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気候変動を認識しているのに行動を起こさない理由 Psychology of Climate Change

  • 投稿カテゴリー:社会が変わる
  • 投稿の最終変更日:2024年9月8日
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科学的裏付けが増える中、さすがに気候変動と人間の活動の因果関係を否定する人たちは少なくなってきました。しかし、一歩踏み込んで気候変動を食い止めるための行動を起こす人たちはごくわずかです。今回は問題を認識しているにもかかわらず行動を起こさない心理や障壁を紹介します。

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はじめに

異常気象に関するニュースをよく目にするようになりました。異常気象はもはや異常ではなく、私たちの新しい日常になりつつあります。異常気象の多くは地球温暖化が原因です。世界で最も高度な専門知識を持つ科学者の間では、地球温暖化のほとんどが人間の活動に起因するという意見で100%一致しています。(1)

つまり、異常気象は、地球が異常なのではなく、人間の膨大なエネルギー使用や資源搾取が異常で、私たちのライフスタイルや消費と生産のパターンが引き起こしていることが明らかになっています。つまり、私たちの行動が環境問題を起こしているのです。問題を解決するためにはその行動を変えなければなりません。

科学的裏付けが増える中、さすがに気候変動と人間の活動の因果関係を否定する人たちは少なくなってきました。しかし、一歩踏み込んで気候変動を食い止めるための行動を起こす人たちはごくわずかです。大多数の人たちが気候について懸念していると主張する一方で、多くの人たちが問題への効果的な取り組みから距離を置いています。メディアも異常気象について散々報道するわりには、この点に関しては恐ろしく静かです。

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気候心理学(Climate psychology)と否認の心理学(Psychology of climate change denial)

気候変動とその結果生じる心理的プロセスの理解を深めることを目的とした比較的新しい心理学の分野に気候心理学(Climate psychology)があります。

気候心理学はまた、人間心理の仕組みに基づいて、気候変動に対応するための効果的な方法を促し、個人、コミュニティ、政治の各レベルでの変化をおこせるように、活動家、科学者、政策立案者を支援するものでもあります。

特に最近は、気候変動の脅威が増す中で、適切な行動を取ろうとしない人たちの心理にも焦点を当てます。この研究領域は特に、気候変動否認の心理学(Psychology of climate change denial)とも言われます。

先にも述べたように、気候変動に関する研究が進み、科学的コンセンサスが形成されるにしたがって、かつてのような「人間の活動は気候変動に影響を与えていない」と主張する、いわゆる「ハード系」の温暖化否定論者は少数派です。

一方で、より多くの研究者の関心を集めているのが「ソフト系」もしくは「暗黙」の否定者です。
「ソフト系」もしくは「暗黙」の否定者とは、気候変動に関する科学的なコンセンサスを知識レベルでは受け入れているものの、受け入れたことを行動に移さない人たちです。

「ソフト系」の否定者には、環境問題に全力で取り組みますと企業広告ではうたいながら、実際には大量の化石燃料を使い続ける企業も含まれるでしょう。このような「口だけ環境企業」の存在は、周囲に「あ、口だけでいいんだ」という考えを波及させてしまうため、特に危険です。

そのような人や企業は、いわば黙示的に気候変動を否定しているのであり、問題解決の障壁になっています。

気候変動否認の心理学も、従前のハード系の否定者の心理から、ソフト系の否定者の心理をめぐる研究や議論が増えています。

なぜ、私たちは気候変動を認識していながら、その解決のための行動を取ることができないか、そこには、単なる情報不足では済まされない、私たち人間の心理やその他の障壁が深く影響しています。

以前本サイトでは、環境問題の解決を妨げる心理的、構造的障害を紹介しました。今回は、前回紹介した記事と重複する部分があるものの、少し違った視点から、なぜ環境問題が人間の活動にあると認識されていながら、私たちの多くはほとんど行動を変えないのか、その原因を探っていきたいと思います。

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気候変動を見て見ぬふりをするわけ

気候変動を否認する心理を理解するためには、私たちの思考、動機、行動に影響を与える無意識または認識されていない感情やプロセスを理解しなければなりません。さらには、心理学や認知的または行動的アプローチに留まらず、哲学や宗教や人類学や社会学など広く人文科学の領域を跨いだ、知ることと行動することへの抵抗を調査する、より深く広いアプローチが必要です。
この問題は、あらゆる点で、一個人に限定された独立した心理的プロセスではなく、社会的および生態学的文脈の中に深く組み込まれているからです。

