組織は、時代の変化に合わせて、自らを常に変えていかなければなりません。しかし、多くの経営者は、その変化に正面から向き合おうとしません。その結果、組織はゆっくりと死んでいきます。また、組織の中の人たちも同じようにゆっくりと死んでいきます。そのゆるやかな死の原因とプロセスを紹介します。
~ ~ ~ ~ ~
はじめに
本サイトでは以前、「組織文化とリーダーシップ、組織属性との強力な磁力」と題して、リーダーシップ、組織論、組織行動学の分野で著名な2人の専門家であるキム・キャメロン(Kim S. Cameron)とロバート・E・クイン(Robert E. Quinn)が提唱した組織文化評価手法(Organizational Culture Assessment Instrument:OCAI)と、4つの組織文化のタイプを紹介しました。
今回は、その1人であるミシガン大学名誉教授で、同大学のポジティブ組織センター(Center for Positive Organizations)の設立者の1人でもあるロバート・E・クインが2012年に書いた書籍「The Deep Change Field Guide: A Personal Course to Discovering the Leader Within」をベースに、組織がゆっくり死んでいく過程とその原因を紹介します。
なお、本書は、世界的なロングセラーである同氏の1996年の著書「Deep Change: Discovering the Leader Within」の続編とも言える実践的なフィールドガイドです。分かりやすく、問題の核心をついており、紹介されているエピソードも含めて、素晴らしい書籍です。残念ながら、このフィールドブックの邦訳版は出版されていませんが、その元となった書籍の方は「ディープ・チェンジ:組織変革のための自己変革」と題して邦訳版が出版されています。
~ ~ ~ ~ ~
組織がゆっくりと死んでいく7つのパターン
本来、組織は、時代の変化と要求の変化に合わせて、自らを常に変えていかなければなりませんが、多くの経営者は、その変化に正面から向き合おうとしません。その結果、組織も、組織の中にいる人たちも、ゆっくりと死んでいきます。
組織のゆるやかな死のプロセスには、以下のような共通する7つのパターンがあります。
1.目標の逆転現象(Goal inversion)
外部環境は絶えず変化します。どの組織も、設立当初は、その時に想定した外的環境のニーズに合わせて作られたはずです。設立当時のメンバーたちは誰もがその目的をしっかりと見据えていたことでしょう。しかし、外部環境は、組織が作られた後も時とともに変化していきます。一方で、組織は、設立当初の前提とその後の経験に基づいて、形作られていきます。この2つの変化、つまり外的変化と内的変化は並行して起きますが、必ずしも相互に結びついたものにはなりません。
つまり、組織は、設立当初は外的環境にはマッチしている、または少なくともマッチすることを期待して設立されるものの、最初に始めた事業が成功し、組織が大きくなるにつれて、その後も変化しつづける外的環境のニーズとはリンクしない形になっていきます。
しばらくすると、組織の中にいる人たちは、外部からの新たなニーズや顧客や取引先のニーズに応えるという本来存在してたはずの組織の目的ではなく、組織内部の誰かのニーズに応えたり、自分自身のニーズを満たすという、別の目標に向かって行動し始めます。従業員たちは、組織の誰が何をしているかに高い関心を寄せ、会社の目的そのものにはあまり関心を示さなくなります。
それは、会社の目的を達成しようとするよりも、組織の中の誰かの利益のために働くことの方が高く評価されるからでもあります。社会に貢献するとか、会社の存在目的を実現するためではなく、組織の中でしたたかに生き抜きていくことが目的になります。
これが組織の「目標の逆転現象」です。
組織の利益よりも自分の利益を優先させる人が増えると、組織のゆるやかな死のプロセスが進んでいきます。
図:目標の逆転現象(Goal inversion)
2.コンフリクト・対立(Conflict)
時が経つにつれて、組織の外部からの要求と、内部からの要求が、大きく乖離していきます。
