80年代トヨタ生産方式はリーン生産方式(リーンマニュファクチュアリング)として海外に紹介されました。リーンコンストラクションはそれを建設プロジェクトに導入したものです。海外で発展されるリーンコンストラクションですが、基本的な考え方を知るにはまずトヨタ生産方式を知るのが近道です。
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取り残される建設産業
以前紹介した「マッキンゼーの建設レポート紹介:コロナ後の建設業ニューノーマル」にもあるように、建設産業の生産性は20年間で年間僅か1%しか向上していません。これは全産業平均のわずか3分の1です。
大規模プロジェクトの20%は遅延し、80%は予算オーバー、建設工事の顧客(発注者)は概してプロジェクトのパフォーマンスに満足していません。
建設プロジェクトでは、度重なる変更や、やり直し、ムダは、日常茶飯事です。しかし、 非効率による低いパフォーマンスが続いているのにも関わらず、業界には、現状維持の保守的な姿勢が強く、仕事のやり方を根本的に変えようという大きな動きは見受けられません。
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リーンコンストラクションとは?
欧米で始まった「リーンコンストラクション」の動きは、このような問題があるのにも関わらず、変わらない建設プロジェクトのやり方、慣習を変えようとするものです。
「リーンコンストラクション」という言葉は、1993年に設立されたIGLC(International Group for Lean Construction)に端を発します。
IGLCは、建築、工学、建設(AEC)の実践と学界の研究者の国際的なネットワークです。
IGCLは「リーンコンストラクション」をビジョンに掲げ、「顧客の要求をより満足し、AECのプロセスと成果を劇的に改善する。これを達成するために、製造業で証明されたリーン生産方式の製品開発と生産管理手法をAEC業界に適用し、新しい原則と手法を開発する」ことをゴールとしています。
1997年には、それまで既に長年に渡り建設の生産性の改善の取り組みを行ってきたアメリカの大学の研究機関であるUC Berkeley Project Production Systems Laboratory(P2SL)のGlenn BallardとGreg Howellによって、IGLCと同様にリーン生産方式をプロジェクト管理に導入しその新しい手法を普及するため、Lean Construction Institute(LCI)が設立されています。LCIのビジョンは「設計と建設のサプライチェーンを変革して、価値を提供し、無駄のない統合されたアプローチを通じて従来とは異なる産業を実現する」です。
リーンコンストラクションは当初から明確なモデルがあったわけではなく、概念や原理からスタートし発展してきた経緯があり、今でも統一された定義はあるわけではありません。基本的な思想は共通していますが、団体や研究者、実務者によって、少しづつ異なる様々な定義がされています(1)(2)。
「リーン生産方式(リーンマニュファクチュアリング)の原則と実務を、設計から建設までの一連のプロセスに適応させた、科学的技法と実践的な取り組みの発展の組み合わせ」というWikipediaによる定義はしっくりくる定義の一つかと思います。
リーンコンストラクションの原則に関しても、言葉の定義同様、様々に紹介されていますが、Lean Construction Institute(LCI)は、以下の6つの原則を提示しています。その中で核を成すのは、「1.人への尊敬」です。
1.人への尊敬(Respect for People)
2.全体を組織(Organiza the whole)
3.価値を創出(Generate Value)
4.無駄を削除(Eliminate Waste)
5.流れに集中(Focus on Flow)
6.改善(Continuous Improvement)
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リーン生産方式(リーンマニュファクチュアリング)とは?
ところで、先に出てきたリーン生産方式(リーンマニュファクチュアリング)とは何でしょう?
Wikipediaによると、「リーン生産方式(Lean Manufacturing、Lean Product System、略称LPS)とは、1980年代にアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者らが日本の自動車産業における生産方式(主にトヨタ生産方式)を研究し、その成果を再体系化・一般化したものであり、生産管理手法の哲学」とあります。
「トヨタ生産方式」については、簡単ですが、トヨタ自らもそのホームページで紹介しています。
トヨタ生産方式の基本思想は、徹底したムダの排除で、「異常が発生したら機械がただちに停止して、不良品を造らない」という考え方(トヨタではニンベンの付いた「自働化」といいます)と、各工程が必要なものだけを流れるように停滞なく生産する考え方(「ジャスト・イン・タイム」)の2つの考え方の柱から成り立っています。その2本の柱の下に「アンドン」や「かんばん」といった下位の仕組みが紐づいている形です。
リーンとは?
では、リーン(Lean)とは何でしょう?
