私たちが様々な問題を解決できない主な理由の1つは、深く注意したり、集中力を維持できないからです。真の解決策を見出すためには、何が起こっているかを正しく理解し、物事を深く考えるための注意力と集中力が必要ですが、現代社会はむしろ気をそらそうとするものであふれています。
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はじめに
みなさんの周りには次のような人たちがいますか?
その人たちは常に携帯電話を見ていて、Facebook、YouTube、Instagramなどのプラットフォームを行き来しています。常に画面を見ているので、有意義な会話や深い議論はできません。その人たちは画面上で何かを見逃すことを恐れて、それよりも大切な現実の生活で多くのことを逃しています。
そして、その人たちは集中する能力を失っています。
私たちの集中力や注意力は、ここ数十年で徐々に低下しています。その人たち自身や、使っているアプリ、その開発者たちを責めるのは簡単です。しかし、これは個人的な問題というよりは社会的な問題です。私たちは、集中力を持続するのが難しい社会に住んでいます。この問題を軽減するために個人ができることは限られています。システム全体に変化をもたらす解決策が必要です。
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奪われた集中力、注意力
今回は、スコットランド出身のジャーナリストでベストセラー作家であるヨハン・ハリ(Johann Hari, 1979 -)が2022年に書いた書籍「Stolen Focus(邦訳)奪われた集中力」を紹介します。
著者のヨハン・ハリは、私たちが様々な問題を解決できない主な理由の1つは、深く注意したり、集中力を維持できないからだと述べています。真の解決策を見出すためには、何が起こっているかを正しく理解し、問題を深く考えるための注意力と集中力が必要ですが、現代社会はむしろ私たちの気をそらそうとするものであふれかえっています。
ハリは、私たちの集中力が低下してきている合計12の原因を章ごとに説明しています。今回は、それらの原因をまとめて紹介します。そして私たちはどう対処すべきなのかを考えていきましょう。
なお、現時点では、まだ本書の日本語版は発刊されていないようです。
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原因1:集中を遮るテクノロジーの発達
インターネット上では、次から次へと新しいトピックが生まれては消えていきます。その中のいくつかは人気が急上昇し、そして同じくらいの速度で消え去っていきます。
X(旧ツイッター)上で最も議論された上位50のトピックスは、2013年には17.5時間ランキングに留まりましたが、2016年には11.9時間です。そして、これはXに限りません。社会全体で同様の傾向が見られます。
インターネットが普及してから、私たちの身の回りには膨大な量の情報があふれるようになり、その情報が流れるスピードも増しました。
そもそも、IT技術が普及する以前から、あらゆることのスピードが増していました。量とスピードが増すにつれて、私たちはひとつのことに長く深く注意を向け続けることができなくなってきています。人の集中力は1870年代から低下し続けています。
より多くの情報に簡単にアクセスできる機能は貴重です。しかし問題は、その結果、物事を表面的にしか理解できず、物事の深さや本質を犠牲にしている点です。
悲しいかな、私自身も、深く物事に対処できる人が本当に少なくなったとつくづく感じています。物事を深く理解するためには、1つのことを深くかつ様々な角度から見つめなければなりませんが、このプロセスは必然的に時間とエネルギーを要します。しかし、多くの人は1つのことに多くの時間をかけることができません。
ソーシャルメディアのフィードやメッセージ、メールに追われていると、物事の理解や人間関係などで深みに到達する時間を持てません。多くの人がオンライン上の短く限定された情報から浅い理解を得て、物事の真相にたどり着いた気になっています。
私たちは1日に2,617回スマホを触っています。
そして、あることから次のことへと関心を移し続けています。自分の自由意志ではなく、SNSやアプリのアルゴリズムに誘導されているためです。
平均的なアメリカ人は、仕事中3分に1回、気をそらされています。
1つの物事に対する理解が浅くなるだけでなく、元の作業に意識を戻すために時間もエネルギーもかかります。
マルチタスクは神話です。
私たちは一度に1つのことしか集中できないので、マルチタスクをしようとすると、タスクからタスクへと意識が飛び移ることになり、集中力が低下するだけでなく、意識を移行させるための時間とエネルギーがかかります。これをスイッチコスト(switch cost)と呼びます。つまりスマホを見ている時間だけでなく、その前後の意識を移したり、集中力を戻したりするための時間も無駄にしているのです。
