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書籍紹介「Resilient Grieving:喪失からの回復」〜レジリエンスとは?

  • 投稿カテゴリー:人が変わる
  • 投稿の最終変更日:2023年8月17日
  • Reading time:9 mins read

今回は、ルーシー・ホーン著の「Resilient Grieving(レジリエンス・グリービング:計り知れない喪失を乗り越える方法)」を紹介し、レジリエンスについて説明します。レジリエンスは、トラウマや逆境にうまく適応することで、それを成長に転換さえできます。

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Resilient Grieving:喪失からの回復

今回は、ルーシー・ホーン(Lucy Hone)2016年著の「Resilient Grieving : How to find your way through devastating loss(レジリエンス・グリービング:計り知れない喪失を乗り越える方法)」を紹介します。現時点で本書は英語版のみで、日本語版は発刊されていません。
著者とその家族が、娘の突然の死をいかに受け入れ乗り越えたか、ポジティブ心理学やレジリエンスをベースとした方法と経験を紹介した本です。
ルーシー・ホーンは、ペンシルベニア大学でポジティブ心理学の修士教育を受け、ニュージーランドのカンタベリー大学で客員上級研究員を勤めています。

若いうちに子どもを事故や病気で失うことは人生で最もつらい出来事でしょう。幸い私にはそのような経験がありませんが、この本は、同じ様な死別を経験した人たちだけでなく、人生におけるその他の様々な困難や障害にいかに対応し、それを乗り越えていくか知る上でも参考になる本です。

ルーシーは、2014年、交通事故で当時12才の娘アビィ(Abi)、アビィの親友エラ(Ella)、そしてエラの母親でありルーシーの親友であるサリィ(Sally)の3人を失いました。3人が乗っていた車は「止まれ」の標識を無視して突っ込んできた車と衝突し3人は即死、生き残ったのは車を運転していたサリィの夫のシェーン(Shane)だけでした。
ルーシーは、オハウ湖(ニュージーランド)で週末のサイクリングとハイキングをみんなで楽しむために4人を待っている時にこの悲報を耳にしました。

ルーシーはニュージーランドのクライストチャーチ出身で、多くの日本人留学生が亡くなったことで日本でも大きなニュースになったクライストチャーチ地震の体験者でもありました。アメリカのペンシルベニア大学での修士教育を終え、故郷に戻り博士課程を始めたところで地震が起きました。彼女は政府や地域のコミュニティーグループと協力して、レジリエンスの研究の成果を、地震でトラウマを抱えた人たちに実際に適用する仕事に携わりました。
彼女はこの経験から娘の死にうまく立ち回れる立場にあると考えましたが、当事者になってみるとそれが容易ではないことが分かりました。

※ 下のリンクはTedでの彼女のスピーチですが、ちゃんとした日本語字幕を付けて見ることができます。

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喪失の後遺症に対処する方法

ルーシーは、書籍の中で身近な人の喪失の後遺症に対処する方法や有益な知見を数多く紹介していますが、その中から、広く私たちに役立つと思うものを下記にいくつか紹介します。

1.後遺症に対処する共通のルールはない。自分たちが必要とすることをするだけ

ルーシーと夫のトレバーは、娘の死後、困難を乗り越えできるだけ早く普通の生活を取り戻すため、既存のルールに捉われないことを確認し合いました。
まず、ルーシーが亡くなったその晩、男の子2人を含む残された家族4人は、加害者のドライバーを責めないと決めました。その裁判にも出席しませんでした。なぜなら法廷の場で、加害者に直接会い、話しを聞き、事故当日の詳細を知るのは、自分たちの助けにならず、むしろ自らを傷つけると考えたからです。

数多く受け取った同情やお悔みの手紙も開封しませんでした。また、メディアのインタビューにも応じませんでした。
被害者は、裁判に出席し、メディアからは悲しみや怒りの声をあげることを期待されます。またお悔みの手紙を送った人たちは、その封すら開けられないことを無礼と思うかもしれません。しかし、ルーシーたちは、悲しみのどん底にある自分たちがそのようなことに時間をそぐことが役に立つとはとても思えず、もし伝えたいことがあれば後になってからでも伝える時間は十分にあると考えました。

同様に子どもたちを失った遺族たちが悲しみや怒りを共有する会合にも一度しか参加しませんでした。もちろんそのような機会が役に立つ人たちもいますが、ルーシーはさらに気持ちを落ち込ませる場のように感じたのです。
死を嘆くプロセスで受け身である必要はないのです。むしろ、そのプロセスに影響を及ぼすべきです。より生産的なことを増やし、非生産的なことを減らすのです。