「環境に優しい行動」とは、私たちが環境への悪影響を最小限に抑えるために意識的に選択する行動です。「環境に優しい行動に対する障壁」とは、そのような行動を取ることを妨げる様々な要因です。
一般的に、これらの障壁は心理的社会的/文化的経済的構造的という大きなカテゴリーに分けることができます。

1.心理的障壁は私たちの内面からくる障壁で、個人の知識、個人的信念、考え、感情が行動に影響します。
2.社会的/文化的障壁は、周囲の環境から受ける影響です。
3.経済的障壁は、持続可能な行動(新しいテクノロジー、電気自動車など)を取るためのお金が不足しているなど、経済上の障壁です。
4.構造的障壁は外的なもので、一個人ではコントロールできません。たとえば、政府の施策、公共交通機関やシェアライドなどが十分でなく、日々の生活を自家用車の利用に依存せざるを得ないなど、社会の構造上の仕組みからくる障壁です。

これらの障壁をそれぞれ詳細に見ていきましょう。

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1.環境行動を妨げる心理的障壁

最初に心理的障壁を見ていきましょう。
ビクトリア大学のロバート・ギフォード教授(Robert Gifford)は、行動を起こさないドラゴン(dragons of inaction)」という表現を使って、環境問題の対応を妨げる様々な心理的障壁を特定しました。障壁は合計36種類にも及び、次の7つの大きなカテゴリーに分けて説明しています。

(1) 問題に対する限られた認識能力 Limited Cognition

私たちは自分が思っているほど合理的ではありません。たとえ長期的には自らの身を滅ぼすことになろうとも、短期的な快楽を選択します。脳がそのように出来ているからです。

気候変動について考える場合も同じです。長期的には環境問題解決には寄与するが、つらく面倒な行動よりも、長期的には破壊につながるが、楽しくて楽な行動を選択するのです。

私たちの脳は不快感や矛盾を避けるようにも出来ています。そのため、厳しく難しい問題に真正面から向き合って自分自身をつらくするよりも、問題に気が付いていないふりをしたり、まださほど重大ではないと自分に言い聞かせて、不快感から逃れようとします。

気候変動が、多くの人たちにとってまだ他人事なのは、大きな被害が自分の身に直接降りかかっていないことも原因です。私たちの脳が、環境問題を離れた場所や遠い未来の問題だと捉えていて、身近なものだと認識せず、まだまだ大丈夫、すぐに注意を向ける必要はないと、優先度を低く捉えていたり、大きな関心を持って問題に接していないのです。人間は将来的なリスクを軽視する傾向があります。深刻な影響が自分に降りかかるまでは自分事にはならないのです。問題の先送りは私たちの得意技です。

環境問題が目に見えないことも要因の1つです。例えば排出される温室効果ガスに色が付いていて、はっきりと目に見えるものであったなら、私たちの捉え方は全く異なるものになっていたでしょう。

環境問題に関しては、以前から多くの警鐘が鳴らされています。しかし、自分の身には何も起きません。そのため、警鐘に慣れてしまったことも問題の1つです。「慣れ」で言えば、異常気象に慣れてしまうことも問題です。暑い夏にもそのうち慣れてしまって、これなら何とか耐えられそうだと、行動に移さないのです。

気候変動の重大な点は、その症状がさらに進行してから何かしようとしても、時すでに遅しとなっている可能性が高いことです。
幸か不幸か日本は地震国であり、例えば、南海トラフ地震に対しては、自分が生きているうちにいつか来ると、ある程度の警戒感を持っている人たちは少なからず存在します。気候変動に対しても、同様もしくはそれ以上の切迫感が必要です。

(2) 環境に配慮した態度や行動を妨げるイデオロギー Ideologies

イデオロギーは世界観、価値観です。それは長い時を経て社会に浸透し、私たちの思考を深いところで支配しています。
その1つが消費主義です。消費主義は私たちの内面に深く浸透し、欲求を駆り立て、思考や行動を支配しています。残念ながら持続可能な社会は、現代社会に浸透している消費主義とは相容れません。しかし、消費活動はすでに私たちの生活の基盤となり、アイデンティティの一部になっているので、その価値観に反する気候変動問題を受け入れることは容易ではないのです。

