつどこから出てきたか覚えているでしょうか?
2015年、自民党安倍政権によってです。安倍政権は、「強い経済」「夢をつむぐ子育て支援」「安心につながる社会保障」の実現を目的とし、「一億総活躍社会」の実現を掲げました。
「働き方改革」は、その一億総活躍社会の実現に向けた横断的課題であり、かつ最大のチャレンジと位置づけられた施策です。
2017年には、具体的な実行計画である「働き方改革実行計画」が策定されました。下記その抜粋です。
日本経済再生に向けて、最大のチャレンジは働き方改革である。「働き方」は「暮らし方」そのものであり、働き方改革は、日本の企業文化、日本人のライフスタイル、日本の働くということに対する考え方そのものに手を付けていく改革である。。。
一人ひとりの意思や能力、そして置かれた個々の事情に応じた、多様で柔軟な働き方を選択可能とする社会を追求する。働く人の視点に立って、労働制度の抜本改革を行い、企業文化や風土を変えようとするものである。 。。
改革の目指すところは、働く方一人ひとりが、より良い将来の展望を持ち得るようにすることである。多様な働き方が可能な中において、自分の未来を自ら創っていくことができる社会を創る。意欲ある方々に多様なチャンスを生み出す。。。
具体的には下記の3つの大きな課題の下、9項目のテーマ(非正規雇用の処遇改善、賃金引上げ、労働生産性向上、長時間労働の是正、柔軟な働き方がしやすい環境整備、等々)と、19の対応策が示されました。
- 処遇の改善(賃金など):仕事ぶりや能力の評価に納得して、意欲を持って働きたい。
- 制約の克服(時間・場所など):ワークライフバランスを確保して、健康に、柔軟に働きたい。
- キャリアの構築:ライフスタイルやライフステージの変化に合わせて、多様な仕事を選択したい
2019年4月1日からは「働き方改革関連法」が順次施行されています。「働き方改革関連法」では、残業時間の上限規制、有給休暇の取得義務化、インターバル制の普及促進などを規定しています。
以上が政府が提起した「働き方改革」の概要です。
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では企業にとっての「働き方改革」とは何か?
「働き方改革関連法」として法令となっている部分の遵守は必要ですが、それ以外の政府の提起は強制力はありませんから、基本的には「それぞれの会社次第」という事でしょう。
ただし、多くの企業は、上記の「働き方改革実行計画」にあるような、法令遵守以上の取り組みを行おうとしています。
では企業にとっての「働き方改革」の目的とは何か?
「働き方改革」の目的は「会社の目的を達成するため」であるべきでしょう。会社で行う事の全ては会社の目的達成のために行われるべきです。会社の目的は会社によって異なります。「働き方改革」の内容もそれぞれの会社で当然異なってよいものです。
では「会社の目的」とは何か?
会社の目的は、会社のパーパス、ビジョン、ミッションに掲げられているはずです。
会社によって、それは企業理念や経営理念と呼ばれていたり、バリューという名前の下に掲げられていたりします。変革を成功させるためには、企業文化・風土も必要ですが、明確な目的が共有されていない会社には変革に必要な文化は育ちません。
下図のように、会社のパーパス、ビジョン、ミッションを達成するために中長期的な経営計画があり、更に事業戦略や個別の取り組みの中で部署単位で実施する事がより具体的に計画されます。
「働き方改革」は、経営計画以下、事業戦略、および更に下位の施策にまたがって位置する取り組みでしょう。
図:「働き方改革」の組織内の位置づけ
成功している会社の多くは、働き方改革とパーパス、ビジョン、ミッション(企業理念)とのリンクがあります。働き方改革だけではなく、その他の様々な改革の取り組みにも企業理念とのリンクがあります。
働き方の取り組みでリードしている会社のひとつがサイボウズ社です。
サイボウズ社は「働き⽅改⾰」の言葉が生まれる前の2005年から取り組みを開始しています。「チームワークあふれる社会を創る」という企業理念の下、「100⼈いれば100通り」という働き⽅の多様化への取り組みを行っています。サイボウズ社の、働く場所も、働く時間も、働き⽅も、⾃分で決めていくワークスタイルは、個人個人で異なる事情に配慮し、個人の生産性や創造性を最大に引き出すための理想型の一つでしょう。個人が能力を最大限に発揮できる働き方を提案し、それを会社がサポートする。
最初に紹介したクロスリバー社も、業務のムダの徹底的な排除・合理化で週休三日、週30時間労働制などの働き方を実現しています。
これらの会社のような働き⽅が働き方改⾰のロールモデルとなり、日本の多くの会社に取り入れられて欲しいと思います。
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成功していない会社は、成功している会社とは逆で、下図のように、働き方改革がパーパス、ビジョン、ミッション(企業理念)と切り離されています。そして、働き方改革は建前にすぎず、実質は「働き方改革関連法」の規定遵守が目的になっています。
図:働き方改革がうまくいかない会社の原因
成功していない会社は、
① そもそも明確なパーパス、ビジョン、ミッションがない、又は社員の中で共感を持って共有されていない。
② 働き方改革の目的がその上段に位置するパーパス、ビジョン、ミッションとリンクしていない。
③ 働き方改革自体が独立して存在し、法令遵守が事実上の目的になっている。
会社の自由ですから、③のように、「罰則付き上限規制」、「有給休暇の5⽇取得義務」、「勤務間インターバル制度の努⼒義務」等の法令遵守だけの目的の働き方改革でもいいんです。しかし、その場合は社員にその方針を明確に伝えなければなりません。つまり、「コンプライアンスが大事なので、残業、有給管理を徹底する。従業員の皆様には業務面でしわ寄せがいくかもしれないが自己努力で頑張って下さい。多少の業務の未消化、顧客対応の不備、売上の低下は避けられないかもしれないが、会社としてはやむを得ないとする。」むしろ潔い位ですね(笑)。