以前本サイトで、エリザベス・キューブラー・ロス(Elisabeth Kübler-Ross)が発表した「5段階の死の受容モデル」を紹介しました。人が死を受け入れるのには「否認 ➡ 怒り ➡ 取引 ➡ 抑うつ ➡ 受容」という5つのステップがあるという理論です。しかし、ルーシーは死を乗り越えるプロセスに決まったステップはなく、人それぞれがそれぞれの方法と手順で回復していくのだと説明します。
ルーシーはそれを「パズル」のようだと表現しています。人それぞれが自分で色々なピースを並べたり回したり試行錯誤しながら、少しづつ自分の形を見つけていくのです。パズルのピースを置く順番にもルールはないのです。

2.限られたアテンションを何に向けるか自ら選択する

以前本サイトでも「意思決定の仕組み:私たちのアテンションの限界と、組織の弊害」で紹介したように、私たちが注意を向けることができる能力は限られています。私たちが一度に処理できる情報は7ビットに過ぎません(1)。この限られたアテンションをどこに向けるかによって私たちの人生は形づくられていきます。
正常な状態でさえこの程度の情報処理能力しかありませんから、悲しみに打ちひしがれた人間が処理できる能力はいかほどでしょう。ルーシーには、既に悲しみによって消耗されたエネルギーとアテンションの多くを加害者に向けたり、周囲への対応に削がれることは、自分たちが回復していく上で生産的だとは考えられませんでした。

レジリエンスは、自分のアテンションを無思慮に「どこそこ」に向けることではなく、「ここ」に向けるという強い意思の上に築かれます。身近な人の死に際しても、私たちには多くの選択肢があります。どう対処するかは私たちが選択できるのです。不幸から心理的、物理的に離れ、全く違うことに集中できる仕事や学校などの環境にできるだけ早く戻ることは特に重要です。
悲しみや無力感、苦しみ、痛みは失った人への限りない愛の証拠です。それらを無視や否定するのではなく肯定的なものとして受け入れた上で、同時に決まった時間に決まったことをするようなルーチンを構築するのです。

3.急がずに時間をかける

事故の翌日、かつて娘さんを事故でなくしたピーター夫妻が家を訪れ、こう言いました。「決して急がず自分のペースでやればいいのよ。数日で全てを急いで終わらせる必要は全然ないの。お葬式だって自分の気持ちに整理がつくまで遅らせればいい。」
このアドバイスのおかげで、葬式を遅らせ、アビィと自宅で共に過ごす時間を増やしたこと、その間友人たちを自宅に受け入れアビィの傍らで語り合ったことがその後の大きなゲームチェンジャーになりました。

4.回復には波がある

調子が良い時が長く続いたと思っても、その後落ち込んでしまうこともあります。積極的に活動できるときもあれば、ベッドから抜け出せなくなるときもあります。しばらく明るく振舞うことができたと思ったら、突然前触れもなく悲しみが襲ってくることもあります。
喜びや悲しみの感情の縦の振幅があるだけでなく、前後にも波があり、進んでは戻ることを繰り返しながら、少しづつ前進していくプロセスだと理解するのです。
問題を乗り越えたと思っても、実際には解決していません。解決したと思ったらバラバラになり、また解決したと思ったらまたバラバラになる、その繰り返しで、一定の進捗があるプロセスではありえないのです。

5.喪失には2回目のロスがある

親愛なる人を失うのは1回目のロスに過ぎません。続いておきるのが2回目のロスです。それは、自分の将来の夢や希望の喪失であったり、仕事を失うことや収入面でのロスであったり、残された家族の崩壊であったり、安全性、安心感、確かさの喪失だったりします。更には自分のアイデンティティや自信、強み、人生の目的を失ったりします。
つまり、喪失によって失うのは、最愛の人だけでなく以前の自分でもあり、かつてと同じ自分も決して戻ってきません。かつての自分と異なる新しい自分、新しい価値観や目的に見合った小さな希望を少しづつ積み上げていくのです。

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レジリエンス(Resilience)とは?

レジリエンスは、痛みや怒り、心配や罪の意識を持ち、その感情を受け入れながら、楽しみや畏敬や愛を感じることで、痛みや苦しみから私たちを守ってくれるものではありません。

心理学教授のミッシェル・トゥガデ(Michele M. Tugade)とバーバラ・フレデリックソン(Barbara L. Fredrickson)は、レジリエンスを「ネガティブな感情体験から立ち直る能力、ストレスフルな経験がもたらす要求の変化に柔軟に適応する能力」と定義しています(2)また、アメリカ心理学会はレジリエンスを「逆境やトラウマや悲劇や脅威に対して、うまく適応するプロセス」と定義しています。

