NECは従来の関係者の対立した関係を変え、協働的な関係を促す建設プロジェクトの契約約款でありフレームワークでもあります。香港では今ではほとんどの大型公共事業に導入されています。一方で、まだ取り組みが進まない部分もあり、その香港での取り組みと課題を紹介します。
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NEC(New Engineering Contract)契約約款とは?
プロジェクトを遂行する上で、契約は、当事者たちの関係を形成する重要な役割を果たします。
NEC(New Engineering Contract)は、建設プロジェクトを管理するための新しく革新的な契約約款としてICE(イギリス土木学会)によって1993年に第1版が誕生しました(新しいと言っても、もう30年前ですが。なお、日本の電機メーカーのNECとは全く関係ありません)。NECはその後改定が重ねられ、現時点では2017年に発行されたNEC4が最新版です。
以前も紹介しましたが、NECの基本原理は「相互の信頼と協力の精神に基づき行動すること」です。
契約当事者間で対立したり不平等な立場を強いられることが多い従来型のプロジェクトの仕組みと当事者の関係を新たなものに変え、対立を最小限に抑えて、リスクの公平な配分を促し、相互の信頼と協力を改善するものです。
NECには大きく3つの原則があります。それは「明確でシンプルであること」、「柔軟で自由度があること」、「よいマネジメントを喚起するものであること」です。
「明確でシンプルである」ために、当事者がとるべき行動を明確にし、法律的な難しい言い回しは最小限に抑え、分かりやすい普通の言葉で、誤解を生むような主観的な表現を避けるように書かれています。
「柔軟で自由度がある」ために、コアとなる約款に加えて、支払い条項やその他の条項に関する様々なオプションがあり、プロジェクトに合わせてそれらを組み合わせて、工事契約のみならずコンサルタント契約やサプライヤー契約など幅広く使用できるようになっています。
「よいマネジメントを喚起するものである」ために、いかなる手順も合理的な決断から遠ざけるものであってはならず、すべての手順が全当事者に効果的であるように設計されます。先を見越して協働することで問題を予見してリスクを低減し、それぞれの機能と責任の分担を明確にすることで、当事者たちの責任感とモチベーションを高めます。
特に特徴的な仕組みの1つが、早期警告(Early warning)で、発注者側の管理者であるプロジェクトマネージャーと請負業者の双方に、プロジェクトの期間、コスト、品質に悪影響を及ぼす可能性のある事柄やリスクに気づいた場合、相手方に書面で通知することが義務付けられています。この早期警告メカニズムにより、リスクと不確実性を積極的に共同して管理し、問題の回避と低減に集中することができます。
また請負者が支払いを受ける出来事(Compensation events)が明確になっている点も特徴的で、これによって当事者間に費用の面で争いが発生するのを防ぎます。
海外のプロジェクトにおいて日本企業が締結する契約のベースになることの多いFIDIC契約約款が、全体としては従来型の当事者間の関係性を踏襲しつつも、その義務や責任を明確にし、手順を厳格に規定しているのに対して、NEC約款は、早期警戒やプロジェクトプログラムの更新規定に見られるように、関係者の協業に重きを置き、契約の仕組みを通じて、積極的で協調的な共同リスク管理のアプローチを促します。
NECが早期警告の原則をもつ一方で、FIDICのアプローチでは、請負業者は、問題やリスクが発生した後に工期延伸や追加費用請求をすることになり、工事期間中に問題やリスクが発生しても、両当事者が必ずしも迅速に話し合い合理的な行動を取れるわけでもなく、結果的に難しい立場に置かれ、後々紛争まで発展してしまうこともあります。プロジェクト実行段階での変更事象のほとんどが、個々の関係者にとって実質的なリスクを伴うため、協調的な姿勢から自己中心的な姿勢へと関係者を誘導してしまうのです。
NECでは、リスク管理と変更管理が早期警告システムによって結びつけられており、プロジェクトパートナーが不測の事態に陥っても安心できるような強力なシグナルを含んでいます。(1)
NECのメリットを簡単にまとめると、次のようになります。
- 従来型の契約形態に比べ、協業を促し、より一貫して自らの仕事の目的を達成することができる。
- コスト超過や遅延、完成したプロジェクトの問題などの使用者のリスクを軽減する。
- 請負業者、下請け業者、サプライヤーのそれぞれが利益を達成する可能性が高い。
- 利害関係者の関与によりプロジェクトマネジメントの機能が強化される。