また、意識を様々なことに移している間に間違える確率も上がります(screw-up effect)。さらには様々なことに気が移るため、作業記憶も失われ(diminished memory effect)、創造性も失われます(creativity drain)。
これが、異なる作業を交互に行うとパフォーマンスが低下する理由です。スピードと深い理解は相容れません。
この問題は社会的な問題ですが、個人ができることは意図的にスピードを抑え、自分が処理できる量に抑えることです。スピードを抑えれば集中力を回復することができます。また、情報の偏りを抑え、良質な情報の取得に努めることです。
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原因2:フロー状態の欠如
1970年に心理学者のミハイ・チクセントミハイ(Mihály Csíkszentmihályi)によって名付けられたフロー(Flow)という精神状態があります。
フロー(Flow)とは、あることにのめり込んでいる、没頭している状態で、その活動に喜びや楽しみを感じ、「気が付いたら〇〇時になっていた」など、時が経つのを忘れるほど完全に集中している精神状態です。フローは同時に複数のことを行っていては到達することができません。
デバイスに多くの時間を費やし、気を奪われることで、私たちはフロー状態を経験することが少なくなりました。
フロー状態に到達するには、私たちを妨害するものを除去するだけでは不十分です。まず、自分がやろうとしていることの目的を明確にすることです。その活動は自分にとって意味のあるものでなければならず、また、自分の能力の限界の境界線辺りになければなりません。簡単すぎる作業ではフロー状態に到達することはできません。
目的を明確にすれば、それ以外の刺激に気を散らされることも、余計な情報に振り回されることも少なくなります。
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原因3:肉体的・精神的疲労
ほとんどの人は十分な睡眠をとっていません(私もですが)。
睡眠不足は、創造性、短期および長期の記憶、気分、集中力、運動能力など私たちの様々な能力を低下させます。睡眠は私たちが起きている間に行う活動の質に直結する重要な要素ですが、不思議なことにほとんどの人が睡眠を軽視し、質の悪い日中の時間を過ごしています。
1942年から現在に至るまで、平均睡眠時間は1時間短くなりました。
この1世紀で、平均的な子供の睡眠時間は1時間25分も短くなりました。
私たちは睡眠不足からくる集中力の欠如を補うため、糖分やカフェインに頼ります。しかし、その効果が切れると、疲労は2倍になって戻ってきて、より疲れ、集中できなくなるのです。
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原因4:読書の習慣の崩壊
今日の社会で希少となったスキルの1つは、長時間本を読むことができるスキルです。
読書は集中力や理解力、共感力、創造力を高めます。また、フロー状態を達成する最も簡単な方法の1つです。しかし、読書に夢中になるあまり気が付けば大分時間が過ぎていたようなフロー状態を経験する人は稀になりました。
スマホが常に私たちの気を散らそうとする社会は、長い文章を読むのに適していません。本は様々な分野において、良質な情報を得ることができる媒体ですが、多くの人が本を読んでいません。
26,000人のアメリカ人を対象にした調査では、2004年から2017年の間に、自分の楽しみや娯楽のために本を読む時間は男性では40%、女性では29%減少しました。
いまや、アメリカ人の57%はプライベートで1年間に1冊の本すら読みません。2017年の調査では、平均1日17分しか読書に費やさなくなった一方で、スマホには5.4時間もの時間をかけています。
複雑なトピックを理解するには、それについて深く考える時間が必要です。読書はそれを与えてくれます。しかし、今や長文は評価されず、むしろ、情報を140文字以内で表現し、深みや正確性はなくても、短く瞬時に情報を伝える価値の方が高くなってしまったのです。
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原因5:心をさまよわせなくなった弊害
心をさまよわせること(マインドワンダリング)のメリットは前回の記事で紹介しました。
一般的に、心をさまよわせることは悪いことだと思われがちですが、適度に心をさまよわせることには多くの利点があります。具体的には、集中力の回復や、経験や情報の統合、記憶の定着化、創造性の向上、人間関係の強化につながることなどです。
生産的であることは、一日中パソコンの画面の前に座ってキーボードを叩いていることではありません。画面から目を離し、心をさまよわせることも、ある意味では生産的です。問題は、私たちの社会がこの習慣を奨励していないどころか、非生産的とみなしたり、社会的不適合とみなすことさえあることです。
