気候変動の解決のためには社会の仕組みの変化が必要です。私たちが次の世代に伝えなければならないのは、私たちが築いたライフスタイルの後を追わせたり、私たちの常識を押し付けることではなく、むしろ、私たちが築き享受した社会が生んだ問題を指摘させ、私たちが当たり前だと思っている常識や規範を塗り替えていくように後押しすることです。
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はじめに
アントニオ・グテーレス国連事務総長は、記録上、2023年7月が人類が経験した最も暑い月になったと述べ、当時「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が到来した(the era of global warming has ended, the era of global boiling has arrived)」と警告しました。(1)
また、グテーレス総長は、同年9月に行われた国連の気候大望サミット(Climate Ambition Summit)では、「人類は地獄への門を開いた(Humanity has opened the gates of hell)」とさらに強く警告し、行動の変化を要求しました。(2)
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温暖化の被害を受けている途上国の人たち
先日私が参加した会合で、ある政府関係者が「地球環境を騒いでいるのは、暮らしに余裕のある豊かな国の人たちで、貧しい国や紛争に巻き込まれている国の人たちに、そんな余裕はない」と仰っていました。しかし、温暖化の被害を受けているのはむしろ途上国の人たちです。
国内避難民監視センター(IDMC:The Internal Displacement Monitoring Centre)の調査によると、2022年末時点で、世界で7,110万人もの人たちが自分の家を離れなければならない状況に追いやられ、国内避難民となっています。これは前年より20%多く、過去最高の数値になっています。
同年、前年比60%増となる6,090万人もの人たちの国内移動が記録されました。そのうち、紛争や暴力によるものは約2,830万人(うち1,690万人はウクライナ戦争によるもの)ですが、洪水や干ばつなどの災害によって移動を余儀なくされた国内避難民は3,260万人にもなっており、紛争によって自宅を離れなければならなくなった人の数を上回っているのです。(3)
IDMCが過去25年の記録をまとめた「25 Years of Progress on Internal Displacement 1998-2023」でも、近年、国内避難民を引き起こす災害が急増していると指摘されています。(4)
地球環境問題は、途上国の人たちにこそ、より深刻な影響を与えているのです。
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地球環境は私たち1人1人の問題
地球環境は私たち1人1人の問題です。
1人1人の行動こそが集団としての動につながります。私たちのライフスタイルの変化が法律や制度面での変化を促します。(5)
2022年の調査によれば、気候変動は、ヨーロッパ人が考える2番目に差し迫った問題であり、回答者の72%が、個人の行動が気候問題への取り組みに変化をもたらすことができると考えています。また、66%がより厳しい規制を望んでいます。(6)
実際、世界の温室効果ガス(GHG)排出量の約3分の2を家庭消費が占めているという研究者たちの調査からも、この問題が個人の行動にかかっているのは明確で(7)(8)(9)、国際エネルギー機関(IEA2020)も同様に、2050年までにネットゼロを達成するためには、私たち1人1人の行動の変容が不可欠だと結論付けています。(9)
欧米で強い当事者意識がある一方で、日本では、気候変動に対応すべきなのは政府や企業で、個人が何かすべきだと考えている人は少ないように感じられるのですが、皆さんはどう感じられるでしょうか?
調査会社のイプソス社(Ipsos)は、「私たちの認識の危うさ」に関する2021年の調査で、世界30か国の一般市民に、気候変動に対処するために自分たちが生活で何をするべきかを尋ね、環境保護行動をどのような認識の差があるのかを調査しました。
世界平均では、10人に7人(69%)が「気候変動に取り組むために自分が取るべき行動を理解している」と回答しています。ペルー(85%)、コロンビア(83%)、メキシコ、チリ(ともに82%)などの国々の人たちの意識が高い一方で、なんと日本(40%)は30か国中、ロシア(41%)に次いで最下位になっており、私たち日本人の環境意識がとても低いことが明らかになりました。(10)
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子供を産まない?
では、私たち1人1人にはいったい何ができるのでしょうか?