- 契約当事者に、相互信頼と協力関係を構築するためのパートナーリングのアプローチを奨励し、紛争を回避または軽減する。
- 従来型の契約の入札額に含まれる請負者のリスクプレミアム(リスク費用)を低減し、また公平なリスク配分を促進する。
なお、NECの契約を利用したプロジェクトの成功には次の要素が必要になります。
- すべての当事者からの前向きで積極的な姿勢
- トップマネジメントのコミットメント
- 対立ではなく協働する姿勢
- プロジェクト実施中も変化していく姿勢
- より良い方法の存在を信じる姿勢
- 文化、態度、行動の変化
- 問題に対して誰か他人を指さすのではなく、問題を共有する姿勢
- 共同して働くワン・チームの意識
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香港のNECの成功(2)(3)(4)
さて、このNECの契約約款ですが、イギリスで初めて導入された後、その他の国々にも広がり、香港でも使用されています。香港政府が導入したのは、NECが、協調的なパートナー関係を促し、プロジェクトチームが一丸となって困難に立ち向かうことで、プロジェクトの円滑な実施に資するパートナリングの精神を取り入れた契約形態であるという観点からです。
2006年、香港政府の開発局(DEVB)はNEC3を試行することを決定し、公共事業におけるNECのパイロットプロジェクト第1号として福満路(Fuk Man Road)プロジェクトが選ばれ、2009年に契約が締結されました。このプロジェクトは2012年に完成し、結果としてとても大きな成功をもたらしました。
パートナー精神と協力的な文化を持つプロジェクトチームを育成することができ、プロジェクトに携わるスタッフたちに高い満足度をもたらしました。
また、早期警告と、ターゲットコスト(目標工事費)オプションに組み込まれているペイン/ゲインシェア(損失と利益の共有:pain/gain share)の仕組みにより、問題解決が共同かつ迅速に図られました。このプロジェクトはコストと工期の大幅な削減を達成し、39ヶ月の当初計画を6ヶ月前倒しで完了し、目標工事費を5%下回ることができました。
以降、香港政府はNECの適用を順次拡大しています。2017年には、すべての大規模公共工事契約(契約金額4億円ドル以上)に原則NECを採用することを求めるガイドラインを発行しました。2009年から2022年までに、NECを採用した公共工事契約は400件以上、総額2,500億ドルを超え、そのうち80件以上が決算をすでに終えています。ガイドラインの発行以降、全公共工事契約に占めるNEC契約の割合は増加傾向にあり、2017年の22%から2022年には47%に達しています。そして、2022度に着工された大型公共事業の90%以上がNEC方式を採用しています。
NECの工事契約管理の経験、アンケート調査、フォーカスグループインタビュー、ワークショップを通じてセクターや様々な関係者から得たフィードバックを集約すると、一般的にNEC形式は従来の契約形式と比べて、以下の3つの点で優位性があることが判明しました。
1.リスクマネジメントの強化
NECの早期警告メカニズムにより、発注者側と受注者側(請負業者)の双方が、プロジェクトに影響を与える可能性のあるリスクを早期に発見・提起し、施工上の困難や問題が生じた場合には、契約書に定められた手続きの枠組みやタイムフレームに従って、プロジェクトを円滑に進めるための最善策を話し合い合意することが奨励されています。
「Tung Chung New Town Extension – Major Infrastructure Works in Tung Chung East(東涌新区延伸-東涌東地区主要インフラ工事)」を例にとると、当初、請負業者は中国本土で製造されたコンクリート製の排水管を、陸路で香港に輸送して使用する予定でした。しかし、COVID-19による国境をまたぐ輸送の制限によって、請負者は、排水管が予定通り納入されないだろうと想定しました。このような状況下で、NECの早期警告システムが効果を発揮し、請負者は速やかに発注者に問題点とその影響を通知しました。その後、両者が協調して積極的に話し合い、陸上輸送を海上輸送に変更することで速やかに合意し、工事を遅らせることなく予定通り香港に排水管を搬入することができました。
また、「Improvement of Water Supply to Sheung Shui and Fanling(上水扇嶺水供給改善工事)」では、本敷設工事の一部が既存の地下設備、地質条件、交通問題などの影響を受けましたが、発注者の担当者と請負業者が一体となって、水道管の一部の位置や敷設方法の変更など、最適な解決策を講じました。その結果、プロジェクトに遅れはなく、予算もコントロールされ、Win-Winの関係を実現することができました。