これが、組織内に「コンフリクト」を生みます。コンフリクトは「対立」や「相違」や「矛盾」という意味で、人と人の考えの違いや、社会や環境の変化から自然におきる現象で、避けて通ることはできません。
否定的に捉えられがちですが、対立は、正しく対処すればグループに意味のある関係や、新しい発見、成長の機会をもたらす道具になります。組織のダイバーシティ(多様性)が叫ばれているのも、様々なバックグランドを持つ人たちの様々な意見を受け入れるためで、組織が変化する環境の中で成長していくためには、意図的に組織にコンフリクトを導入し、建設的な意見の対立を生む必要があるからです。
企業が少しづつ死んでいくのは、この対立や相違や矛盾を、経営者が見て見ぬふりをしたり、隠したり、うやむやにするからです。経営者がこのコンフリクトを、コラボレーションの種とし、成長への原動力に変える方法を知らないからです。対立は対処されないまま、ひずみとして組織の中に蓄積され、軋轢を生み、じわじわと組織を殺していきます。
本来、対立を協力に変えることこそがリーダーシップの本質なのですが、 彼らは人を管理する方法を知っているだけで、人を先導する方法は知らないのです。
3.否定(Denial)
「否定」は対立や矛盾を避ける1つの方法です。組織で生じる1番難しい問題は、政治的な問題です。巨大なピラミッド構造は、何も手当されなければ、悪質な社内政治の温床となります。
組織の従業員の多くは、経営者や上司が対立にどう対処すべきか見当もつかず、自らを守るためにそれを無視していることにすでに気付いています。緩やかな死の過程で、人はリーダーの本性を知り、リーダーへの信頼を失っていきます。
部下にとって、経営者や上司は信頼できるような相手ではありませんが、社内政治の観点からみれば、敵に回さないでおくことが得策です。そのため、リーダーのみならず、従業員たちも余計なことは言わず、沈黙を守るという選択肢を取るようになります。このようにして、上から下まで、外部環境と内部環境の矛盾を否定し、現実から目を背ける組織が完成します。
それらについて、深く議論されることはもちろんありません。表面的な変化は起こしますが、抜本的な構造改革やプロセスの変革は起こしません。 それによって、組織の秩序は守られる一方で、組織の常識は外部の常識と乖離していきます。この組織の「協調性」のおかげで、組織は少しづつ死んでいくのです。
4.放棄(Abdication)
「否定」という選択肢のバリエーションとして、経営者には「放棄」という選択肢があります。放棄とは、従業員を指さして非難を口にはするが、自らを指さして責任を取ろうとはしないことです。つまり、本来その役職に付随しているはずの責任を放棄することです。
組織の利益よりも自分の利益を優先しているから責任を放棄するのです。他人を非難するのは簡単ですが、自分の非を認めることは簡単ではありません。経営者は、自分の非を認めず、責任を放棄し、他の誰かに押し付けることで、組織の中に、ある種の病気を植え付け、蔓延させていきます。自らは変化せずに自分を守ると決めることで、従業員たちも保身に走り、組織全体のゆるやな死のプロセスを助長するのです。
誰もが、従業員を鼓舞するようなリーダーの登場や、組織を強く結びつけるようなビジョンに飢えていますが、経営者の誰もその方法を知らず、知ろうともしません。
意味のあると思えるビジョンがないと、従業員たちは、組織への希望と関心を失い、自己防衛的になっていきます。組織の上から降ってきた非難の矛先をかわし、組織の右へ左へ下へと振り向けるようになります。そして、組織の中の誰もが責任感さえ失っていきます。
5.姿勢(Posturing)
信頼が失われ、組織の誰もが自分の利益を追い求め、不利益を他人に振るようになると、コミュニケーションは本物でなくなります。もはや、誰も外部環境のニーズや組織の目的を真剣に議論することがないだけでなく、意識することさえなくなります。
そもそも誰もが持つ学習能力や成長する力さえも、使われることなく、その能力は鈍っていきます。
しかし、権威ある立場にある経営者たちは、株主などのステークホルダーから、効果的な戦略を掲げることを期待され、定期的にその結果を報告することを求められます。さすがに、そのようなステークホルダーに対して不真面目な態度を取ることはできないので、彼らはポーズを取り、体裁を整えるようになります。