2017年に発表された「温暖化に対して個人が実行できる最も効果的な行動」に関するセンセーショナルな論文があります。(11)
この論文は、環境負荷低減の方策として一般的に挙げられるような、「リサイクルする、洗濯に温水を使わない、洗濯物を外に干して乾燥させる、燃費の良い車に乗る。。。」というような行動のインパクトは小さいと指摘し、1人1人が温室効果ガス排出量削減に特に効果的に貢献できる4つの行動を特定しています。
それは、①車を使わない生活をする、②飛行機での移動を避ける、③植物ベースの食事をする、そして他を引き離し、ずば抜けて高い削減効果をもたらすのが、④産む子供の数を1人減らすことです。
夫婦が産む子供を1人減らせば、将来的にその子が排出する温室効果ガスがゼロになります。また、その子の子孫たちの排出量もゼロになります。先進国の夫婦ではその低減効果は58.6トンCo2にもなります。これは、子供を1人減らすと決めた米国の夫婦は、684人のティーンエイジャーが残りの人生すべてを徹底したリサイクルに捧げることと、同程度の排出削減効果があることを意味する数字です。
この論文に対しては計算方法があまりに単純化されすぎているという批判はあります。また、環境保護のために子供を産まないのであれば、私たちはそもそも何のために生きるのかという大きな問題があります。そもそも日本ではすでに少子化が深刻なので、これ以上自国民を減らせば、高齢化や仕事の担い手不足など、異なる問題が深刻化します。しかし、欧米では、子供を産むことに罪悪感を覚えたり、実際に環境のために子供を産まないという選択肢を取るカップルがいるのも事実です。(12)(13)
2000年に61億だった世界の人口は、2022年には80億人を超えました。わずか20年足らずで地球上に約20億人もの仲間が増えたことが環境に及ぼす影響はあまりにも大きい一方で、では、どうやって増えすぎた世界の人口を適正化していくのかというのは、経済成長や経済格差の問題、地政学的な問題、高齢化など様々な要因が絡み合うとても複雑で難しい問題です。
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個人にできること
先ほど挙げた温室効果ガス削減に特に効果的な4つの行動のうち、「③植物ベースの食事をする」ことの有効性はあまり知られていません。
以前書いたように、温室効果ガスの総排出量のうち、畜産業による排出は15%近くを占めています。放牧地や家畜のえさの栽培など、食肉生産のために多くの土地が利用されています。まだ知らない人も多いかと思いますが、牛などが餌を消化する過程で発生させるメタンガスの量とその影響は私たちが想像する以上に深刻です。
ベジタリアンになるというドラスティックな変化を求めるまでしなくても、牛肉や羊肉を豚肉を食べることを減らし、鶏肉を増やすだけでもかなりの削減効果があります。(14)
よく、地元でとれた食材を買って食べることは、輸送費が低減されるため環境によいと言われることがあります。
しかし、輸送時の排出量に比べて、生産時の排出量がははるかに大きいため、実は「どこの食材を食べるか」よりも「何を食べるか」が重要です。
下のグラフは、私たちが取る食材のサプライチェーンにおける温室効果ガスの排出量を示したものですが、輸送の影響(「Transport」という濃い赤色で示された項目です)よりも、他の項目の影響がはるかに大きいことが分かります。(15)
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「②飛行機での移動を避ける」ことに関しては、個人的にとても耳が痛く、強烈なジレンマを感じる項目です。海外関係の仕事を長くしてきた私にとって、今のような仕事(本業)を続ける限り、飛行機に乗らないという選択肢を取るのが難しいからです。この気持ちは、畜産業にかかわる人がこの記事を読んで感じる気持ちと同じかもしれません。
その代わりにと言う意図は決してありませんが、私は車を所有しておらず、週末のお出かけも公共交通機関や自分の足での移動が中心です。しかし、往復の長距離フライトの排出量は「1回あたり」1.9トンCo2で、①車のない生活をすることで削減できる「年間」排出量は2.1トンCo2です。
車のない生活をすることで削減できる排出量が大きいのは事実ですが、私の場合、1年間車のない生活を通しても、たった1~2回の海外出張でその効果は吹き飛んでしまうわけです。
世界人口の大半は飛行機にまったく乗りません。私のような頻繁に飛行機を利用するごく一部の人たちが、飛行機の利用を減らすことで排出量を大幅に削減することができます。効率的に海外出張を計画し、少しでも出張回数を減らすように心がけなければなりません。コロナ禍の間はそれができていたはずですから。
あるいは、近い将来、個人の飛行機利用にカーボンクレジットのような仕組みを設けることが必要になるかもしれません。例えば、世界中の人たちに均等に飛行機を利用できる年間マイル数を与えて、その上限を超えて飛行機を利用する人は、利用しない人から余ったマイルを購入するような仕組みです。実際運用しようとすれば、数多くの問題は生じてくるでしょうが、このような仕組みをうまく運用できれば、飛行機に乗ることのない二酸化炭素排出量の少ない貧しい国の人たちと、排出量の多い先進国の人たちとの間で、環境負荷に対する経済的なバランスがとれるようになるでしょう。
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さいごに
パリ協定の目標を達成するためには、2030年までに1人当たりの年間排出量を2.0~2.5トンCo2に低減しなければなりません。
これは私の1~2回分の海外出張の排出量と同程度です。
今この文章を書いているのは2023年12月で、間もなく2024年がスタートします。2030年はあっという間に来るでしょう。
世間では、もはや2030年の目標は達成不可能という声が大きくなってきています。誰も本気で実現しようとは思っていませんから、達成できないのは当たり前でしょう。
私たちが生活する社会は、大量のエネルギーを消費し、温室効果ガスを排出することで成り立つ仕組みになっています。ほとんどの人や物事がこの仕組みの上で動いていており、この仕組みを変えるのは容易なことではありません。問題の解決には、私たちの社会や生活や仕事の仕方に、劇的で根本的な変化が必要になります。
