世の中の出来事や状況は中立です。それ自体は良いものでも悪いものでもありません。しかし、どのような考えを持って捉えるかによって、様々な結果に変化します。つまり、どのような結果を得るかは私たちの考え方次第です。自分が望む結果にたどり着きたいのなら、どう考えればよいのか自分で決めることができるのです。
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はじめに
以前本サイトで、セルフコーチングのツールとして、「CTFARモデル(Thought Model:ソートモデルとも呼ばれます)」を紹介しました。
このモデルは、シンプルながらとても効果的で、私自身も、日常生活の中で、かなり気に入って使っているモデルです。頭の中でネガティブな考えが強まったり繰り返されるときや、本来の目的を再認識するときに、よく思い浮かべていて、頭の中がすっきりと整理される感覚があります。
今回、このモデルの提唱者であり、ライフ・コーチ・スクール(The life coach school)の創始者であるブルック・カスティーロ(Brooke Castillo)が2008年に書いた書籍「Self Coaching 101: Use Your Mind – Don’t Let It Use You!(邦訳)セルフコーチング入門:自分の心に振り回されるのではなく、心を利用しよう!」を取り上げ、モデルをさらに詳細に紹介していきます。
なお、本書は現時点で日本語版は発刊されていません。
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CTFARモデル復習
CTFARは、「Circumstances(状況)➡ Thoughts(思考)➡ Feelings(感情)➡ Action(行動)➡ Result(結果)」の頭文字を取ったものです。
「状況」は、現実や事実です。私たちはこれを変えることはできません。
状況は思考を引き起こします。私たちは「思考」によって、状況に各々異なる意味を付け加えていきます。
その思考は、私たちの心に、ある「感情」を生み出します。
その感情によって、私たちはある「行動」を取ります。
その行動は、最終的に、ある「結果」をもたらします。その結果は、状況ではなく、私たちの思考が引き起こしたものです。
状況:世の中で起こる、自分でコントロールできないこと
思考:頭の中で起こる、自分でコントロールできること。セルフコーチングでコントロールする領域
感情:状況ではなく、思考によって引き起こされる心の揺れ動き
行動:私たちが世の中で行うこと。感情によって引き起こされ、思考によって決定される
結果:行動の結果として、世界(私たちの人生)に現れるもの。結果は常に、思考の証拠として現れる
このセルフ・コーチング・モデルは、以下の原理に基づいています。
- 私たちは世界をコントロールすることはできない
- 世界は中立で、それ自体が私たちを良い気分にすることも、悪い気分にすることもない
- 中立な状況を、どのような考えを持って捉えるかによって、状況は良いものにも悪いものにもなる
- 私たちの経験を作り出しているのは、状況ではなく、状況の捉え方であり、私たちの思考である
- 良い意味でも悪い意味でも、私たちには自分で考えたことを引き寄せる力がある
- 感情は行動につながる心の揺れ動きである
- 思考を変えなければ、結果を変えることは永久にできない
- 何かを手に入れない限り気分が良くならないというのは間違っている。何も手に入れなくても、今すぐにでも気持ちを変えることができる
- 意識的であること、そしてどのような思考を選択するかが、良い感情をもつために最も重要である
自分が望まない結果にたどり着いてしまうのは、自分自身の思考がその望まない結果を引き寄せているからです。自分が本当に望む結果にたどり着くためには、たどり着きたい結果を明らかにし、その結果を引き寄せるためにはどのような感情、思考を持たなければならないのかを逆算して導き出し、モノの考え方、状況の捉え方を変えていくことです。
