バリューや行動指針は従業員が共通して持つべき組織の価値観です。正しく作成されたバリューや行動指針は、組織文化の根底をなし、あるべき文化の醸成を助けます。一方、強い意志やコミットメントがなく、一部の人だけで作り上げる、語感の良いバリューや行動指針には何の意味もありません。
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はじめに
パーパス、ビジョン、ミッションと並んで取り上げられる企業理念として、バリューと行動指針があります。
パーパス、ビジョン、ミッションに関しては、以前紹介しました。今回はバリューと行動指針について見ていきます。
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バリューとは?行動指針とは?
バリューは従業員が共通して持つべき組織の価値観です。組織文化の根底をなし、あるべき文化の醸成を助けます。
ただし、共通の価値観と言っても、人間の価値観は多種多様です。何から何まで全く同じ価値観の人間が集まってしまっては、多様性ゼロ、モノの見方の狭い危険な組織が出来上がってしまいます。組織として、多くの価値観を受け入れた上で、その中でみんなで共有すべきいくつかの価値観が組織のバリューになるでしょう。
よく見られる組織のバリューには、「信頼」「感謝」「誠実」「公正」「責任」「献身」「情熱」などがあります。
一方、行動指針は、バリュー(価値観)を体現するための行動です。
上記のような漢字2文字のバリューだけでは、実際にどう行動すべきなのか、従業員にはよく分かりません。
組織としてどのような行動が推奨されるのか、より具体的な行動を示し、認識を共有する事で、一人一人がどう行動すればよいのか分かりやすくなります。
バリューと行動指針の関係は、ビジョンとミッションの関係に似ています。ビジョンは「組織の未来の姿」、ミッションは「ビジョンを実現するためにすべき事」で、バリューは「組織の価値観」、行動指針は「その価値観を体現する行動」です。
図:「ビジョンとミッション」の関係と「バリューと行動指針」の関係
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3つの行動指針
ところで、ちょっとややこしい話をしますが、会社の行動指針には、別の理由から作られるものもあります。
法令遵守、コンプライアンス、会計慣行の観点から作成される行動指針です。
米国では、エンロン社、ワールドコム社の巨額会計スキャンダルが発覚した後、2002年に法律が制定され(サーベンス・オクスリー法)、財務慣行、会計管理、コーポレートガバナンスに関する厳格な行動規範が企業に義務付けられました。その後それは日本にも導入され、日本でも上場企業には企業行動規範の遵守が義務付けられています。
上場企業には、この行動規範の遵守義務を果たすための行動指針があります。会社によって「行動規範」や「倫理規範」などと呼ばれる事もあります。
それに加えて、弁護士や会計士、技術士、教師など、免許制度のもとで専門性のあるサービスを提供する専門職にも、倫理規程の遵守が求められます。これは会社の枠組みとは異なる、職業の枠組みでの行動規範です。
つまり、企業が事業を行う上で、次の3つの行動指針が関係します。
① 企業理念(バリュー)を体現するための行動指針
② 会計慣行やコンプライアンスで企業に求められる行動指針
③ 個人が職業上求められる行動指針
以上の背景から、上場企業は①と②の2つの行動指針を合わせ持つ事も少なくありません。1つの行動指針が全てを兼ね備えるのが理想でしょうが、①の行動指針は、②コンプライアンスや③職業倫理以上の範囲を含み、その趣旨が異なるため、実状は難しいかもしれません。ただし、なぜ2つの異なる行動指針が存在するのかその理由を明らかにしておかないと、組織の中で間違った捉え方をされる恐れがあります。
例えば、伊藤忠商事の、①の意味での行動指針は「ひとりの商人、無数の使命」です。同社の「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」という企業理念を実践するための指針です。
他方、同社の②の意味の行動指針は、「企業行動倫理規範」という名のもと、下記の項目を規定しています。
● 持続的経済成長に向けたイノベーション
● 人権の尊重
● 働き方の改革、職場環境の充実
● 地球環境の保全
● 公正な事業活動
● 情報の管理・提供
● 社会貢献
● 危機管理の徹底
なお、②、③の意味での行動指針は、英語では「code of conduct」や「code of ethics」と呼ばれます。
①の行動指針は、英語にすると「action guideline」、「guiding values」、「actionable value」などですが、欧米の企業でそのように定義される事は、実はほとんどありません。欧米では、バリューと行動指針を分けず、下のFacebookの例のように、バリューを単語や文章またはその両方で表し、それを一括りで「values」や「core values」として扱う事が多いです。
Facebookのvalueの一つ:大胆であれ(Be bold)
大胆であれ:素晴らしいものを作ることは、リスクを取ることを意味する。「最も危険なリスクは、リスクを冒さないこと」。 急速に変化する世界では、リスクを冒さなければ成功できない。 たとえ時々失敗する事があっても、皆さんは大胆な決断をして下さい。
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なぜ会社はバリューや行動指針をつくるのか?
