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社会的支配理論とは? Social dominance theory

  • 投稿カテゴリー:社会が変わる
  • 投稿の最終変更日:2025年3月30日
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社会的支配理論(Social dominance theory)を紹介します。この理論によれば、すべての人間社会は、集団をベースとした階層構造を作ります。そして、一方のグループが他方のグループを支配するように構成されます。グループ間の社会的不平等は普遍的なもので、なくなることはありません。

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はじめに

過去100年間に、世界には民主主義と人権尊重が普及し、多くの人たちがその発展に努力と献身を続けてきました。

にもかかわらず、集団間の差別、抑圧、暴力、支配、不平等は、あまりにも一般的なものとして私たちの社会に残り続けています。

専制的な指導者による残虐な行為は、終わることなく繰り返されます。世界は、集団間の敵意による争いを解決するどころか、ただ争いから争いへとよろめきながら進んでいるかのようです。

アメリカのような民主主義国家や、日本でさえ、さらには、国家レベルのみならず、身近な社会や企業など、私たちの周囲には、程度の差こそあれ、ある集団による別の集団への抑圧の事例があふれています。

そのような集団間の支配的な関係は社会に深く根付いていて、支配される側はそれを変えることができず、酷使されたり、理不尽な扱いを受け続けています。

支配的な集団にいる人たちは、支配される人たちに、時に的外れな不満や怒りをぶつけたり、暴力を振ることさえあります。しかし、そのような暴力行為でさえ、正当化されてしまうこともあります。

支配する側と支配される側が、いつの世にも普遍的に変わらず存在する背景には、集団間の関係に対して私たちが持つ先入観や価値観が強く影響しています。偏見や差別がさまざまな心理的動機に果たす役割から、人間の認知処理能力の限界、人間が進化してきた経緯や生まれた後の経験など、さまざまな側面が影響しています。

それらに関する研究は膨大で、問題に対する数多くの改善策も提案されています。それでもなお、問題が完全に解決されることはありません。

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社会的支配理論(Social dominance theory)

今回紹介する社会的支配理論(Social dominance theory)は、1999 年にジム・シダニウス(Jim Sidanius, 1945 – 2021)とフェリシア・プラット(Felicia Pratto, 1961 -)が提唱した社会心理学の理論です。(1)

この理論によれば、すべての人間社会は、集団をベースとした階層構造(group-based social hierarchies)を作ります。そして、一方のグループが他方のグループを支配するように構成されます

つまり、社会的支配理論は、グループ間の社会的不平等は普遍的なもので、なくなることはないと主張する理論です。グループ間に対等な関係が存在することはほとんどなく、仮にあったとしてもそれは長続きはしません。(2)

集団の階層構造では、社会的に優位で支配的なグループが大きな特権や富、資源を享受し、従属的なグループはより不利で恵まれない状況に置かれます。
人間社会はこの階層を、社会的、政治的、経済的、心理的、およびイデオロギー的なさまざまなメカニズムを通じて維持し続けます。

社会的支配理論は、人間社会における階層の存在と、それがなぜ正当化され、問題があるのにもかかわらず長く維持されるのか、さまざまな異なるメカニズムの相互作用を探求しています。
社会がどのような仕組みで成り立っているのか、その仕組みが生産的でなくても、変わることなく維持されるのはなぜなのか、その重要な前提を私たちに教えてくれます。

社会的支配理論は、より小さな社会、例えば家庭や職場などで、権力と階層がどのように機能するかを理解する上でも役立ちます。たとえば、ほとんどの従業員が組織の機能不全を認知しているのに、ごく一部の経営者たちがそれを維持しようとして、問題が長期にわたって解決されないのはなぜかという質問などです。

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社会的支配理論 の原則

以下に、社会的支配理論の原則を紹介します。

1.社会はグループベースの階層構造になっている

すべての社会は、支配する側のグループと、支配される側のグループで構成されます。
支配するグループは体系的な優位性を保ち、支配されるグループは体系的に抑圧されます。