このように「法令遵守だけの目的のためだけに働き方改革をやります」と公言する会社はさすがにないでしょうが、実際にやっている事がそれに近い会社はたくさんあります。言っている事とやっている事が違えば、社員はついてきません。先のワークポート社の調査結果のように、働き方改革によって「働き方が悪化した」ケースは、社員に矛盾するメッセージを与えているからです。言動に表と裏があり、矛盾するメッセージを押し付ける事で社員が混乱し、生産性がむしろ下がっているからです。
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「うちの会社にも、ビジョン、ミッション、企業理念はある、でもそれを見ても会社の目的はよく分からない。。」と思われる方もいらっしゃるでしょう。
そのような会社は残念ながら、一度自己を見つめなおし、ビジョン、ミッション、企業理念を見直していく必要があります。
「そんな簡単に企業理念を変えられるかよ!」と思われる方もいらっしゃるでしょう。しかし、時代が大きく変わってきているのですから、時代にマッチしない、明確でなく共感できない企業理念は変えていかなければなりません。VUCA(ブーカ)の時代と言われて久しいですが、このような時代は尚更、組織を引っ張る強い力のある企業理念が必要です。
ビジョン、ミッション、経営理念を見ても会社の目的、目指す方向がよく分からないのであれば、社員一人一人が違う意図や解釈をしたり、あるいはそもそも何も考えないで目の前の仕事をしているだけという状況に陥ります。そのような社員の集合体である会社は下図のようになります。
左側の矢印が一人一人の社員のベクトルで、右側の矢印が一人一人の社員のベクトルを足し合わした会社全体の集合体としてのベクトルです。皆バラバラの方向を見て仕事をしているので、集合体として大きな力になりません。目的や理念が明確でなく、共有・共感されていない会社では、社員同士が正反対の意図をもって仕事をしてお互いにエネルギーを浪費し合う事も起きます。
図:企業理念が明確でなく共有共感されていない会社の社員と組織のベクトル
一方、パーパス、ビジョン、ミッションが明確な会社は、下図のようになります。全員向いている方向が同じなので、一人一人の社員のベクトルを足し合わせた集合体としてのベクトルは目的に向かって大きな推進力となって作用します。
図:企業理念が明確で共有共感されている会社の社員と組織のベクトル
上の二つの例の社員の集合体である組織全体のベクトルを比較してみて下さい。目的を共有する組織の力は、共有共感されていない組織と比較にならないほど強力です。
パーパス、ビジョン、ミッションが明確でなくても、今までやってきた事だけを同じように繰り返してやるだけなら、皆やり方がはっきり分かっていますから同じ方向を向いてできます。
しかし、正解がない時代、働き方改革のような組織改革や新規事業などの新しい取り組みの場合はそうはいきません。目的を明確にする必要があります。暗闇の中、向かうべき先を皆が見えるようにライトで明るく照らしてやらなければならないのです。目的で、組織と社員の変化を推進(Drive)させて行かなければならないのです。
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最初にやるべき事は、パーパス、ビジョン、ミッションにリンクさせ、働き方改革の目的と位置づけを明確にする。
それ以前にパーパス、ビジョン、ミッション、会社の目的が分からない場合は、そこを見つめ直す事から始める。
という事になります。
以下は参考まで、多数のリーダーシップの名著を世に出したジョン・C・マクスウェルの言葉です。
どんなに計画しようが、どんなに一生懸命働こうが、最終的な成功が何なのか描いた時のみ私たちは真に効果的になる。~ ジョン・C・マクスウェル
No matter how much we plan or how hard we work, we’ll be truly effective only when we’ve envisioned what a win looks like in the end. ~ John C Maxwell
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パーパス、ビジョン、ミッションも明確で社員も共感している。働き方改革の目的と社内での取り組みの位置づけも明確。けどうまくいかない。。。という場合もあるかもしれません。
以前、組織改革マネジメント(OCM)のレディネス(自信)評価で紹介したように、変革の取り組みには、取り組みのレベルに相応する①文化、②オーナーシップ(コミットメント・エンゲージメント)、③キャパシティ(能力)が必要です。
「パーパス、ビジョン、ミッションも明確で社員も共感している」のであれば、①文化の面では変革に対する下地があるレベルに達しているはずです。
残りの2つの項目、②オーナーシップ(コミットメント・エンゲージメント)、③キャパシティ(能力)の面で課題がある可能性があります。
取り組みに関して、計画段階を含めた各段階で②ステークホルダーのエンゲージメントを得て行っているでしょうか?働き方改革の場合は、主要なステークホルダーは、従業員になるでしょう。従業員に寄り添い、共に取り組んで進めていますか?また、その他のステークホルダーは認識し適切に対応していますか?
変化の取り組みには、ステークホルダーが取り組みを認識し、現状と変化を比較した上で、変化を支持し、エンゲージメントを持って取り組む事が必要です。
また③取り組みを計画実行するチームやステークホルダーのキャパシティ(能力)は十分でしょうか?
キャパシティとは、登山に例えると、道具や知識、経験です。登る山に対して必要十分な装備がありますか?その山を登るのに必要な技術、あなたの経験は十分ですか?ルートや天候、トラブル対応の知識、用意は十分ですか?
いくら登る目的の山を明確にしても、あなたのキャパシティが十分でなければその山はあなたでは登れません。より多くの知識を習得し、より簡単な山から始めて経験を積まなければならないでしょう。経験が乏しければガイドを雇う事も考えられますね。
組織やチームの能力に比較して変革の取り組みが大きすぎる場合も同様です。能力を向上させる事、より小さい取り組みからスタートする事、外部の手助けが必要になります。