ちょっと寄り道しましたが、、、改めて、ここで私が取り上げるのは、①の行動指針、つまり、バリュー(価値観)を含む会社の企業理念を体現するための行動指針です。
会社はなぜバリューや行動指針をつくるのでしょうか?
会社が、新たにバリューや行動指針を定義する、または見直して再定義する場合、大きく次の2つの意図があるはずです。
(1) 今組織に根付いている良い文化、習慣、行動、価値観を失わないように、持続・強化していく
(2) 今組織に見られる行動が、目指す組織文化や行動と見合っていないので、新しい行動への変化を促す
どちらの意図で行動指針を作りまたは作り直すのかによって、やるべき事が違います。
(1)の場合は、組織で高く評価され、称讃されている手本となるような行動、残していきたい行動、将来に引き継ぎたい行動を見つけます。組織の文化や価値観は暗黙のうちに形成され、時と共にぶれたり認識が違ってくる事もあるので、見失わないようにみんなで再確認し言語化します。
(2)の場合は、今の組織ではなく、目指すべき未来の組織を想像して、そこで見られるだろう行動を見つけていきます。または逆に、将来あるべき姿から見て、現状行っている望ましくない行動を見つけ、それを置き換えるような新しい行動を見つけていきます。
実際は(1)と(2)の両方の状況が混在するケースが多いでしょう。
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バリュー、行動指針を作成する(見直す)場合のポイント
では実際にバリュー、行動指針を作成するまたは見直す場合に大事なポイントは何でしょうか?
1.「誠実」「正直」で、嘘がないこと
例えば「誠実さ」「正直さ」という価値観は、よく使われる一方、強い意志が求められる価値観でもあります。
誠実とは「どんな事があっても誠実」という意味です。いざという時や、厳しい判断を求められる時こそ真価が問われる、そんな価値観です。
例えば、あなたは「95%誠実な人」「9割位、正直な人」を信頼できますか?(笑)
都合の良い時はしっかり守るけど、都合が悪くなったり危機的状況に陥った時に目をつむるようなバリューであってはなりません。誠実さは強い自己規律がなければ獲得できません。通常時ではなく、緊急事態時、つまり「残りの5%」、「残りの1割」の時どう行動するかで真価が問われる価値観です。
先に紹介したエンロン社は当時「文面上は」素晴らしい行動指針を持っていました。しかし、巨額不正は行われました。
もしその言葉が持つ厳しさに対峙する覚悟と勇気がないなら、そのようなバリューを設定すべきではありません。覚悟がないのに掲げたところで、本音と建前のダブルスタンダードや言い訳を生むだけで、覚悟がない価値観は社長席の後ろの飾り物にしかなりません。
組織のみでなく、個人が各々の価値観と合わせ、深く掘り下げて向き合い、それを組織の中で話し合い、メンバーが納得感とコミットメントを持って受け入れられるバリューである事が必要でしょう。
図:社長席の後ろの飾り物でしかない価値観
2.行動指針は「行動」であること
行動指針は、読んで頭に思い描くことができる、目に見える行動であり、動詞です。結果や性質ではありません。読んでどんな行動を取ればよいのか分からなければ、それは行動指針ではありません。
覚えやすく、できるだけ具体的で、場面で実際に行動に移せる必要があります。
3.矛盾する価値観・行動にこそ本質がある
当然ですが、会社や事業の形態によって、バリューや行動指針も異なってきます。
例えば、スタートアップ企業では「スピード」「大胆」「自由」「楽しさ」のようなバリューが、長い歴史を持つ従来産業のレガシー企業では「調和」「融和」「規律」「遵守」「統合」「注意深さ」のようなバリューが見かけられるでしょう。
事業の特性がありますので、どちらが良いとか悪いという話ではありません。しかし、矛盾するバリューを併せ持つ事は避けなければなりません。例えば、「大胆」と「注意深さ」は相反する価値観です。「大胆に行け!しかし慎重に注意深く」と言われても、従業員は混乱するだけです。
矛盾する価値観を設定しない原則ですが、一方で矛盾が生じる所にこそ本質がある場合もあります。
例えば、「顧客優先」というバリューを掲げても、企業としては業績をあげる必要もあり、時にその板挟みのジレンマに陥るケースがあります。つまり、顧客を優先すると業績にダメージがあり、業績を優先すると顧客がダメージを受けるケースです。「顧客には誠実であれ、しかし常に最大利益を狙う」とメッセージを送った途端、バリューや行動指針は何の意味も持たなくなります。
このような矛盾する場面こそ、矛盾から目をそらすのではなく、しっかりと見つめる必要があります。そんな時、従業員はどう行動すべきか、はっきり示すのです。
