心がさまようのは、心が特定の場所に導かれないという意味なので、本質的には目的達成には効果がありません。しかし同時に、心がさまよっている間に、無意識に目標に導かれているという意味で、目的達成に役立つとも言えます。つまり、私たちの心は目標に向かってさまようことがあるのです。
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はじめに
私たちはできるだけ多くのタスクをできるだけ早く正確にこなすことで評価される社会に生きています。
何もしないで、ただ座って空想にふけっていると、怠け者とか生産的でないと思われるだけでなく、失格者とまで見なされてしまうこともあります。
もちろん、私たちは何らかのタスクをこなしていかないと生きていけない世界に住んでいるので、タスクがない生活を送ることはできません。しかし、数多くのタスクを同時並行で休みなくこなしていくために、頭の回転のスイッチを常に「高速モード」にしていては、脳はバランスを崩し健全さを維持できないことも事実です。
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マインドワンダリング(Mind-wandering)とは?
仕事上の退屈なZoomでの打合せや、自分の業務にほとんど関係のない会議の最中に、心ここにあらず、心がさまよい、発表者が何を話したのかまったく覚えていなかった経験は誰にでもありますね。
そのときのことを思い出してください。そのとき何を考えていましたか?
より緊急性のある別の仕事のことを考えていたこともあるでしょう。昼食に何を食べようとか、昨日犯したミスのことを思い出していたかもしれません。あるいは、昨日出会ったかわいい女の子のことをぼんやり思い出していたかもしれませんし、その子と遊びに行けたら楽しいだろうなと考えていたかもしれません。
私たちは注意をほとんど必要としない作業をしている時や、集中力が途切れた時、今やるべき作業から意識が離れている時に、心が散漫になります。逆に言えば、何か特定の作業や身の回りのことに意識を集中している時に、心が散漫になることはありません。
心がさまようとき、空想にふけっているとき、私たちは「今」起きていることを考えることもありますし、「過去」へ戻っていることもありますし、「未来」を旅していることもあります。自分のことを考えていることもありますし、他人のことを考えていることもあります。いずれにせよ、その時私たちは周囲の人たちから切り離され、自分自身と完全に2人きりになっています。
このような「心がさまよっている状態」を英語で「マインドワンダリング:Mind-wandering」と言います。
マインドワンダリングは、特に注意力を要するような作業に従事していて手元の作業に集中できなくなった時や、思考が目の前の出来事から離れてしまった時に起こります。そして、私たちの注意は、目の前の状況とはまったく関係のない内なる思考へと移行します。
マインドワンダリング自体は、必ずしも私たちの注意力の欠陥を示すものではありません。むしろ、マインドワンダリングは、私たちが思うよりも頻繁に起きています。多くの研究によれば、私たちが起きている時間の30%から50%を占めています。(1)
ハーバード大学の2人の研究者が2010年に実施した調査によると、私たちは自覚しているよりも頻繁に空想にふけっており、起きている時間のほぼ50%を空想に費やしています。(2)
別の研究によれば1日16時間起きている間に、私たちの心は約2,000回さまよっています。つまり、私たちは自覚しているよりもはるかに多い時間を、心をそらし空想にふけって過ごしているのです。
私たちの集中力が持続しないのも原因です。ピーター・リチャード・キリーン(Peter Richard Killeen)らが提唱した神経エネルギー理論(Neuroenergetic Theory)によると、ニューロンはわずか12秒の努力で燃料が尽きるため、注意力が鈍り始めます。(3)(4)
なお、マインドワンダリング(Mind-wandering)は、自発的思考(spontaneous thoughts)や、空想(fantasies)、デイドリーム(Daydreaming)と呼ばれることもありますが、一般的には、マインドワンダリングとデイドリームは、若干意味合いが異なります。(5)
デイドリームは、日本語では白昼夢です。
デイドリームや白昼夢は、非現実的な幻想や願望にふけっている、軽度に心が解離した状態と捉えられることが多いですが、マインドワンダリングは、必ずしも幻想や願望だけにふけっているわけではありません。
デイドリームは、控えめな程度であれば気分を高めることができますが、非現実的な方向に逸れていき、現実逃避に入り込んでしまう可能性があります。ソーシャルメディアに時間を費やしすぎるのと同じような害があります。
対照的に、マインドワンダリングはより創造的です。マインドワンダリングしている自分に気づいたら、しばし流れに身を任せると、思わぬアイデアが思い浮かぶことがあります。
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マインドワンダリングの定義(6)(7)
