公共財ゲーム(public goods game)は、個人の利益と全体の利益が相反する社会的ジレンマがある状況で、人がどう判断し行動するかを知るためのゲームです。全体の利益に貢献せず、個人の利益を最大化するフリーライダー(ただ乗り)の問題と解決策を紹介します。
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公共財ゲームとフリーライダー
以前本サイトで、「社会的ジレンマ(social dilemma)」と「コモンズの悲劇(Tragedy of the commons)」を紹介しました。
社会的ジレンマ(social dilemma)は、すべての人が協力した方が良いにもかかわらず、個人の利益と全体の利益が相反するため、個人にとって最適な結果を得ることを優先して協力せず、結果として全体に不利益をもたらす問題です。
コモンズの悲劇(Tragedy of the commons)は、そのような社会的ジレンマがある状況で、全体の利益に反して個人の利益を優先して制限なく自由に行動した結果、共通の資源を枯渇させてしまうことです。
今回紹介する公共財ゲーム(public goods game)は、個人の利益と全体の利益が相反する社会的ジレンマがある状況で、人がどう判断し行動するかを知るためのゲームで、具体的には、グループの共同基金にメンバーがどの程度自分のお金を投じるかを調べるものです。
例えば5人のメンバーからなるグループがあるとして、それぞれのメンバーが500円持っているとします。
5人は互いに相談することなく、好きな金額を自分で決めて共通の箱の中に入れます。
この箱に入れられたお金の合計はN倍されて(通常1以上かつ人数以下の倍率。今回は2倍に設定します)5人に均等に再分配されます。
ではあなたがこのグループのメンバーなら、いくら共通の箱に貢献しますか?というゲームです。
下図のCさんのように手持ちの半分の250円を共通の箱に入れるかもしれません。Aさんのように500円全額入れる人もいるかもしれません。一方でEさんのように1円も入れない人もいるでしょう。
しかし、以下に示すように、共通の箱に投じた金額が少ない人ほど結果的に得をするのです。つまり、1円も投じなかったEさんが一番得をし、最も貢献度の高いAさんが一番損をするのです。
5人から集まった金額の合計 = 1,300円(500+400+250+150+0)
5人に再分配される金額の合計 = 1,300 x 2 = 2,600円
1人当たりに再分配される金額 = 2,600 / 5 = 520円
最初の手持ち金 ➡ 共通の箱に投じた後の手持ち金 ➡ 分配金を受け取った後の手持ち金
Aさん:500円 ➡ 0円 ➡ 520円
Bさん:500円 ➡ 100円 ➡ 620円
Cさん:500円 ➡ 250円 ➡ 770円
Dさん:500円 ➡ 350円 ➡ 870円
Eさん:500円 ➡ 500円 ➡ 1,020円
Eさんはフリーライダー(free rider)と呼ばれます。フリーライダーとは、公共などに自分は寄与していないのにもかかわらずその恩恵にあずかる人たち、つまりただ乗りする人たちを言います。フリーライダーの存在は、公共財の過剰な利用や、サービスの不足や劣化につながるだけでなく、人は本来協力的であるにもかかわらず、フリーライダーの存在が利他的な行動を妨げているとも言われます。(1)
しかし、ある意味では、Eさんやフリーライダーの行動は合理的です。集団の共同基金と個人が最終的に受け取る金額は、メンバー全員が全額を共同基金に提供したときに最大になりますが、個人の立場からみれば、1円も出さないのが最も合理的だからです。
ゲーム理論の有名な考え方にナッシュ均衡(Nash equilibrium)があります。ナッシュ均衡は、数ある選択肢の中で相手がどのような選択肢を取ろうが、自分に最適となる選択肢を見つけるために利用されます。
公共財ゲームでは「メンバー全員の貢献がゼロ」がナッシュ均衡になります。つまり、グループの他のメンバーがいかなる金額を寄与しようとも、自分にとって最適な選択肢は「寄与しないこと」になるのです。
個人の利害から見ると、何も寄与しないというのが最も支配的な戦略であり、合理的な選択なのです。そのため、参加者には、他のメンバーが気前よくお金を出してくれることを願いつつも、自分自身は何も出さないというインセンティブが生まれるのです。
この公共財ゲームの最近の典型的な事例は、気候変動などの社会的問題で、たとえAさんやA国が環境保護に大きく貢献しようが、EさんやE国が何もしなかろうが、その効果や影響はほぼ均等に私たち全員に跳ね返ってきます。
さらに、同様の問題は社会的問題のみならず、職場など身近なところでも見られます。例えば、従業員の会社への貢献度にどれだけ差があろうが、もらえる給与にほとんど差がない年功序列に基づいた給与体系などです。
あなたの職場にもフリーライダーはいませんか?