日本での近年の1人当たり温室効果ガス排出量は9~10トンCo2程度です。これを5~6年のうちに5分の1程度まで減らさなければなりません。まず、取り掛かりとして、少なくても私たち1人1人がこの認識を共有することが大切でしょう。認識を共有することはとても簡単です。しかし、実際にはそれができていません。できないのは、その事実が広がることで都合が悪くなる人たちがたくさんいるからです。
また、私たちが次の世代に伝えなければならないのは、「大人の言うことを聞きなさい」とか「~しなさいとだめでしょ!」などと言って、私たちが築いたライフスタイルの後を追わせたり、私たちの常識を押し付けることではなく、むしろ、私たちが築き、恩恵を享受した社会が生んだ問題を指摘させることであり、私たちが当たり前だと思っている常識や規範を塗り替えていくように後押しすることです。
新しい社会にシフトすること、私たちが当たり前だと思ってきた生き方や価値観をひっくり返すように仕組みを変えること、そのためにはそれぞれが正しいと思うことを尊重し、それを押さえつけるのではなく、その声に耳を傾け、声に出して主張する勇気づけを行うことです。
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参考文献
(1) “Hottest July ever signals ‘era of global boiling has arrived’ says UN chief“, United Nations, 2023/7/27.
(2) “‘Humanity has opened the gates to hell’ warns Guterres as climate coalition demands action“, United Nations, 2023/9/20.
(3) “2023 Global Report on Internal Displacement (GRID2023)“, Internal Displacement Monitoring Centre (IDMC),
(4) “25 years of progress on internal displacement 1998-2023“, Internal Displacement Monitoring Centre (IDMC), 2023.
(5) Leor Hackel, Gregg Sparkman, “Reducing Your Carbon Footprint Still Matters“, SLATE, 2018/10/26.
(6) “Majority of young Europeans say the climate impact of prospective employers is an important factor when job hunting, 2022-2023 EIB Climate Survey, part 2 of 2“, EIB.org, 2023.
(7) Edgar G. Hertwich, Glen P. Peters, “Carbon Footprint of Nations: A Global, Trade-Linked Analysis“, Environmental Science & Technology 2009 43 (16), 6414-6420, 2019/6/15.
(8) Diana Ivanova, Konstantin Stadler, Kjartan Steen-Olsen, Richard Wood, Gibran Vita, Arnold Tukker, Edgar G. Hertwich, “Environmental Impact Assessment of Household Consumption“, Journal of Industrial Ecology, Volume 20, Number 3, 2015/12/18.
(9) Stuart Capstick, Radhika Khosla, Susie Wang, “Bridging the gap – the role of equitable low-carbon lifestyles“, United Nations, 2021/1.
(10) “Perils of Perception: climate change“, Ipsos, 2021/4/17.
(11) Seth Wynes, Kimberly A Nicholas, “The climate mitigation gap: education and government recommendations miss the most effective individual actions“, 2017 Environ. Res. Lett. 12 074024, 2017/7/12.
(12) Sigal Samuel, “Having fewer kids will not save the climate“, vox.com, 2020/2/13.
(13) Elle Hunt, “BirthStrikers: meet the women who refuse to have children until climate change ends“, The Guardian, 2019/3/12.
(14) Max Callaghan, “Here are the most effective things you can do to fight climate change“, Priestley Centre for Climate Futures, University of Leeds, 2022/7/4.
(15) Hannah Ritchie, “You want to reduce the carbon footprint of your food? Focus on what you eat, not whether your food is local“, Our World in Data, 2020/1/24.