脳画像技術の進歩のおかげで、マインドワンダリングは学術研究の対象として急速に拡大しました。「マインドワンダリング」という言葉の緩さとは裏腹に、その理論的定義が活発な議論の対象となっています。
一部の研究者は「何の制約もなく生まれる心の状態」と主張していますが、他の研究者は、その内容、つまり「特定のタスクに関連していない心の状態」あるいは「外的な刺激に依存しない心の状態」に基づいていると考えています。
ある研究者は「自然発生的な不随意のマインドワンダリング」と「意識的なマインドワンダリング」を区別することを提案しています。前者は「タスクへのフォーカスからタスクに関連しないフォーカスへの無意識の切り替わり」であり、後者は「目の前のタスクに注意を払わないようにするという意識的な選択」です。
現在までその定義についてコンセンサスが得られていないことから、ある研究者はこの概念を広く「現在のタスクから生み出されたものではない思考」と捉えておくことを提案しています。
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マインドワンダリングの起きやすさ(6)
マインドワンダリングにはもちろん個人差があります。
マインドワンダリングは、脳の作業記憶容量(ワーキングメモリ容量:情報を一時的に保持する認知システムの容量)と関係があることが示されています。
特定の状況下では、マインドワンダリングは作業記憶容量によってサポートされます。
作業記憶容量が高いと、タスクの要求度が高くない場合、タスクに関係のない思考頻度が高くなることが示されています。対照的に、継続的な注意を必要とするタスクを実行している場合、作業記憶容量が高いと、タスクに関係のないマインドワンダリングの頻度が低くなることが示されています。
マインドワンダリングは、サッケード(周囲の状況をスキャンするために、無意識に、眼球が高速で運動すること)の結果として発生することがあります。たとえば、脳の作業記憶容量が高い被験者は、作業記憶容量が低い被験者よりも、点滅を見ることに抵抗しました。つまり、作業記憶容量が高いと、外部環境の変化に衝動的に反応することが少なくなります。
マインドワンダリングは目標志向に関連していることも示されています。脳の作業記憶容量が高い人は、目標が行動をより適切に導き、課題に集中することができるため、作業記憶容量が低い人よりも目標に近づきやすくなります。
ADHD(注意欠如多動症障害)などの精神障害は、心がさまようことと関連しています。研究によって、自然発生的な注意の転換、つまり制御されていない心のさまよいはADHDを持つ人の特徴であり、意図的な心のさまよい、つまり意図的に注意を別の何かに移すことはADHDを持つ人の一貫した特徴ではないと指摘されています。
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心をさまよわせることのデメリット
一般的に、心をさまよわせること、心の散漫は世の中から否定的に捉えられてきました。
例えば、集中力の散漫、記憶を妨げる、生産性の低下などの悪影響のためです。ボケっとしていて、先生や上司から注意されたことは皆さんも経験がありますね。
同じ考えがぐるぐる頭の中で繰り返されたり、何かをずっと気にし始めると、自己否定や現実逃避、不安やうつにつながる可能性もあります。心をさまよわせるときは、それがどこに向かうのかに注意を払う必要があります。
マインドワンダリングがよく起きる状況の1つに、車の運転があります。
例えば、高速道路を快適に運転している時など、あまり考えることなく多少ボケっとしていても自動的に運転できてしまうようなことがあります。そのような状況では、注意力を必要とする活動をしているときにアクティブになる脳ネットワーク(タスク・ポジティブ・ネットワーク)の使用が最小限になるからです。心の散漫は自動車事故の原因と関連していると言われています。
みなさんには、運転していて、気が付いたら家のすぐ近くまで来ていたなんて経験はありませんか?
注意をさほど必要としない状況では、人は自分の考えに入り込んでしまうことがあり、周囲で何が起こったかを覚えていません。これはデカップリング仮説(decoupling hypothesis)として知られています。(8)
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心をさまよわせることのメリット(9)(10)
しかし、すべての人たちにこれほどまでに多く見られる人間の脳の機能が、何の役にも立たず有害でしかないとしたら驚きです。最近の研究で、心がさまようことは人間の脳の自然な機能の一部であるということが分かってきています。そして、その機能的役割が明らかになってきています。
そのメリットを紹介しましょう。今まではマインドワンダリングのデメリットだと思われていたことさえ、逆にメリットとして捉えられる場合さえあります。
1.創造性を高めることができる
何も考えずにボケっとしているときに、良いアイデアが浮かんだり、ずっと悩んでいた問題の解決策がひらめくことはありませんか?