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フリーライダーの問題を解決策は?
では、この公共財ゲームやフリーライダーの問題を解決するためにはどうすれば良いでしょうか?
1つには貢献度の高い人たちに報酬を与えることが考えられます。
その報酬の原資を集団でプールすれば追加のコストもかかりません。しかし、会社の成果給の設定の難しさと同様に、貢献度をどう客観的に測るかという難しさがあります。また、以前紹介したヘドニック・トレッドミル(hedonic treadmill:快楽適応)にあるように、報酬は一度もらうといずれその金額では満足できなくなるため、上げ続ける必要があります。そのため、金銭的な報酬以外のことも考えなければなりません。
別の解決策として、貢献しない人たちに懲罰を与えることが考えられます。
しかし、大多数が納得し、かつ抜け道がない懲罰の仕組みをつくるのは容易ではありません。
また、報酬のケースとは異なり、違反者を監視する費用など運用コストがかかります。貢献度の高い人たちにもそのコストを負担してもらう必要があるかもしれません。懲罰のシステムを運用するためのコストが、それによって得られる成果を上回ってしまう恐れもあります。
有料化やクラブ化などの制度で、フリーライダーが公共財を自由に利用するのを制限することも考えられますが、フリーライダー「だけ」に道路や公共インフラなど公共財の利用を制限する仕組みをつくるのはとても難しいのです。これを、排除不能性(non-excludable)と言います。
これはとても難しい問題で決定打はありません。もし決定打があれば、問題の多くはすでに解決されているでしょうから。
すくなくても現状は公共に貢献する多くの人たちがその貢献度に応じて報われる形にはなっていませんし、フリーライダーに対する制限も限定的です。報酬や懲罰といったレベルの対応だけでは根本的に解決できないでしょう。
例えば、コロナウイルスのワクチンを開発するための国際的な取り組みは、誰か1人がワクチンを発明すれば社会全体がその利益を得ることになるため、最良の公共財の例となり得えます(ベストショットゲーム:best-shot gameと言います)。
これに対し、コロナウイルスの拡大を抑えるためのソーシャルディスタンスの遵守などは、集団の誰か1人がルールを破ってしまうと全員が危険にさらされる可能性のある脆弱な公共財の1例です(最弱リンクゲーム:weakest-link gameと言います)。(2)(3)
※ best-shot gameとweakest-link gameは、日本語訳が分からないのでとりあえずこのように訳しています。
津波や洪水を防ぐ堤防も最弱リンクゲーム(weakest-link game)の一例で、どんなに長い何キロにも渡る堤防を築いても、たった1か所でも周囲より低い箇所があればそこから水が流れ込み大きな被害をもたらしてしまいます。(4)
最弱リンクゲームによって既存のシステムの維持を図ることも大事かもしれませんが、ベストショットゲームや新しいシステムの創出も必要かもしれません。
また、実は程度の差こそあれ私たちはみな、ある点ではフリーライダーです。自由な市場で効率的な資源配分に失敗することを市場の失敗(Market failure)と言いますが、解決には、市場レベル、さらには一段上の次元の、私たちの価値観や道徳心(モラル)を変える社会全体の仕組みの変化が必要になるでしょう。
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参考文献
(1) Taehyon Choi, Peter J Robertsonn, “Contributors and Free-Riders in Collaborative Governance: A Computational Exploration of Social Motivation and Its Effects“, Journal Of Public Administration Research and Theory, Volume 29, Issue 3, pp.394-413., 2018/11.
(2) Stephan Müller, Holger A Rau, “Economic preferences and compliance in the social stress test of the Corona crisis”, cege Discussion Papers, No. 391, University of Göttingen, Center for European, Governance and Economic Development Research (cege), Göttingen, 2020.
(3) Alexandros Karakostas, Martin G. Kocher, Dominik Matzat, Holger A. Rau, Gerhard Riewe, “The Team Allocator Game: Allocation Power in Public Goods Games”, CESifo, Munich, 2021.
(4) Jack Hirshleifer, “From Weakest-Link to Best-Shot: The Voluntary Provision of Public Goods“, Public Choice, Springer, Vol. 41, No. 3, pp. 371-386 (16 pages), 1983.