良い人生とは、美徳の状態でも、満足した状態でも、涅槃の状態でも、幸福の状態でもありません。何かを達成したり、どこかに到達すれば、人生の目標が達成されたことになるものではなく、絶えず変化する状態へ、閉じた状態から開いた状態へ、硬直した態度から流れるようなプロセスにいることです。良い人生とは、目的地ではなく、方向なのです。
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はじめに
本サイトでは、今まで何度かカール・ロジャーズ(Carl Rogers, 1902 – 1987)について紹介してきました。今回はその続編です。カール・ロジャーズは、アメリカの臨床心理学者で、心理療法(サイコセラピー、精神療法)の父であり、著名な心理学者の1人でもあります。
今回は、彼が1961年に書いた最も有名な著書「On Becoming a Person(邦題)ロジャーズが語る自己実現の道」の中で書かれている、人の変化のプロセス、7段階の変化のステージを紹介します。
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人の変化のプロセス
ロジャーズが紹介する変化のプロセスは、心理療法における人の変化のプロセス、人格の変化が起きる過程を示したものです。しかし、そのプロセスは、心理療法やカウンセリングに限らず、広く私たちにあてはまるでしょう。ロジャーズ自身、セラピストにとって、「どうするか」という技術的な訓練よりも重要なのは、「どうあるか」という自己認識であり、必然的に、心理療法の専門家と一般の人たちの普通の生活との境界線は薄くなると言っています。
ロジャーズは、このプロセスは完成されたものではなく、ゴールはまだ達成されておらず、ジャングルのほんの数マイルしか進んでいないと書いています。
ロジャーズは長い間、人格の変化の不変的な側面に興味を持ってきました。
- 性格や行動は変化するものなのか?
- そのような変化にはどのような共通点があるのか?
- 変化に共通する条件はあるのだろうか?
- そして何より、そのような変化はどのようなプロセスを経て起きるものなのか?
変化のプロセスを把握し、概念化しようとする際に、ロジャーズは当初、変化そのものを特徴づける要素を探していました。変化を実体として捉え、その具体的な特性を探していました。
しかし、自らも変化に身をさらすうちに、次第に浮かび上がってきたのは、それまで考えていたものとは異なる連続的なものでした。
私たちは、ある固定された状態から、違う固定された状態に移ることがあります。しかし、人が変化する上でより重要なのは、新たな固まった状態へと変化することではなく、固定した状態(Fixity)から絶えず変化する状態(changingness)へ、閉じた状態から開いた状態へ、硬直した態度から流れるような態度へと連続的に移っていくことです。
私は以前、本サイトで、変化の「解凍➡変化➡凍結モデル」を紹介しました。この解凍・凍結モデルは、ある固まった状態から次の固まった状態に移るためには、一度「溶けて」流動的になる必要があるというモデルでした。
しかし、ロジャーズは、静止体から流動的に変化すること、最終的に動態のプロセスに移ることがより重要だと言っているのです。
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変化の7段階のステージ
それでは、人が硬直した状態(rigid)から流動的な状態(flow)へと変化する過程、止まった状態(stasis)から変化のプロセス(process)へと移行する7段階のステージを紹介しましょう。
ステージ1
この段階は、最も硬直している状態です。自分の内なるコミュニケーションをも遮断していて、自分の感情をブロックしており、心のゆらぎさえ認めていません。
個人の意味を探究する自らへの問いかけや、自分を他人に伝えることはされず、コミュニケーションは外的なものに限られます。自分を明らかにすることを避けるため、意思疎通が成立してしまうような他人との親密な関係は危険なものと解釈して遠ざけます。
この段階では、自分は何も問題なく正常で健康だと思っているので、自分が変わる必要があるとは微塵も考えておらず、変化への欲求はありません。