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原因6:私たちを操るテクノロジーの台頭
テクノロジーは私たちを操作します。
テクノロジーによって、私たちは気付かないうちに何かをさせられています。現代のテクノロジーの核心は、人から関心や注意を奪い、スマホの画面に引き付けて離さない技術です。無限に画面をスクロールできる技術もその1つです。
私たちが集中できないのは、私たちが使用するアプリやツールがそのように設計されているからです。私たちは、自分の意思でスマホを使っているように感じますが、実はそのような行動をとるように仕向けられているのです。
なぜならそれらの企業は、できるだけ多くの人から注意力を奪い、その人たちをできるだけ長く画面に留めておくことで利益を得ているからです。企業は、広告を通じて、または広告主に私たちの個人情報を販売することで利益を得ています。ほとんどのアプリが無料である理由の1つは、より多くの情報を収集できるようにするためです。
皆さんは、IT大手が、いかに深く私たち人間の脳機能や心理機能、生理機能を把握していて、それを巧みに利用し、あなたの脳に訴えかけているかを知らないでしょう。ある意味私たちは洗脳されているのであり、中毒にさせられているのです。
なお、個人データを用いて消費者をより正確にターゲティングし、利益を最大化することを監視資本主義(surveillance capitalism)と言います。ソーシャルメディアなどのプラットフォームはオンラインであなたの活動を監視し、それに合わせてあなたに提供する情報を操作しています。
また、私たちが、ネガティブな記事、過激な投稿に引き寄せられるのは、私たちのネガティブバイアスという本性を利用しています。アプリのアルゴリズムは、怒りや憎しみを助長するコンテンツだけでなく、陰謀論やフェイクニュースまで勧めてしまうこともあります。
実は、これらのIT企業で働く人たちは、その悪影響を認識しています。しかし、そこで高収入を稼ぎ続けるためには、その影響を見て見ぬふりをせざるを得ません。
過去に、男性主義、白人至上主義が当然であった社会から女性やマイノリティが地位を獲得してきたように、また公害から健康に生きる権利を取り戻した市民のように、私たちはIT企業から自由意志を取り戻さなければなりません。
スマホの設定をデフォルトから変えるなど、個人にできることはあります。悪い習慣に気づくことで、ある程度はそれらを変えることができます。
このような世界になったのは誰のせいでもありません。しかし、その中でどう行動するかは誰もの責任です。
何が自分の行動を導いているのか、自分をよく観察してみてください。行動を変えるためにはそのきっかけが何かに注意を向ける必要があります。
しかし、人の変化は重要な出発点ではあるものの、最終的には、それだけは十分ではありません。根本的な解決策は、環境や仕組みを変えることです。過去に男女雇用機会均等法や公害防止法など、逆境にある人たちが公的に権利を勝ち取ってきたように、法律によって制限を設けるなどのルール作りが必要です。
ソーシャル・メディアには、私たちにストレスをかけたり、孤独にしたり、憂鬱にするのではなく、逆に、私たちをより幸せで健康的になるように再設計できるポテンシャルがあります。私たちの集中力や注意を奪うのではなく、本当に望む目的に導くことができます。人が現実のつながりを持つように促すこともできます。それを実現するためには、広告に依存する収益モデルも変更する必要があります。
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原因12:身体的にも精神的にも、子供たちを閉じ込めること
多くの子供たちにとって、人生はかつてはとても単純なものでした。
学校が終わると、友達と外を駆け回り、暗くなったら家に帰り、夕ご飯を食べ、疲れて寝るという生活です。しかし、今日、子供たちが外で遊ぶことはあまりありません。親が子どものやるべきことをすべて決めたり、社会が子供が自由に遊ぶことを禁止すらしています。
この弊害は以前の記事「書籍紹介:The Anxious Generation 常にスマホとつながる不安世代」でも書きました。
子供たちは遊びを通して、大人になったときに役立つ重要なスキルを学びます。創造性、説得力、交渉力、感情の扱い方などです。遊びの時間は、子供たちが情熱を注ぐことを学ぶ時間です。子供たちはまた、自分たちでやりたいことを見つけ、問題を解決し、周囲の人たちと交流することを学びます。
現在、子供たちはやるべきことのほとんどを周囲の大人たちに決められています。大人が常に子供をコントロールしていると、子供は自分で物事を決める方法を学びません。
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その他、著者のヨハン・ハリは、私たちの集中力が低下してきている原因として次の項目を挙げています。
原因 7:過剰なまでの楽観主義の台頭
私たちは、深刻な問題を、簡単に解決できると扱い過ぎています。