また、ある人たちは人間の能力や無限の可能性を過剰なまでに信じています。そのため、素晴らしい技術が次々と開発され、いつかイノベーションが環境問題をすべて解決するので、自分は何もする必要はないと信じます。しかし、その技術信仰の根拠を客観的に示すデータは何もありません。

さらに言えば、人間は、現状が良かろうが悪かろうが、それが維持されることを望みます。現状維持バイアスシステム正当化のバイアスです。例えおしりに火がまわろうが、現状を変えることの方が面倒くさく、多少やけどしようとも、そのままの状態で居続けるのです。

(3) 他人との比較 Comparisons With Other People

人間はとても社会的な動物です。私たちは行動の多くを、他人の行動と比較して決定しています。特に日本のような国では、周囲の誰もおこなっていない行動を実行して目立ったり、浮いてしまうことを恐れるため、最初の一歩を踏み出す社会心理的ハードルが高く、その障壁のために、意欲があっても行動に移せない人たちも多いです。

(4) サンクコスト Sunk Costs

サンクコストは、すでに費やした、戻ってこないお金や労力のことです。
例えば、個人が貢献できる環境負荷低減行動として、車を利用せず公共交通機関を利用することのインパクトは大きいです。しかし、車を所有していない人たちにとっては簡単な選択肢でも、すでに車を所有している人にとっては、取ることが難しい選択肢です。なぜなら車を購入するために多くのお金や労力を費やしたからで、それを無駄にしたくないと思うからです。

さらには私たちはいったん自分が手に入れたものに大きな価値を植え付けます。それは物に限らず、考え方や関係性や生活に対しても同じです。自分が苦労して手に入れた特権やライフスタイルを、みすみす手放したくはないのです。

例え、高い目標を掲げて一生懸命取り組んできたことが、ある時、実は地球環境に良くないと分かったとしても、やめることはできません。長い年月をかけて積み上げた努力をやすやすと無為にすることができないからです。

(5) 専門家や当局に対する不信感 Discredence

国際機関や各国の政策立案者は、気候に優しい行動を奨励するための多くのプログラムを作り実施してきました。しかし、これらのプログラムのほとんどには強制力がなく、個人が自主的に参加するかしないかを判断するだけです。違反した場合に制裁が伴うものでもありません。

政策立案者に対して強い不信感を持っている場合、市民は、そのプログラムを受け入れないどころか、逆に抵抗する確率が高くなります。そのプログラムが良いものであったとしてもです。もちろん、政府の施策に不備があったり、公平でない場合は、抵抗する確率はさらに高くなります。

(6) 行動を変えるリスク Perceived risks

温室効果ガスの排出を削減したり、環境関連の行動を改善したりするための一歩として行動を変えることには、様々なリスクが伴います。
行動を変えてうまくいくのか?想定される成果が出るのか?予期せぬ事態が生じることはないのか?持続可能なのか?周りの人たちから変な目で見られることはないのか?などです。

(7) 行動の限界性 Limited behavior

最後に、いくら行動を変えたとしても、それがあまりにもたいへんであったり、意味が感じられなければ、すぐ元の行動に逆戻りしてしまうという、行動定着に関する限界性があります。

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2.環境行動を妨げる社会的および文化的障壁

気候変動に対する私たちの反応には、心理的な内的要因の他に、社会文化的な外的要因(価値観、信念、規範など)が影響しています。つまり、個人が環境行動を取りたいと思っていても、それ以外の要因によって取ることができないケースがあるのです。

先ほど紹介した「イデオロギー」や「他人との比較」とも重なりますが、それぞれの社会には、何をすべきか、何をすべきでないかに関するルール(規範)があります。問題なのは、環境に配慮した私たちが取るべき新しい行動が、既存の社会規範に反していたり、相容れない場合があることです。

たとえば、現代社会は、大量消費主義、グローバル化され規制緩和された経済活動が根幹をなしています。そして、それが気候変動の原動力になっています。

大量消費主義は私たちの生活に様々な便利を与える一方で、地球環境を蝕み続けます。気候変動に対処する行動を取ることは、消費主義や資本主義の否定、権威批判、社会批判、大衆に対する背信と受け取られる可能性があります。つまり、気候変動に対処する行動を取ることは、現代社会の批判であり、現代社会に浸透している価値観の否定になるのです。
という私自身も、多くの人たちにとって耳の痛いことばかり書く、大衆の裏切者です(笑)。