2.階層構造の仕組みそのものは普遍的だが、その形態はさまざまである

すべての社会には支配グループと従属グループがあります。しかし、その形態はグループ毎に異なり、多くの場合いくつもの形態が重なり合っています。 人種、年齢、性別、階級、民族、国籍などです。

例えば、年齢に基づく階層構造では、能力や経験にかかわらず、一般的に、年長者は若者よりも大きな社会的な力を持っています。また、性別による階層構造では、ほぼすべての社会で、女性より男性が支配的です。ビジネスと政治の指導的地位の大部分は男性が占めています。

3.階層は制度的、個人的、社会的なさまざまなメカニズムを通じて維持される

社会的支配構造は、自己強化的で、その構造を変化させることは容易ではありません。

階層が維持されるメカニズムの1つに制度的なものがあります。
法律、政治、経済、教育のシステムは、支配的なグループに有利となるように設定されます。支配グループに特権を与えたり、支配されている側の人間を劣等とみなすように設定することで、支配を強化する意図があります。

たとえば、世界のほとんどの家庭では歴史的に家父長的なシステムが根付いています。もちろんこれでうまく機能することも多いのですが、なすすべもなく虐待や不遇を受け続ける子どもたちも後を絶ちません。

また、資本主義は裕福なエリート層がその優位性を維持できるシステムです。支配的な階層に生まれた子供たちは優れた教育を受けることができ、より多くの機会に恵まれます。

富裕層が富を増やす一方で、貧困層は生活費の高騰に苦しみます。移民労働者などさらに立場の弱い人たちからなるグループには、法的保護さえ限られています。

学校やメディアを含む社会全体が、グループの関係性を子供たちに植え付けます。抑圧されたグループは、支配層よりも、知的でなく劣っていると信じ込ませます。

過去の植民地主義や奴隷制を軽視したり、支配的なグループを英雄として描き、従属的なグループを劣った集団として繰り返し認識させます。その結果、不平等な階層を自然なものに見せ、私たちは何の違和感も感じません。

4.支配する側も支配される側も階層構造を強化するような行動をとる

さらには、支配する側と支配される側の両方が、階層構造を強化するような行動をとります。
不思議に思われるかもしれませんが、支配されるグループのメンバーの多くは、抑圧されているのにもかかわらず、その関係を維持しようとするのです。これを行動の非対称性(behavioural asymmetry)と言います。

優位な立場にある人が、その立場を自ら逆転させることはありません。弱者には弱者であり続けて欲しいと願っています。仮に、弱者が経済的に自立すると、彼らをコントロールすることが難しくなります。例えば、賃金格差は抑圧を維持する重要なメカニズムです。

ではなぜ抑圧されている側もシステムが維持されることを望むのか、その理由や行動の非対称性の具体例を挙げましょう。

(1) 社会的制裁への恐れ

支配的なイデオロギーに挑戦すると、さらなる社会的制裁を受けたり排除される可能性があります。例えば、低所得者が抵抗すると、怠け者とレッテルを貼られたり、嫌がらせや報復を受けたりするかもしれません。支配者の落ち度でさえ、「一生懸命働かないからだ」とか「能力が低いからだ」などとまるで自分のせいかのように非難されます。そのため、抵抗するのを避けます。

(2) セルフ・ハンディキャッピング(Self-Handicapping)

恵まれないグループのメンバーは、否定的な固定観念を内面化したり、支配的なグループとの争いを避けるために、自分自身の成功を制限するような行動をとることがあります。自分で自分に足かせをはめるのです。

(3) 外集団好意(Outgroup favoritism)

恵まれないグループのメンバーは、支配的なグループの価値観や信念を採用し、自分がいるグループよりも支配的なグループを好むこともあります。

(4) 野心的な思考(Ambitious thinking)