過去の経験に支配されていて、今現在の現実を見ていません。今の経験に対して、まるで過去の経験であるかのように反応し、それを感じながら、その過去に反応することによって、今の状況に反応するのです。
ステージ2
ステージ1にいる人が、自分自身が受け入れられていると感じることができれば、ステージ2に進むことができます。
固まっていたものがわずかに緩み、流れ始めます。そして、自分以外の人の感情を表現するようになります。自分の感情に対しては「あの時、○○と感じていた」など過去形では表現されますが、まだこのステージでは「今、□□と感じている」と現在形で表現することはできません。
この段階でも、問題はすべて外的な要因のせいにして、問題に責任を感じることはありません。変わらなければならないのは自分ではなく、外側の世界だと考えています。
また、このステージでは、良い、悪い、正しい、間違っているなど、両極端な考え方が多く、矛盾する表現が多いのも特徴です。
ステージ3
もしステージ2で緩んだものが否定されたり制限されたりせず、ありのままの自分がさらに受け入れられたと感じるのなら、さらに流れるようになり、表現が広がっていきます。
まだ客観的な形ではありますが、自分自身について語られ始めます。または他人に反映させて自分が語られます。
内面的な矛盾、理想とする自己と現実との違いが明らかになり始めます。前のステージよりもっと多くの過去の感情が語られるようになります。しかし、現在形で自分の感情を語ることにはまだ抵抗があります。
カウンセリングなどの心理的な助けを求める人の多くが、このステージ3にいます。次の段階に進む準備が整うまで、かなりの時間この段階に留まり、非現在的な感情を描写したり、本当の自分ではなく対象としての自己を探求したりします。
ステージ4
ステージ3で、自分のさまざまな側面が理解され、ありのままを受け入れられていると感じると、さらに固まっていた自分を緩めることができ、自由な感情の流れが生まれます。
過去形ですが、より深い感情を表現するようになります。またより現在に近い過去形で表現されるようにもなります。対象としての感情は現在形で表現され始めますが、まだ自分のものとして受け入れることができません。
恐怖や絶望感にもかかわらず、起きていることの責任を受け入れ始めます。人生で繰り返し起きる過去の経験のパターンを認識し始め、それを自虐的なユーモアを伴って表現することがあります。
ステージ5
自分の表現、行動、経験が広く受け入れられていると感じるとこのステージに達します。
この段階になるとようやく現在形で自分の感情が語られるようになります。
自己の感情をますます自分のものとして受け入れるようになり、本当の自分でありたいと願うようになり、矛盾や不調和に、はっきりと向き合うようになります。自分自身の意思決定の能力を利用し、行動に移す準備ができるようになります。
感情そのものを信頼することにまだ抵抗がありますが、何か大切なものに近づいているような感覚があり、人生や人間関係についての新たな洞察も生まれます。
ステージ6
ステージ6は心理療法的な変化が継続的に現れるという意味で重要なステージです。
このステージまで達すると、変化はほとんど不可逆的となって、これより前のステージに戻ることはなくなり、カウンセリングは必要なくなります。
ロジャースはこの段階を非常に特徴的で、しばしば劇的だと言います。態度や知覚に驚くべき変化をもたらし、世界の見方が変わります。
このステージでは、それまで抑圧されていた感情が、完全に経験されるようになります。ネガティブな感情がもたらす破壊的な力に対する懸念は消え去り、感情は豊かな経験として捉えられるようになります。
感情と経験に対して抵抗することがなくなり、それまで自分を拘束していた枠組みから解き放たれて自由になり、自分そのものを受け入れられるようになります。自由に流れ始め、完全な結論に達します。それは素晴らしくもあり、時に恐ろしくもある感覚をもたらします。
この段階では、外的にも内的にも、もはや問題は存在しません。主体的に、自分の問題の局面を生き、感情や経験を生きています。より分かりやすく言うと、問題を知りながら、受け入れながら生きているのです。それまで断片的であった自己が、心、身体、感情、知性など、統合された全体として経験されるようになります。これまで曖昧さや不確かさを感じていたことが、カチッとはまり始め、クリアになります。
感情や経験は「持つもの」ではなく、自分そのものとなります。そして、その時、対象として見ていた自分は消えるのです。