つまり、レジリエンスのある人は、人生に痛みや苦しみがあることを受け入れており、インスタグラムの投稿のように輝くようなエピソードだけでなく、苦難が人生の欠かせない一部であることを知っています。また自分が変えられることと変えられないことが区別できています。自分が変えられない外的な変化に応じて自らの行動をどう変えるかという柔軟性があります。ある意味では、レジリエンスは「禍を転じて福と為す」能力とも言えるでしょう。

残念ながら起きた不幸をなかったことにするのはできません。「なぜよりによって私たちが。。」とか、「もしあの時こうしていれば。。」など変えられないことを考えても、ぐるぐる堂々巡りで悲しみから抜け出すことはできません。答えのない問答に、エネルギーを奪われ続けるだけです。
亡くなった最愛の人との永続的な繋がりを築いた上で、その人がいない世界に自分をアジャストして、新しい人生を受け入れていく。もちろん時間はかかるし簡単では決してありません。しかし、事実を受け入れられない限り、永遠に抜け出すことができないのです。死を「忘れ去る、克服する(Get over)」のではなく、その事実を現実のままに「受け入れ(Accept, Live with)」た上で進むのです。

概して環境の変化にうまく対応できる人が、つらい出来事をうまく乗り越えられる人でもあります。身近な人を失った人への調査で、慢性的、長期的な苦しみに陥る人は全体の10~15%で、60%もの人が長期的には高い人生の満足度を報告していています。
また、ポジティブ心理学では逆境やトラウマの後の成長を「ポスト・トラウマティック・グロース(Post-traumatic growth:心的外傷後の成長)」と言いますが、トラウマを経験した半分から3分の2の人たちが、トラウマ後の成長を報告しています。私たちの周りにも逆境を乗り越え成長した人が少なからずいるでしょう。レジリエンスは特別な能力ではなく、誰もが手に入れることができる能力なのです。

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ペンシルバニア大学のポジティブ心理学センター(Positive Psychology Center)は、レジリエンスの定義を少し拡大し、逆境から立ち直る能力だけでなく、挑戦から成長する能力も含めています。同センターはレジリエンスに必要なスキルとして以下の6つのスキルを挙げています。

1.Self-awareness(自己認識)
Self-awareness(自己認識)は「自分の考え、感情、行動、心理的な反応を、自ら認識できる能力」です。

2.Self-regulation(セルフレギュレーション、自己統制)
Self-Regulation(セルフレギュレーション、自己統制)は本サイトでも度々紹介していますが、「自分の動機、思考、感情、行動パターンをコントロールする能力であり、望む結果に向かってそれらを自ら変えることができる能力」です。

3.Mental agility(メンタルアジリティ、精神的敏捷性)
Mental agility(メンタルアジリティ、精神的敏捷性)は、「新しい情報、システム、プロセスを学び、素早く吸収する能力」、言い換えれば、新しい状況にどれだけ適応できるか、その柔軟性と適応性を示すものです。

4.Strengths of Character(特性の強さ)
特性とは、人が持っている資質や特徴のことです。現実を直視して苦境を乗り越え、個人の強みを生かして、自分の価値観に合致した人生をおくる力です。

5.Optimism(楽観主義)
根拠のない楽観主義ではなく、現実的な楽観主義です。根拠のない楽観主義は事態をさらに悪くすることがあります。現実的な楽観主義とは、厳しい現実とも正面から向き合い、過ぎたことは元には戻らないことを受け入れ、正確に状況と自分の状態を把握し、最終的には自分が望む変化を達成できると信じることです。

6.Connection(人との関係)
レジリエンスの核となるのが人との関係です。自分1人では乗り越えることができない波でも、そばに寄り添ってくれる人がいるだけで乗り越えられるのです。

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最後に

ルーシーたちがアビィの喪失を乗り越えられた理由の1つとして、「アビィが多くの人に愛され、素晴らしく幸せな人生を過ごしたと知っているから」と書いています。
死後に「もう一度だけ話したい」「もう一度だけ会いたい」と思うと聞くことがありますが、ルーシーはアビィにそのように思うことは一切ありませんでした。アビィとの関係に何も後悔することがなかったからです。

私たちは多くの人たちを支え、支えられながら生きています。既に失った人との関係を変えることはできませんが、まだ失っていないその多くの人たちとの関係を後で悔いることのないよう接していくことはできます。

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参考文献
(1) Mihaly Csikszentmihalyi, “Flow: The Psychology of Optimal Experience“, New York, NY: Harper Collins, 1990, p.29
(2) Michele M. Tugade, ‪Barbara L. Fredrickson‬, “Resilient individuals use positive emotions to bounce back from negative emotional experiences“, J Pers Soc Psychol. 2004 Feb;86(2):320-33. doi: 10.1037/0022-3514.86.2.320. PMID: 14769087; PMCID: PMC3132556.

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