空想することで、私たちの心は少し遠く離れたところにつながりを作ることができます。つまり、1つのことに集中していては思い浮かばないようなものを組み合わせることができるのです。
カリフォルニア大学サンタバーバラ校の研究では、被験者に創造的な課題を解決しようとしている間、心を自由に漂わせるように依頼しました。結果は、そうでないグループよりも41%良い成績が出ました。つまり、創造的な問題に取り組もうとしているなら、強制させられたり、ずっと集中しているよりも、心を自由にしている方が、よい結果が出るかもしれないのです。(12)
2.人間関係を強める
誰かと本当に心のこもったつながりを想像すると、実際につながりがあったように感じます。愛する人に会えないときに空想が代わりになるかどうかを調べた2016年の研究では、大切な人のことを空想した人は、愛やつながりや帰属意識が高まったことが分かりました。つまり、親友や新しいパートナーに今会えなくても、空想することでつながりを強く保つことができるのです。(13)
3.生産性を高める
生産性を高めるには休憩を取ることが大事です。ジョージア工科大学の最近の研究では、たとえ短い休憩でも空想にふける人は、よりリフレッシュして元気を取り戻し、次の仕事に取り組むための新たなエネルギーを感じていることが分かりました。次に仕事で疲れた時は、ちょっとした心の逃避をしてみるのもいいかもしれません。
4.目標達成に役立つ
心がさまようのは、心が特定の場所に導かれないという意味ですから、本質的には目的達成には効果がありません。しかし同時に、心がさまよっている内に、無意識に目標に導かれているという意味で、目的達成に役立つとも言えます。つまり、私たちの心は私たちの目標に向かってさまようことがあるのです。
社会では、空想は怠惰で非生産的だと認識されていますが、実際には多くのイノベーションが、心がさまようことから生まれています。(14)
化学者のフリードリヒ・アウグスト・ククレ(Friedrich August Kekulé)は、蛇が自分のしっぽを噛んで輪状になっている夢を見てベンゼンの環構造を思いついたと言われています。
生化学者のキャリー・マリス(Kary Mullis)は、交際相手を乗せてドライブ中に、現在PCRと呼ばれるDNAの増幅方法のアイデアが突然ひらめきました。
アイザック・ニュートンが万有引力の考えを思いついたのは、リンゴが落ちるのを見ていたときだったのは有名な話ですね。
J・K・ローリング(J.K. Rowling)がハリー・ポッターのアイデアを思いついたのは、マンチェスターからロンドンのキングス・クロスに向かう電車の遅延で足止めされたときです。
つまり、「何もしない」というのは必ずしも「頭の中で何もしていない」ことは意味していないのです。窓の外をただ眺めているだけではないのです。記憶や経験を無意識に振り返ったり、直面している課題に何らかの形で関連する考えを思い浮かべていたり、将来のさまざまな状況を予想したりしているのです。生物学的、心理学的観点から言えば、私たちは「何もしていない」ことはあり得ないのです。
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心をさまようようにする方法(11)
心をさまようようにするために、歯を食いしばって何かを頑張る必要はありません。タスクから離れて、何もしていない状態を作り、心をもっと自由にすることです。
1.マルチタスクを避ける
現代社会は、マルチタスク、つまり同時に多くのことをこなしていく人を高く評価しています。そのため、タスクをしているのにもかかわらずそれが1つだけだと、何もしていないように思われるかもしれません。マルチタスクを、高いレベルで長期間持続することはできません。「嵐のような生活の真っ只中」にいる時に一歩離れてペースを落とすことで、頭の中を再配線し直して、より思慮深く、忍耐強く、落ち着いた態度で取り組むことができます。
2.スマートフォンを置く
休憩時間や移動時間にスマートフォンをいじっていると、私たちの心はさまようことができません。スマートフォンは、目の前のタスクに集中することを困難にする上に、私たちの心が「豊かで想像力に富んだ、深い思考に浸る」ことも妨げるのです。
3.体を動かす
ストレスを感じさせず、頭ではなく体を動かすような何かをおこなうことは効果的です。編み物や草取り、ゆっくりしたジョギングなどの反復作業は、それを完了しなければならないというプレッシャーを感じない限り、心をさまよさせるのに効果的です。
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さいごに
今回、マインドワンダリング(心をさまよわせること)について紹介しました。適度に行うと、心をさまよわせることには精神衛生上のメリットがあります。たまにはスマートフォンを置いて、自由に考えを巡らせてみてください。
本サイトでも繰り返し書いてきているように、その他すべてのことと同様に、空想もほどほどに行うのがベストです。やりすぎても問題ですし、まったくないのも問題です。しかし、忙しい生活の中では、心を自由にするための環境をあえて作らなければならないことの方が多いかもしれません。
メリットがあるにもかかわらず、私たちは生活から空想をなくし、子供たちからも空想の機会を奪っています。
空想を悪者扱いするのではなく、生理的および心理的メリットがたくさんあるからではなく、社会的なメリットがあるからこそ、空想を保護し、育み、尊重すべきです。空想する人はより思慮深く、より深い思いやりの感覚を持ち、より道徳的な意思決定を示します。そして最終的に、より思慮深く、思いやりがあり、道徳的な子どもたちは、より公正な社会を築く大人へと成長します。