このモデルを使うと、普段自分がどのように物事を考えているのか、自分を観察する観察者になります。
自分を客観的に観察できるようになることが、自分をコントロールできるようになること、セルフコーチングの力を発揮できるようになることへの大きなステップになります。
本当は自分は何者なのか、無意識の思考や、社会によって組み込まれた思考パターンに翻弄されていない自分がどのような自分なのかということを意識できるようになり、より深いレベルの意識と一体化することができます。
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自分の思考に気付くことで、思考を変えることができる
小さい頃から大きくなるまで、私たちは、歩き方、食べ方、読み方、計算の仕方、そして車の運転の仕方まで、様々な「仕方」を教わります。しかし、私たちがおそらくそのどれよりも頻繁に行っているあることを教わることはほとんどありません。それは「考え方」です。
何をどう考えるべきか、なぜそう考えるべきかは教えてくれます。しかし、「意識的に考える方法」を教わることはほとんどありません。
むしろ、私たちは、両親やその両親からリサイクルされてきた考え方を知らぬ間に引き継ぎ、社会の中で主流だとされる人たちの考え方を刷り込まされ、過去を再現して、変わらない思考を繰り返しています。
そして、多くの場合、その思考サイクルはネガティブなものです。
状況をネガティブに捉えることで、ネガティブな思考サイクルが回り始めます。否定的な思考が否定的な感情を生み、行動が望まない結果を生んでいきます。
最初の思考によって引き起こされたネガティブな結果は、新しい状況となり、さらなるネガティブな思考を生み、脳のパターンを維持、強化していきます。私たちはその負のスパイラルを疑うことなく受け入れ、否定的な思考や感情に支配された人生を送ります。
しかし、私たちは、いつでも、この否定的な思考のループから抜け出し、ポジティブな結果をもたらすポジティブなループに移行することができます。
そのためには、まず、人生で望ましくない結果を引き起こしている思考に気づくことです。
そして、何となく頭に浮かぶ考えに従っていつも行動するのではなく、自分が何を考えたいかを決めるのです。思考を変えることで、よりよい選択肢を取れるようになるだけでなく、より良い人生を送るための重要なカギを手に入れることができます。
ある種のコーチング・プログラムや行動療法は、行動を起こし、結果を出すことを強調しており、その原因になっている思考を軽視しています。そのような処置では、短期的には多少効果があるかもしれませんが、その行動と結果を引き起こしている根本原因に向き合っていないため、しばらくすると元のネガティブなパターンに引き戻されてしまいます。そして「変わらない思考」と「変えようとする行動」の絶え間ないバトルを繰り返すだけになるのです。
このモデルを使うと、根本原因である自分の思考に気づくことができます。自分の否定的な感情の背後にある原因を発見することができます。より意識的になり、思考を変えることだけが、結果を変えるために必要なことだと知ることができるでしょう。
心の中にある考えは、あなたという人間を表してはいません。まずはその「本当の自分でない自分」を知るのです。
自分の人生で生み出すすべての感情、行動、結果が、思考のせいであることを理解することで、人生が変わります。
いつもと同じひどい考えをしていたら、いつもと同じひどい1日を過ごすことになる
~ メドウ・デヴァー
If you have the same damn thoughts, you’re gonna have the same damn day.
~ Meadow DeVor
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CTFARモデルの実例
CTFARモデルの実例を挙げましょう。
事例その1:ある夫婦の事例
あなたがある夫婦の妻だとして、夫があなたの誕生日を忘れていたら、あなたはどう思いますか?