また、香港の下水道部門では、広く農村部で下水道工事を実施していますが、NECを採用しリスクマネジメントを強化した結果、従来の契約形式と比較して、実際の工期が平均で約6%短縮されました。
2.クレーム管理の最適化
NECは、工事段階で発生する予期せぬ、あるいは制御不能な困難な状況等において、請負者へ補償を行う仕組みを備えており、従来の契約形態と比較して、契約期間中に補償事象の大半を適切に処理することができます。これによって、賠償請求に関する紛争を調停、仲裁、あるいは訴訟に委ねる必要性が減り、従来の契約と比較して、NECの契約では平均で30%以上の工期短縮が可能となっています。
3.費用対効果の向上
NECの「ターゲットコスト」は、実際の工事費とターゲットコスト(目標工事費)との差額を契約当事者が負担する仕組みです(ペイン/ゲインシェア)。具体的には、実際の工事費が目標工事費を下回る場合、両契約当事者はその差額分を均等に享受します。逆に、実際の工事費が目標工事費を上回る場合、発注者は、目標工事費の5%を上限として、差額の半分を負担しなければなりません。
「ターゲットコスト」は、複雑なプロジェクトやリスクレベルの高いプロジェクト、または契約スコープが明確に定義できないプロジェクトでの採用に適しています。
また、発注者側と受注者側が協力して最適な工法を策定し、プロジェクトの円滑な実施、予算超過回避、コスト縮減のインセンティブを与えるものでもあります。この仕組みにより、請負業者はより革新的で費用対効果の高い提案を積極的に行い、コストダウンや早期完成を目指すインセンティブが働きます。
「Happy Valley Underground Stormwater Storage Scheme:ハッピーバレー地下雨水貯留計画」を例にとると、プロジェクトチームの総力を結集し、さまざまなコスト削減策を実施し、最終的には約5%の建設費削減を実現しました。
以上要約すると、NECの協調的パートナーリングの原則の下、プロジェクトチームが積極的に協力し、工事の問題や困難をタイムリーに解決することで、工事契約における時間やコスト超過のリスクを軽減するとともにプロジェクトの価値を高めることができるのです。
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香港のNECの課題
このように、多くのメリットがあり、特に政府発注の大型プロジェクトで実績が増えてきているNECですが、中小規模や民間のプロジェクトではまだまだ従来型の契約約款が主流です。
建設プロジェクトでは近年、契約的なパートナーシップの協力関係を促進していくことが重要されており、NECがそれに寄与すると証明されており、従来型の契約では解釈の相違や対立を生みやすいにもかかわらずです。
なぜ香港でNECの更なる拡大が進まないか原因を調査した研究があります(5)。この調査は契約当事者たちの主観的な意見によるもので、客観的な評価に基づいたものではないことは強調しておかなければなりませんが、最も顕著なチャレンジとして「人は変わることを望まない」、「訓練を受けた実務者不足」、「判例と経験不足」の3点を挙げています。
本サイトでも何度も紹介しているように、人には現状維持バイアスがあり、「明るいが不確かな未来よりも、不満や問題があっても確かな現状」を好みます。より良いが不確かな未来に足を進めるためには、新しいスキルと知識の習得が必要ですが、それも不足していては、ますます前に進むことが難しくなります。
建設産業の関係者の多くは、全体の文化として、他産業に比べて、ある程度保守的なマインドセットを持っています。
その1つが、発注者が「主人」で、受注者は「使用人」であるというマインドセットです。NECなどのパートナーリングのアプローチは、お互いの体と頭に染みついたこの概念を変えるものです。
香港ではNECが民間のプロジェクトに利用されることはまだ限定的です。そもそも民間のデベロッパーは、請負者に対して大きな力を持っており、請負者から追加請求を受けることもなく、現状の関係性に満足しており、その交渉力を手放したくありません。パートナリングがうまくいけば生産性を高めたり、より多くの価値を生み出すことができますが、そのような高みを目指さず、発注者が既存の優位性を確保しておきたいと思うのは不自然なことではありません。一方で、請負者もそのような関係の中で利益を確保するために、データを隠しておきたいと思うことも自然な動機付けでしょう。