ステージ7
この段階になると人は自分自身で変化を起こしており、カウンセリングの必要性は終わっています。ここからは成長あるのみです。
しかし、このステージ7まで達する人はほとんどいません。到達するのはせいぜいステージ6までですが、ステージ6までの変化もすぐ起きるわけではなく時間を要します。
このステージでは、経験に対してオープンであり、自分の感情を信頼することができ、完全に機能し、自己実現し、共感的で、他者に対して無条件の肯定的配慮を示すことができます。この最終かつ究極のステージでは、外的な力によるコントロール(Heteronomy)から内的な力によるコントロール(Autonomy)に移ります。
新たに見出した自信を、外の世界でどのように使い、表現できるかを探るために、積極的に協力します。
人生は流動的で変化することを認め、過去の解釈に縛られることなく、今を完全に生きるという強い感覚があります。他者と自由に関わる能力があり、さらなる変化と成長が可能で、それを望んでいる自覚があります。
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さいごに
以上、ロジャーズの変化の7段階のステージを紹介しました。全体的にみると、ステージ1からステージ7まで次のような変化があります。
- 内的硬直性(固定性)から内的流動性(流動性)への変化
- 自分自身の感情に気づき、それを認め、受け入れ、統合していく
- 過去に生き、過去を表現することから、今に生き、今を表現するようになる
- 何でも他人のせいにするのではなく、自分で責任を受け止められるようになる
- 自分を何かの対象として見るのではなく、あるがままの自分として認知して、その流動性を受け入れるようになる
- 内なるコミュニケーションがさえぎられることなく、新しい発見や経験や感情を受け入れられるようになる
- 他人との関係もより自由となり、何かで縛られることなく、自分への信頼が育たれる
- 自分自身に生き、常に変化のプロセスにあるようになる
そして、それぞれのステージを進んでいくために必要な前提条件は、「自分自身が完全に受け入れられている(received)」と体験することです。
つまり、恐怖、絶望、不安、怒りなど、どのような感情であれ、また、沈黙、身振り、涙、言葉など、どのような表現方法であれ、共感され、理解され、ありのままの自分が心理的に受け止められていると感じることが必要です。人は、完全に受け入れられ、理解されていると感じたとき、より深い感情を自由に探求することができるのです。
また、人はあることにおいてはステージ1にいるかもしれませんし、別のことにおいてはステージ6にいるかもしれません。私たちは全体として、このプロセスのある段階にいます。
また、これらの7つのステージは、独立したものではなく、全てつながっており、その変化は連続的です。しかし、段階分けすることで、変化の動機づけや過程を知り共有することに役立ちます。
大事なのは、ある段階から次の段階へと人を導くことではなく、人がそれぞれの段階を経験する機会を提供し、その人なりのプロセスで、その人なりの方法で、十分に経験する機会を提供することです。
そして、最後に、私がこのサイトで繰り返し書いてきたことに共通するのですが、ロジャーズはこう述べています。
クライアント(患者)の経験を理解して生きようとするうちに、私は次第に、良い人生についてひとつの否定的な結論に達した。それは、良い人生とはどんな固定した状態でもない、ということだ。私の考えでは、それは美徳の状態でも、満足した状態でも、涅槃の状態でも、幸福の状態でもない。(中略)
これらの用語はすべて、これらの状態のうちのひとつまたはいくつかが達成されれば、人生の目標が達成されたことになる、というような意味合いで使われてきたと私は考えている。
確かに、多くの人にとって幸福や適応は、良い人生と同義である。また、社会科学者たちは、緊張の緩和や、ある状態の達成を、あたかもプロセスのゴールであるかのように語ることが多い。
だから、私の経験がこうした定義のどれをも裏付けていないことに気づいたのには、ある種の驚きと懸念があった。真実と思われるものを一言で表現するならば、次のようなものになると思う。
良い人生とはプロセスであり、状態ではない。良い人生とは、目的地ではなく、方向である。