直訳すると、リーンは「贅肉がない」「無駄がない」という意味です。
産業におけるリーンの核となる考えは、(1)無駄を特定して排除しながら、(2)顧客により多くの価値を生み出すことです。
そしてその中心にあるのは人への敬意とそれを支える文化です。
リーンに関してよく誤解される点が、単なる「究極の合理化、コスト削減」ではないという点です。今や世界共通語になっている「Kaizen(改善)」、「Kanban(かんばん)」、「Just-in-Time(ジャストインタイム)」といった言葉が、その背景を置き去りにして一人歩きし広まってしまった事も誤解を広める要因となりました。
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リーンの様々な派生
このトヨタ生産方式に根源をもつリーンの考え方は、製造業はもちろんですが、建設業、企業経営、スタートアップなど様々な分野に波及しています。その例を紹介します。
リーンスタートアップ
2011年に出版されベストセラーにもなった起業家エリック・リース著の「The Lean Startup(リーンスタートアップ)」によるスタートアップ手法は、多くの起業家やベンチャー企業、更には既存企業の新製品・新規事業開発に取り入れられています。
リーンスタートアップは、新規事業や新製品開発において、まず仮説を立て「実用最小限の製品=Minimum Viable Product:MVP」を作り、ユーザーに提供してみて、ユーザーの反応を窺い、そのフィードバックをもとに、製品が本当にユーザーから求められているか判断するものです。つまり「売れるかどうか」の判断を最小限の費用・期間で行い、その後、改善・変更のサイクルを繰り返す方法です。エリック・リースは著書の中で、本手法のアイデアはトヨタ生産方式から得たと述べています。
リーンエンタープライズ
リーンエンタープライズは、無駄の削減や価値の創出などのリーンの原理を企業経営に導入したものです。上記のリーンスタートアップもある意味では、リーンエンタープライズの枠組みに入ると言えます。
その他のリーン
その他、リーンマーケティングからリーンティーチング、リーン高等教育、リーンガバメント、リーンクリーニングまで(笑)、もはや何でもありですが、リーンが人間活動や組織活動の根幹に係る思想なので、このような派生も数多く生まれてくるのでしょう。
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リーンコンストラクションを理解するには
リーンコンストラクションに話を戻しましょう。
リーンマニュファクチュアリングやリーンスタートアップ同様に、端的に言うと、リーンコンストラクションはトヨタ生産方式を建設分野に導入したものです。
リーンコンストラクション関連のコンフェレンスやセミナーに参加すると、「Kaizen(改善)、Genba(現場)、Heijunka(平準化)、Genchi Genbutsu(現地現物)、Kanban(かんばん)、Gidoka(自動化)、Kata(カタ) 」等々のトヨタ生産方式に係る日本語が出てくるので楽しいです(笑)。
リーンコンストラクションについては、今後も取り上げて紹介していきますが、もしリーンコンストラクションに初めて興味を持ち、もっと知りたいと思った方には、一番最初に次の本を読む事をお勧めします。
トヨタの元副社長であり、トヨタ生産モデルを体系化した生みの親でもある大野耐一の1978年発刊、「トヨタ生産方式ー 脱規模の経営をめざしてー」、トヨタ生産方式の基本的な考え方を記した名著です。
トヨタの手法が海を渡り研究され、海外で取り入れられて始まったリーンコンストラクションですから、わざわざ翻訳と外国文化のフィルターを通して解釈されたトヨタ生産方式を、更に英語から日本語に翻訳して理解しようとするややこしいプロセスは必要はありません(笑)。
また日本と欧米の慣習や文化、そして業界の構造的な違いから、5S活動など欧米で新鮮さを持って紹介されるリーン事例もありますが、日本人からみると「え、そんなの当り前じゃね?」と思われるものもあります。
日本人は、日本人であるメリットを生かし、まずはそのまま日本語のオリジナルを読めばいいのです。
しかもこの著書、今の時代にも全く的確に当てはまる多くの教示があります。以下はその一例です。
高度経済成長時代、量の関数の下でのコスト・ダウンはだれにもできたが、低成長時代の現在(注:1978年です)、容易にはできない。人間の能力を十分に引き出して、働きがいを高め、設備や機械をうまく使いこなして、徹底的にムダの排除された仕事を行う。
その当時、いや今なおそう思っている人が多いと思うが、自動化とか省力化とか、ロボットを使うとか、オートメーション設備を導入することによって、工数さえ減らすことができれば、原価低減が達成できると思っている人が多い。ところが、結果をみると、原価は少しも安くなっていない。むしろ上がってしまっていることが多いのである。。。自動化を効果あらしめるためには、機械が自分で異常を判断して止まる仕組み、、、「自働化」することによって、「省力化」ではなく、「省人化」を実現しなければならない。
今の時代においても、DX(デジタルトランスフォーメーション)やAIを入れても、生産性が向上するわけではなく、むしろ手間が増えているだけ。。。という事はないでしょうか?
今後リーンコンストラクションで使われるモデル等も紹介していきますが、最初にモデルから入っていってもその本質を理解するのは難しいものです。
本書を読むと、リーンコンストラクションの手法やモデルの多くがトヨタ生産方式に深く根付いていることが良く分かります。また、リーン(トヨタ生産方式)が単なる生産手法ではなく、脱常識・逆常識の意識改革であり、経営理念であり、企業文化であることもお分かり頂けると思います。
さらに本書には、トヨタ生産方式の紹介のみならず、フォード・モーター社の創設者であり、ライン生産方式による大量生産技術を開発したヘンリー・フォードへの敬意もあふれています。ヘンリー・フォードについては本サイトの別の記事でも紹介しています。トヨタに学ぶことは大切ですが、トヨタ「だけ」に学ぶのではないという点も大切でしょう。
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参考文献
(1) Alan Mossman, “What is lean construction: another look – 2018.”, 26th Annual Conference of the International. Group for Lean Construction (IGLC), González, V.A, 2018.
(2) 猪熊明, “リーンコンストラクションのご紹介”, JCMマンスリーリポート, 2014.1 Vol.23 No.1