4.レベレッジが効いた行動を探す
レベレッジが効いた行動とは、てこの原理のように、小さな行動で大きな結果をもたらす、物事の核心をつく行動です。
米国コロラド州の世界最大の金鉱会社、ニューモント・マイニング社(Newmont Mining)(1)では、従業員が選んだ十数名のオピニオンリーダーを2日間のトレーニングに参加させ、安全のためには何が大切かを議論しました。鉱業では、事故は多くの命を奪う大惨事に繋がりかねません。安全は何にも優先する最重要事項です。オピニオンリーダーによって、330以上の安全行動が議論のテーブルに乗せられました。2日間のトレーニングの結果、その中でも最も核心的な行動は「Speak Up – 声をあげる」だろうという結論を得ました。つまり「何かおかしい」と感じた時に誰もが「ちょっと待て」と声をあげられるだけでなく、普段から何気ない状況でも、自分の意見を声にできる事、それがひとの命を守る上で最も大事な行動だという結論です(2)。
レベレッジが効いた核心的な行動とはこの「Speak Up – 声をあげる」のような行動です。
先に説明した「価値観」が衝突する場面での行動にも、レベレッジが効いた行動に当てはまるものがあるでしょう。そのような行動を言語化するのです。
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すばらしい行動指針の事例
最後に、日本企業と海外企業のすばらしい行動指針の事例を、ひとつずつ紹介しましょう。
日本企業で素晴らしい行動指針を掲げているのはGMOインターネットグループです。同社が掲げるスピリットベンチャー宣言に含まれていますが、これでもか!というボリュームです。いくつか事例を挙げます。
- インターネット産業で”1番”になろう。”1番”になれないことはやらない。
- 結論ファースト。
- お客様はもちろん、すべての方との接点で最高のおもてなしをし、ファンになってもらおう。
- 事業・ものごとにはポイントがある。ポイントとはボウリングにおけるセンターピン。最小のパワーで最大の効果を得よう。
- 困った時には早めに相談しよう。相談されたら、わかることは一言でも教えよう。
- 挨拶は「笑顔」の始まり。お客様・仲間への挨拶は元気よく大きな声。挨拶でもナンバー1のグループにしよう。
- 期限は「今日中」「今週中」などの曖昧な表現を使わず、「何日何時何分まで」と明確に決めよう。。。等々
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海外企業では、グーグルやアップルなどのビッグ・テック企業のバリューは、やはりどれも素晴らしいですね。その中で、アマゾン社は、全員がリーダーであるという考え方のもと、14の「リーダーシップの原則:Our Leadership Principles」を掲げています。そのいくつかを紹介します。
- Customer Obsession(顧客への執着):リーダーは、顧客を起点にスタートしてそこからさかのぼって考える。
- Ownership(リーダーシップ):リーダーは、オーナーであり、短期的な結果のために、長期的な価値を犠牲にしない。
- Are Right, A Lot(とても正しい):リーダーは、強い判断力と、優れた直感力を備える。多様な考え方を追求し、自らの考えを反証できる。
- Learn and Be Curious(学び好奇心を持つ):リーダーは、学ぶことをやめず、常に自己の成長を追求する。。。等々
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最後に
バリューと行動指針の考え方、作り方について紹介しました。バリューと行動指針は組織文化の根源です。背伸びし過ぎたり、やる気がそもそもないのに体裁だけ整えても機能しません。
上記のアマゾン社では、「リーダーシップの原則」を職場で聞かない日がない位、組織に浸透しているそうです。
形だけのバリューと行動指針にするのか、本当に行動の基準とし行動を変える強い意志を持つバリューと行動指針にするのか、この差が一番大きなレベレッジの差となって結果に表れるのかもしれません。
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参考文献
(1) “Newmont’s Values at Work During the Pandemic“, Newmont Blog, 2020/8
(2) “Case Study : Newmont Mining Improves Workplace Safety by Influencing Employee Behavior“, VitalSmarts