【ネガティブな思考ケース】
状況:夫は私の誕生日を忘れていた
思考:彼は私のことを気にかけていない
感情:ひどい、悲しい、寂しい、腹が立つ
行動:彼に冷たい態度をとって、会話を避ける
結果:夫と過ごす時間が減った。夫への思いやりがなくなった
【ポジティブな思考ケース】
状況:夫が私の誕生日を忘れていた
思考:夫が私の誕生日を祝いたいと思っているのは知っている。だからさりげなく思い出させてあげよう
感情:満足、愛
行動:夫に優しく接する、夫を無条件に愛する
結果:夫と誕生日を楽しむ
上の2つのケースで、「夫が私の誕生日を忘れていた」という状況は同じですね。
しかし、ポジティブなケースでは、思考が、自分が望む結果を導いています。
一方で、ネガティブなケースでは、思考が、自分が望まない結果を導いています。
何を考えるかは自分で決めることができます。ひどい結果を得られように考えるか、素晴らしい結果を得るように考えるかは、自分自身で決めることができます。次にもう1つ事例を挙げますが、皆さんも自分の生活で何かうまくいっていないことがあれば、モデルに当てはめて、どのような結果を得たいのか、そのためにはどう考えればよいのか、考えてみてください。
事例その2:待ち合わせの事例
【ネガティブな思考ケース】
状況:約束していたが、友だちが時間通りに現れなかった
思考:彼女は約束を守らなかった。私を軽視するとどうなるか思い知らせてやろう
感情:怒り、拒絶
行動:攻撃的に振る舞う。ののしる
結果:関係の悪化
【ポジティブな思考ケース】
状況:約束していたが、友だちが時間通りに現れなかった
思考:彼女は忙しいのかもしれない
感情:彼女が来てくれたことに感謝する
行動:親切で理解ある行動をとる
結果:今まで通りの関係
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CTFARモデル使用の際の留意点
セルフコーチング(CTFARモデル)を正しく使い、自分を導くためには、いくつかの重要な留意点があります。以下にそのポイントを抜粋して紹介します。
留意点その1:状況と思考を混同してはいけない
ある人は「今年はよくない事ばかり起きる」を「状況」と捉えるかもしれません。
ある人は「自分は周りの人たちより運がない」を「状況」と捉えるかもしれません。
ある人は「最悪の上司の下で働いている」を「状況」と捉えるかもしれません。
しかし、これらはすべて「状況」ではなく「思考」です。
最後の例でいえば、正しくは、「上司の下で働いている」が状況で、「最悪の上司」は思考です。
別の例として、「母親が亡くなったが、早すぎる死だった」では、「母親が亡くなった」は状況ですが、「早すぎる死だった」と考えるのは思考です。
私たちは状況に対して様々な感情を持ちますが、それらの感情は状況が引き起こしているのではなく、思考が引き起こしているのです。
留意点その2:自分の思考にとらわれている限り、その思考を監視することはできず、思考が変わることもない
私たちに苦しみをもたらすのは、職場や人生での境遇ではなく、境遇に対する私たちの考えです。
状況は現実です。恐怖や痛みを避けるために私たちは現実を歪めようとします。現実を違うものにすり替えようとすると、私たちは泥沼から抜け出すことができません。勝てない戦い(現実との戦い)にエネルギーを費やしても、勝つことはありません。
現実を現実のものとして受け入れるのです。変えられないことを受け入れることで、むしろ私たちは強力な武器を手にすることがでるのです。
現実を受け入れると、それを変える力を失ってしまうのではないかと考える人たちがいますが、そうではありません。現実と同化することなく、屈することなく、今この瞬間をありのままに受け入れることが、私たちのパワーの源になるのです。
離れた視点から自分を見てください。自分の思考と行動を、支持したり、批判したり、評価したり、恐れることなく、好奇心を持ってただ見るのです。それにただ気づくのです。そして、できるだけ頻繁に自分を観察してみましょう。
留意点その3:他人の考え方や行動を変えようとしてはいけない
私たちは、世の中のほとんどのことを直接コントロールできません。
天候、政治情勢、経済危機、戦争、死、税金、他人の病気、他人の評価、過去など、他にもたくさんありますが、その中で、間違いなく一番私たちの感情や思考をかき乱すのは、他人の行動です。
しかし、残念ながら、私たちは、ほとんどの場合、他人の行動を変えることはできません。