また、「自分もいつかあちら側の人間になってやる!」と既存の仕組みの中で成功する決意がある場合は、そのシステムが変わってしまうと困るため、既存の支配的なイデオロギーを内面化する人もいます。たとえば、貧しい人が、いつかお金持ちになってやるという強い意志から、今のシステムが維持されることを望むかもしれません。

(5) イデオロギー的支持(Ideological support)

恵まれないグループのメンバーは、自分たちの不利な状況を永続させるようなシステムを支持することがあります。しかも、強制的に受け入れるのではなく、自然にかつ必然的に受け入れるのです。もはや信念が社会規範や常識と認識されているからです。

(6) システムの正当化(System justification)

前項に類似しますが、人は社会システムをサポートしようとする心理的ニーズを持っています。これにより、恵まれないグループであっても、既存の不平等は正当または当然であると信じるようになります。以前書いた記事でこのシステム正当化理論を紹介しましたので、詳細はそちらをご覧ください。

(7) 現状維持(Status Quo)

恵まれないグループのメンバーの一部は抑圧に抵抗しますが、他のメンバーは抑圧を受動的に受け入れたり正当化したりして、現状を維持しようとします。抵抗するより、現状を受け入れる方が楽だからです。

(8) 認知的不協和の軽減(Cognitive Dissonance)

人は、抑圧を認識することによる精神的不快感を避けるために、自分の信念を現実に合わせて調整します。
例えば、家父長制社会の女性は、将来の活躍の機会が限られているという辛い現実に直面するよりも、伝統的な性別の役割を演じるのが良いと自分に言い聞かせるかもしれません。認知的不協和も以前書いた記事で紹介しましたので、詳細はそちらをご覧ください。

(9) ステレオタイプ(Stereotype)

合意に基づくイデオロギーは、教育やメディアや宗教や社会規範などによるステレオタイプにサポートされています。

例えば、映画やテレビは、特定の外見の男性を犯罪者として描きたがります。また、白人より黒人を犯罪者として描きたがります。これがステレオタイプです。

以前書いた記事で紹介したように、アメリカでは、アジア系アメリカ人は数学に強いイメージがあります。一方で、概して女性は数学は弱いと思われています。
では、アジア系アメリカ人の女性が数学の試験を受ける場合は、どんなイメージをもたれるのでしょうか?
アジア系アメリカ人の女性を対象にした実験では、実験前に「アジア系アメリカ人」であることを強く意識させられた女性たちの方が、「女性」であることを強く意識させられた被験者たちより、高得点を取ることができました。

私たちは自分が思っている以上に、世間の一般的なものの見方に縛られているのです。

(10) 権威主義的パーソナリティ(Authoritarian Personality Theory)

権威主義のシステムには、権力を振るい支配する側も、支配される側も含まれます。支配される者は、支配する者を必要とし、支配する者は、支配される者を必要とします
つまり、お互いがお互いを必要とし、依存しあっています。どちらも、自分自身の独立したアイデンティティから逃れ、自らを他者と融合させ、同じシステムの一部となって、それぞれの役割を果たそうとします。
支配的グループと従属的グループの両方がその支配的なイデオロギーを内面化して受け入れるのです。

これも以前書いた記事「Escape from Freedom 自由からの逃走」の中で触れました。

5.社会的階層は「正当化神話(Legitimizing myths theory)」を通じて維持される

正当化神話(Legitimizing myths theory)という概念は、社会的支配理論で重要な役割を果たします。社会は、正当化神話を通じて社会的階層を維持します。正当化神話とは、特定のグループが他のグループよりも優位に立つことを正当化する価値観、態度、信念、固定観念、信念、イデオロギー、物語です。正当化神話は、階層にかかわらず社会に深く浸透し、広く信じられています。

社会は、既存の階層を正当化する神話を生み出し、永続させます。その神話をすべての人に信じさせて、特権を当たり前のものとして認識させます。個人や集団の考えや行動は、それらを導き動機付ける「神話」によって強化されます。