この調査では、NECが進まない更なる理由として、発注者側から「ほとんどの請負者がオープンブックを受け入れない」点がチャレンジとして多く挙げられたと述べています。オープンブックとは、請負業者が発注者に対して、コスト情報を開示することです。NECのオプション契約の1つであるターゲットコスト(目標工事費)を可能にするためには、コスト情報の共有が前提となりますが、従来の関係や不信感や不公平感が完全に払しょくされない限り、コストを開示することに請負者の強い抵抗があるのは理解できます。
コスト情報の開示のみでなく、NECではプロジェクトを通じてプログラムを更新し続ける必要がありますが、そのためのマンパワーが必要なことも課題です。コスト情報を開示することに抵抗があるだけでなく、開示という作業自体に追加の人材が必要になるのです。新しいスキルが全体として不足しており、この課題克服には、教育、評価、資格等の見直しといった長期的な施策も必要になってくるでしょう。
また、請負者側からは「発注者が調達プロセスに関与するため、普段使っている下請け業者を使えない」ことも多く挙げられました。信頼のおける慣れ親しんだ業者を使うことはプロジェクトの成功と利益の確保に不可欠だからです。
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さいごに
以上、香港におけるNEC導入の取り組みと現状、課題を紹介しました。
発注者、受注者、お互いにとって居心地の良いポジションから離れ、それぞれの優位性を手放すためには文化とマインドセットの変化が必要で、そのためには望まれる変化をもたらすための仕組づくりが必要です。
ごく簡単なプロジェクトでは従来型の契約でも問題はないかもしれませんが、昨今、プロジェクトの規模にかかわらず、プロジェクトはより複雑になり、要求も多岐にわたり、また全く想定していなかった事象が発生し、大きな変更や遅れを伴うことも珍しいことではなくなりました。
翻って、長きに渡り安定した社会環境や低金利の中、極めてリスクの少ない環境で仕事をおこなってきた日本企業の日本国内のプロジェクトにおいても、昨今の世界情勢不安の影響、物価高、材料不足、人不足などにより、当初描いていたようにプロジェクトを完工することが難しくなってきています。
欧米ではすでに浸透しているCM(コンストラクションマネジメント)等の取り組みがようやく少しづつ進む日本ですが、一方で現状のようなスピード感では、NECなどの契約的なパートナリングや、本サイトですでに紹介しているコラボラティブ契約やプロジェクトアライアンスの導入には何十年もかかってしまうようにも思われ、国外にも目を向け、生産性や変化のスピードを上げていかないと世界の流れから大きく取り残されてしまうのではないかと心配になってしまいます。
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参考文献
(1) Chu Hoi Tung, Shoeb Ahmed Memon, Arshad Ali Javed, “Better Management (Risk and Change) through NEC Contracts in Hong Kong“, The 8th International Conference on Construction Engineering and Project Management, Dec. 7-8, 2020, Hong Kong SAR, 2020/12.
(2) “Press Release LCQ19: Public works projects adopting “New Engineering Contract” form“, The Government of the Hong Kong Special Administrative Region, 2022/11.
(3) “10 Years in Hong Kong“, NEC Hong Kong, 2019.
(4) “Hong Kong Special Issue“, NEC User’s Group Newsletter, NEC Contracts, No.68, 2014/9.
(5) Chung Him Lau, Wadu Mesthrige Jayantha, Patrick T.I. Lan, Arshad Ali Javed, “The challenges of adopting new engineering contract: a Hong Kong study“, Engineering, construction, and architectural management, Vol.26 (10), p.2389-2409, 2019/7.