私たち日本人が装う「無関心」は、他人と違う行動を取ることに対する不安や、周囲から非難される恐れを防止し、周囲に同調する機能を果たしています。環境問題は、日本人の価値観と共鳴しないのです。

地域によって異なる世界観が重要な役割を果たします。他の先進国の多様な文化的背景を持つ人たちは、日本人とは異なる視点と優先順位と独立性を持っているため、同じ環境問題に対してより自由に反応する可能性があります。

一方で、アメリカでは概して、左派は環境問題に関心があり、右派は環境問題を軽視する傾向がありますが、環境そのものに対する意見と言うよりは、政治的イデオロギーが、環境問題に対する個人の意見を大きく左右しています。

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3.環境行動を妨げる経済的障害

電気自動車やエコ家電に買い替えるのにはお金が必要です。
持続可能なエネルギー源に切り替えるために、ソーラーパネルを取り付けるのにもお金がかかります。

様々な政府の補助金はあるものの、環境負荷の低い行動を取りたくても、そのための経済的余裕がない場合があります。私たちは生きていかなくてはなりません。生活が成り立たなくなってまで、環境のために何かをすることはさすがにできません。

一方で、環境に優しい行動は、概してお金のかからない行動でもあります。車の代わりに自転車や徒歩を利用すれば、環境負荷低減に貢献できるのみでなく、お金も節約できるし、健康面でもメリットがあります。

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4.環境行動を妨げる構造的障壁

環境行動は、単なる孤立した心理的プロセスではなく、社会的規範によって妨げられる心理社会的現象だけでもなく、構造的な問題でもあります。

私たちの社会の仕組みそのものが大量のエネルギー消費を前提にしているのです。

環境に配慮した行動を取りたいと思っても、社会の仕組みがそうなっていないため、実現が難しいのです。
例えば、公共交通が脆弱な地方で生活を維持するためには車を利用せざるを得ません。最寄りのスーパーマーケットが10キロ先にある人たちに、毎日自転車や徒歩で買い物に行けとは言えません。

しかし、逆から見れば、地方に住む人たちの多くは車を所有しているので、既にあるそのリソースをうまく利用可能にすれば、様々な問題の解決につなげることができます。無いものを嘆くのではなく、すでにあるものを利用するのです。

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さいごに

今回、気候変動を認識しているのに、問題解決の行動を起こさない理由、行動を妨げる様々な障害を紹介しました。
多くの人が気候変動対策に取り組まないのは、「みんなが自己の利益ばかり考えていて、自然、環境を気にかけていないからだ」とよく言われます。もちろん、それも原因ではありますが、上で説明したように、問題を気にかけていて、気候変動対策に取り組む意欲があっても、社会的な制約や、構造的な制約によって、行動できない場合も少なくありません。

このような障壁は、より多くの人たちが気候変動対策を支援し、自ら体現し、構造的変化を促すことで取り除くことができます。行動の変化は消費者と市民だけの責任ではなく、政府、企業、業界のイニシアティブが重要です。政府主導の変化は、国民の支持がある場合に受け入れられやすくなります。国民の支持は、コストとメリットの比較だけでなく、それが公平に分配されるかどうか、公正な意思決定手順が遵守されるかどうかにも左右されます。

多くの関係者が気候変動を自分事として捉え、それに応じて行動していることを伝えることが重要です。そして、多くの異なる個人や団体の役割分担と責任の明確化を促すことが必要です。

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参考文献
(1) Krista F Myers, Peter T Doran,John Cook, John E Kotcher, Teresa A Myers, “Consensus revisited: quantifying scientific agreement on climate change and climate expertise among Earth scientists 10 years later“, Environmental Research Letters Vol.16 No. 10, 104030, 2021/10/20.
(2) Robert Gifford, “The Dragons of Inaction : Psychological Barriers That Limit Climate Change Mitigation and Adaptation”, American Psychologist, 66(4), 290–302, 2011.

(3) Linda Steg, “Psychology of Climate Change”, Annual Review of Psychology, 2023. 74:391 – 421, 2022/9.

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