その神話は完全に内面化しているため、人はその神話に違和感を覚えることさえなくなります。たとえ自分たちを抑圧しているシステムであっても、強制されているという意識もなく、正当なものとしてごく自然に受け入れるのです。

正当化神話は、現在の社会では、ソーシャルメディア、テレビ番組、映画などのさまざまなプラットフォームを通じて伝えられ、支配者と従属者のスクリプトやスキーマを形成します。

具体的には次のような、不平等を正当化する社会に浸透している神話です。

  • 実力主義の神話:構造的障壁を一切無視して、成功は純粋に努力と能力の結果だという信念。これにより、どんな状況に置かれた人でも「一生懸命働くことで成功できる」と信じ込ませ、成功した人を正当化します
  • 社会ダーウィニズム:一部のグループの人たちは他のグループよりも生物学的に優れているため、強く「ふさわしい」グループが力を持つべきで、恵まれないグループの人たちには苦難の責任があるという信念
  • ジェントリフィケーション:都市再開発などの結果として都市の居住空間の質が向上することを意味しますが、都合よく低所得者を追い出し、高所得者が移り住むためのスペースを確保する目的でも使われます
  • 支配者の神話:支配的な覇権者は社会に奉仕しており、無能な人たちの面倒を見ているという考え

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社会的支配志向(Social dominance orientation)

なお、社会的支配理論と関係しているのが、社会的支配志向(Social dominance orientation)スコアです。

社会的支配志向は、複数の質問への回答を調べることで、回答者の階層と不平等に対する志向性を判断するものです。

スコアが高い人ほど階層構造を強化するイデオロギーを支持する傾向があり、不平等の維持と自己の正当性を信じます。つまり、人種差別、性差別、経済格差など、社会的不平等を維持する政策を支持する傾向があります。

一方、スコアが低い人は階層構造を弱めるイデオロギーを支持する傾向があり、平等主義や格差是正、富の再分配、社会正義を好みます。

例えば、スコアが高い人は、特定のグループにもっと多くの特権を与えるべきだと信じて、厳格な移民政策を支持するかもしれませんが、スコアが低い人は、国境開放と平等な権利を主張するかもしれません。

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まとめ

以上、社会的支配理論を紹介しました。今回説明したように、集団間の差別や不平等を解消することは容易ではありません。抑圧されている側の人間でさえ、その関係性を維持しようとすることさえあるからです。

しかし、誰もが支配的なイデオロギーを受け入れるわけではありません。合意に基づくイデオロギーは強力ですが、破れないわけではありません。社会的支配理論は、グループ間の社会的不平等はなくなることはないと主張します。しかし、弱めることはできます。抵抗運動は次のような場合に拡大します。

  • 大きな事件が起きたり、問題が表面化し、代替的な物語が勢いを増す (公民権運動、フェミニスト運動など)
  • あからさまな不正や不当な待遇によって、多くの人たちにイデオロギーが間違っているように思える時がある
  • 単に異議を唱えたり、支配者を批判するのではなく、人の見方を変える物語を伝えたり、正当化神話の矛盾をついて、隠れた権力構造を暴露する
  • 自分に都合のよい浅い主張ではなく、どのような制度が効果的かをさまざまな視点から分析し、制度を変える取り組みを行う
  • 抑圧された他のグループと交流し、共通する抑圧のシステム認識を共有し、協力する
  • 隠れた階層維持の仕組みを伝え、グループの自尊心を高める
  • 若い人たちへの教育を見直す。道徳、平等、共感、クリティカルシンキングを伝える
  • そのような活動を実践するリーダーを支援する

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参考文献
(1) Jim Sidanius, Felicia Pratto, “Social Dominance : An Intergroup Theory of Social Hierarchy and Oppression”, Cambridge University Press 1999
(2) Felicia Pratto, Andrew L. Stewarta, Fouad Bou Zeineddinea, “When Inequality Fails: Power, Group Dominance, and Societal Change“, Journal of Social and Political Psychology, Vol. 1(1), 132–160, 2013/12.

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