まず、経営者は「数字」を良く見せなければなりません。そのために、会社の本来の目的達成にはつながらないが、見栄えの良いチャートを作るための些細な業務に社員を忙殺させます。
また、自分自身は行動を変えることなく、多くの時間を机に座ってパソコンを眺めて過ごすだけなのに、従業員に対しては、新しい結果を実現したり、次の世代で花開くようなロードマップを描かせます。完全に間違った戦略を立て、従業員に意味のない仕事に「効率的に」取り組むことを強要します。
このような姿勢は、真のコミュニケーションをますます困難にしていきます。
そこにいる人たちは、積極性を失い、死んだ動物のような目をして、重い荷物を引きずっているかのようにゆっくりと動きます。もしくは、完全にあきらめて静かにしています。そのように、自分の仕事に意味を見出すことができず、希望が持てないと感じている従業員が多くいる組織は実は珍しくありません。
従業員たちも、経営者と同じようにポーズを取るようになります。従業員たちは、もはや組織の未来を信じていないので、経営者と同じように体裁だけは整えて、全員が自分個人のことに目を向けるようになります。
6.言い訳(Excuses)
変化を起こすには時間と勇気とエネルギーが必要です。最も多用される言い訳は「時間がない」や「人がいない」です。大きな変革に取り組むための時間がない、忙しくて人が足りない、これは人や組織が自分の行動パターンを正当化するために使う伝統的な言い訳です。
「忙しく何かをしている」ことを「仕事をしている」とか「会社に貢献している」と錯覚している人たちは数多くいます。 昨日やったことをなんの疑いのなく、同じように今日も明日も繰り返す人たちも含めてです。
本書の例えを用いると、タイタニック号が沈むときに、「乱れたデッキチェアを並び直すのに忙しいんだよ!」と言う担当者のようなものです。日常業務に忙殺されるという選択肢を選ぶことで、人は「船は沈みつつある」という、重要だが不安な真実から目をそらすことができます。
本来、根底にあるシステムに対処しなければなりませんが、誰もそれをしたがりません。 忙しくしていると、本来すべき仕事に手が付けれないことを正当化できます。 「通常業務忙殺理論」(と勝手に名付けましたが。。)は、人の思考を鈍らせ、会社を好転させるために必要な変革の作業を回避させる麻薬のように作用します。
7.混沌(Chaos)
緩やかな死は、ある限界点に達すると、急速に悪化のスピードを増すことがあります。限界点を超えると、災難は誰も目にも明らかになります。人は災難を回避しようと、最後の力を振り絞り、無秩序な変革に取り組みますが、時すでに遅し、もはやなすすべはありません。それは、恐ろしい状況下で恐怖におののいた人たちが最後に踊る死のダンスです。
~ ~ ~ ~ ~
さいごに
では、このような組織の死を避けるためには、何が必要なのでしょうか?
それについては、次回改めて紹介していきましょう。
今回は、変わらない組織や人たちが抱える問題をもう一度以下にまとめて失礼します。
- 私たちは、変化する必要があることを示唆するような、自らに関するつらい現実を見せられたとき、その現実を否定する。
- 否定に陥ると、間違ったことに取り組み、効果のない戦略に自らを没頭させるようになる。すると、根本的な問題はさらに悪化し、私たちは落胆し、回復する見込みはないとあきらめる。
- 効果のない戦略や日常業務に忙殺されることで、人は自分の船が沈んでいるという真実から目をそらすことができる。
- 緩やかに進む死のプロセスの中で、人は組織の存在目的を追求することをあきらめ、自分自身の目的だけに向かって走り始める。顧客やステークホルダーのニーズではなく、自分自身のニーズに応えるという新たな目標に向かって行動する。
- 組織の中にある対立を協調に変える方法を知らない権限を持つ人たち権威者たちによって、コンフリクトは無視され、隠蔽される。
- 従業員は、組織が重要な問題について話し合うことができないと分かると、周囲の人たちに対する信頼を失う。それぞれの仕事はこなしているが、もはやまとまった組織ではなくなる。
- やがて限界点に達し、緩やかな死が、急速な死に変化する。
- リーダーシップの本質は、対立を協調に変えることにある。
- 実は、人を鼓舞し統合するビジョンを見つける方法を知っている経営者はほとんどいない。
- 意味のあるビジョンがなければ、人は希望を失う。