原因8:ストレスの急増と、過度の警戒心を生む仕組み
注意力の欠如は、私たちが過度にストレスにさらされていることも原因です。絶え間ないストレスにさらされると、脳内でコルチゾールと呼ばれる化学物質が増加します。コルチゾールは脳に常に警戒するよう指示し、じっくりと1つのことに意識を向けることを妨げます。
原因9と10:食生活の悪化と化学物質の増加
私たちが食べるものは、健康だけでなく注意力にも影響します。
人工的な食事や、砂糖と炭水化物のジェットコースターのような食事は、私たちの集中力を台無しにします。私たちの注意力の危機のもう1つの理由は、私たちがさらされている化学物質に関連しています。
原因 11:ADHD の増加と私たちの対応
2003年から2011年にかけて、アメリカでは注意欠陥・多動性障害(ADHD)の診断が43%急増しました。現在、米国の10代の若者の13%がADHDと診断されており、強力な刺激薬が投与されています。
注意力の欠如に関して、大人が問題になる場合は、ストレス、睡眠不足などの外的要因が指摘されますが、子供たちが同じ問題に直面したときは、生物学的障害であるという単純な診断がされるケースがあります。
ある専門家は、ADHDは診断ではなく「環境が原因となって起きる特定の行動を説明したもの」に過ぎないと言います。子供がADHDと診断されても、「なぜそうなったのか」という質問の答えは与えられません。ADHD は環境の問題であり、そのため、集中できない子どもに薬を投与することが解決策ではないと考えています。
これらの専門家は、長期的な副作用のリスクを軽視して、アデロールやリタリンといった薬を投与しつづけて行動を強制的に抑制するよりも、子どもたちを自由に走り回れるようにし、食事をより健康的にし、ストレスが少なく、健康的な生活をするという根本的な対策を行うべきだと考えています。
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集中力を取り戻すためにできること
今日では、あらゆるものが私たちの注意を要求し、それがあまりにも圧倒的であるため、私たちはそれに対処できず、麻痺したように感じます。
ハリによると、集中力の欠如の解決策は個人にあるのではなく、社会を変えることにあります。私たちの集中力は内的要素ではなく外的要素によって奪われているからです。
とは言っても、社会の変化を待っているだけでは何も解決しません。ハリ自身、集中力を取り戻すため、次の6つのことを実践しています。
1.自分の目的を事前に明確にしておく
目的を明確にすることで、外的な刺激に振り回されることが少なくなります。
2.気が散る感覚に対する反応の仕方を変える
気が散ると、以前は「集中できない自分は怠け者だ」と自分自身を責めましたが、今ではどうやって集中力を維持できるか、フロー状態を得ることができるかという見方をするようになりました。
3.ソーシャルメディアから距離を置く
筆者のハリは、数か月ずつに分けて1年のうち計6か月をソーシャルメディアから離れて過ごしています。
4.心をさまよわせる
ハリは、心をさまよわせることは注意力の欠如ではなく、それ自体が重要な注意力の醸成であるということに気づきました。
5.睡眠をとる
ハリは、以前は睡眠を敵とみなしていました。しかし今では毎晩 8 時間は睡眠を取るようにしています。
6.若い人たちとの関わりを変える
ハリは、以前は習い事など忙しくさせて、子供たちと過ごしていました。今はほとんどの時間を彼らととただ自由に遊んだり、過度に監視したり閉じ込めたりせずに、子供たちが自由に遊べるようにして過ごしています。子供たちが自由に遊べば遊ぶほど、集中力と注意力の基盤がしっかりするということを学んだからです。
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さいごに
集中力を最大限に育み、利用するには、子供であれば遊び、大人であればフロー状態、本を読むこと、集中したい有意義な活動を見つけること、人生を理解できるように心をさまよわせる余裕を持つこと、運動すること、適切な睡眠をとること、健康な脳を発達させる栄養のある食べ物を取ること、そして安心感を持つことが大切です。
また、注意力を低下させたり阻害したりするものから身を守る必要があります。それは、速すぎること、切り替えが多すぎること、刺激が多すぎること、侵害的なテクノロジー、ストレス、働きすぎ、疲労、加工食品、化学物質、汚染された空気などです。
著者のヨハン・ハリは、最後に社旗が実現すべき3つのことを提示しています。それは、①監視資本主義の排除、②週休3日制度の導入、③子どもたちを自由に遊ばせるようにすること、の3点です。
たまたま、この記事を書いた数日後にNHKで、オーストラリア議会が16歳未満の子どもがSNSを利用することを禁止する法案を可決したとニュースを見ました。そのリンクを追加しておきます(1)(2)。
他の国でも同様にSNSを規制しようとする動きが見られるようになってきています。