多くの専門家が、子供たちが空想から内省スキルを身につけることの重要性を主張する一方で、実際の教育機関や家庭では、空想や内省の時間を奪い取っています。研究によると、心をさまよわせるスキルを備えた子供たちの方がむしろ学業能力が高く、社会的および感情的に豊かであることが分かっています。
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参考文献
(1) J. C. Girardeau, R. Ledru, A. Gaston-Bellegarde, P. Blondé, M. Sperduti, P. Piolino, “The benefits of mind wandering on a naturalistic prospective memory task“, Sci Rep 13, 11432, 2023.
(2) Matthew A Killingsworth, Daniel T Gilbert, “A wandering mind is an unhappy mind“, Science, 12;330(6006):932., 2010/11.
(3) Peter R. Killeen, “Absent without leave; a neuroenergetic theory of mind wandering“, Front. Psychol. Sec. Personality and Social Psychology, Volume 4 – 2013, 2013/7/1.
(4) Drake Baer, “Wait, What’s That? The Science Behind Why Your Mind Keeps Wandering“, Fast Company, 2013/8/26.
(5) Shimoni, H., Axelrod, V., “Elucidating the difference between mind-wandering and day-dreaming terms“, Sci Rep 14, 11598, 2024.
(6) “Mind-wandering“, wikipedia, retrieved on 2024/11/2.
(7) Girardeau JC, Ledru R, Gaston-Bellegarde A, Blondé P, Sperduti M, Piolino P., “The benefits of mind wandering on a naturalistic prospective memory task“, Sci Rep. 13(1):1143., 2023/7/15.
(8) Kam JW, Handy TC., “The neurocognitive consequences of the wandering mind: a mechanistic account of sensory-motor decoupling” Front Psychol.4:725., 2013/10/14.
(9) Christian Gerickem, Alexander Soemer, Ulrich Schiefele, “Benefits of Mind Wandering for Learning in School Through Its Positive Effects on Creativity“, Front. Educ., Sec. Educational Psychology Volume 7 – 2022, 2022/4/15.
(10) Stephanie Gray, “Is Daydreaming Good for You? 6 Surprising Benefits“, Glamour, 2021/3/18.
(11) Pam Moore, “Here’s why you should let your mind wander — and how to set it free“, The Washington Post, 2022/4/4.
(12) Benjamin Baird, Jonathan Smallwood, Michael D. Mrazek, Julia W. Y. Kam, Michael S. Franklin, Jonathan W. Schooler, “Inspired by Distraction: Mind Wandering Facilitates Creative Incubation“, Psychological Science 23(10) 1117–1122, 2012/8.
(13) Poerio GL, Totterdell P, Emerson LM, Miles E., “Helping the heart grow fonder during absence: Daydreaming about significant others replenishes connectedness after induced loneliness“, Cogn Emot. 30(6) 1197-207., 2016/9.
(14) “How is Mind-Wandering Beneficial for Students?“, My Private Professor, retrieved on 2024/11/2.