それなのに、妻なら夫に従うべき、女性なら優しくすべき、子供なら大人に従うべき、上司は部下の成長を助けるべき、従業員は主体性をもって行動すべき、公務員は誠実に振る舞うべき、店員は客の要求を満たすべきなどなど、私たちはとてつもない厚さの「他人がすべき行動マニュアル」を持っています。
しかし、残念ながら他人は私たちが作ったマニュアルには従わないのです。
もし私たちが感情のままに行動するのではなく、感情を客観的に知るならば、そして、テロリストの思考ではなく、私たちの思考に原因を見つけるならば、どれだけの戦争や争いを防ぐことができるでしょう。
CTFARモデルの「T」は、自分の思考です。他人の思考を変えようとしてはいけません。
留意点その4:結果は新しい状況となる
状況とは「今この瞬間あなたが直接コントロールできないもの」です。
結果は、私たちの思考、感情、行動の結果として起きることですが、結果は、次の段階の新たな状況となります。次の体重の例が理解しやすいでしょう。
状況:私は今、標準体重より20キロオーバーしている
思考:自分ではコントロールできない
感情:あきらめ
行動:深く考えず、今までと同じように生活する
結果:体重がさらに増える
新しい状況: 私は今、標準体重より22キロオーバーしている
つまり、CTFARモデルは「CTFARCTFARCTFAR…」というパターンのループになっています。「T」を変えることでより良いループに移らなければなりません。
留意点その5:思考の前に起きる感情もある
CTFARモデルでは、おそらくそのシンプルさと有用さを優先するために、あまり深く突っ込んでいないのでしょうが、実は思考の前に起きる感情もあります。これを一次感情(Primary Emotions)と言います。
一次感情とは、その名の通り、何かが起こったときに最初に感じる感情のことです。
例えば、コンテストで壇上で優勝とアナウンスされたとき、「やった!」と歓喜の声を上げます。
山道でばったり熊に出会ったら、瞬時に恐怖を感じ、体が「びくっ」と一瞬にして緊張し、無意識に緊急事態に対処しようとします。これは、感覚から扁桃体へ、そして思考領域を通過することなく体を伝達する身体反応です。
このような一次感情は、その出来事や刺激に直結した身体の最初の反応です。
一方で、二次感情(Secondary emotions)とは、一次感情を感じた後に、認知プロセスを経て生じる感情です。
例えば、何か非難されて、「かっ!」と怒りという一次感情を感じた後に、恥という二次感情を感じるかもしれませんし、二次感情で怒りをさらに増強させるかもしれません。
CTFARモデルの「F」は二次感情です。一次感情を「Emotion」と表すならば、より正確には「CTFAR」ではなく、「CETFAR」でしょうが、あまり長くなると覚えにくいですし、理解しづらくなりますからね。。。
とにかく、正しく思考するためには自分の一次感情も含めて客観的に受け止める必要があります。
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最後に
繰り返しますが、人生をより良くするには、まず自分の思考、頭の中で起きていることを素直に知ることです。
このことは、他のモデルや思想では、「Self-awareness:セルフ・アウェアネス(自己認識)」や「Self-reflection:セルフ・リフレクション(内省)」と呼ばれたり、「Matacognition:メタ・コグニション(メタ認知)」と表現されたりします。
「Mindfullness:マインドフルネス」も同様の状態を表す言葉です。
以前紹介したエックハルト・トール(Eckhart Tolle)の「The Power of Now」もコンセプトは同じです。
さらには、仏教の「Enlightenment:エンライトメント(さとり)」の概念にも通じるものです。
自分の思考を知ることは、最初は難しく感じるかもしれません。なぜなら、慣れ親しんだ思考と感情のパターンが、まったく気が付かないレベルにまで自分の奥底に深く浸透してしまっているからです。
この固定化されたパターンから逸脱した思考や行動は、「ありえない」とか「常識外れ」とまで感じるかもしれません。
小さな子供がかんしゃくを起こすようなものだと思ってください。
それは騒々しく、固定化された考えを支持するためにあらゆるものを引っ張り出してきて、大騒ぎしたり、あなたを邪魔したり、抵抗したりするかもしれません。
それにかき乱されたり、気を散らされることなく、ただ気づくことです。そして、より良い思考に置き換えて、新しい行動パターンに移行するのです。