今回はちょっと普段の内容とはトーンを変えて。。。北朝鮮を脱出し人生を変えた少女の話です。
著者パク・ヨンミは、2021年現在まだ27才です。にも関わらず、北朝鮮の体制下での厳しい生活、そして脱北してからの激動の人生にとても驚かされるでしょう。
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1990年代、北朝鮮では、中国やロシアからの政治的、物質的な支援がほころび始めます。大飢饉に陥り、建国当初からの計画経済は破綻、闇市場経済や政治腐敗がはびこり、人々の暮らしはどんどん厳しくなっていきます。パク・ヨンミはそんな中、1993年に生まれます。
ヨンミが小さいころは、貧しくても幸せな時間もあったようです。水道から水は出ず、電気はほとんど通じません。夜は真っ暗で、ブランケットの下で「これは誰の足だ?」と遊び合います。明かりがついた時は、夜中でも起きだして歌って踊りだす。でもすぐにまた停電に戻ってしまって布団に戻る。厳しい状況でも、人々は助け合い、人と人のふれあいがあったと懐かしく思う、と書かれています。
物語の前半には北朝鮮の驚くべきような事実が散りばめられています。
- 北朝鮮には、他の国にあるような言葉の多くがそもそも存在しない。
- 他の国の人が認識するような「愛」の概念がない。「愛」は金主席に対する敬愛。
- 両親が結婚した当時は「デート」という概念もなかった。情報もロールモデルも存在せず、そのような感情を表す言葉も存在しなかった。
- 雑誌やインターネットはもちろんなく、あるのは体制を称讃し、アメリカを悪の枢軸とみなすプロパガンダだけ。
例えば、学校の算数の授業では、あなたがろくでなしアメリカ人1人を、仲間が更に2人を殺したら、死体は合計何人か?という質問に、単に「3人」と答えるのではなく「鬼畜アメリカ人が3人」と答えないと背信者とみなされる。 - ソ連が肥料の支給をやめた後、親からトイレは自宅以外ではしないように言われた。トイレは通常離れにあるため、夜隣人に盗まれないように見張る家もあった。道端に犬の〇〇〇を見つけた時は、まるで宝ものを見つけたように持ち帰った。
- 自由な国では子供たちは将来何になろうか夢見る。しかし、あまりに空腹だと食べ物以外は考えられない。
- トンボの頭は焼くと美味しい。バッタはごちそう。
- 死体が道端に転がっていても気にしなくなる。
- 春は死の季節。食料を繋ぎ冬を凌いでも春にはなくなり、多くの人が力尽き餓死する季節。
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私たち日本人は「北朝鮮=金正恩(キムジョンウン)=ミサイルの脅威」と認識しても、このような人たちが、日本からわずか数百キロ北に未だ生活することはあまり意識しないでしょう。
ヨンミは「北朝鮮は政策の転換や改革をする代わりに、危機から目を背ける事で対応した」と書いていますが、社会の仕組みや程度の違いこそあれ、これは北朝鮮に限らず、日本を含めた他の国の政治や組織にも当てはまります。
彼女の詳しい物語については、ぜひ本書をご覧頂きたいと思います。
ちょっと残念なのが、上の日本語版の表紙の彼女の似顔絵で、意図的に北朝鮮の暗いイメージで描かれている気がします。私は英語版の原作を読み、Youtubeで彼女のスピーチもいくつか見ましたが、明るい表情の英語版の表紙の方が断然良いです。下はTEDでの彼女のスピーチで、日本語字幕付きで見る事ができます。
ヨンミと同世代の北朝鮮の若者は、「チャンマダン(Jangmadang)世代 = 私的市場世代 」と呼ばれるそうです。親の世代と異なり、計画経済は既に崩壊し、子供でも自分の力で生き抜いて行かなければならない時代、たくましさの一方で、お腹がすいているのに食べ物ではなく、稼いだなけなしのお金を闇市場でビデオなどに使い、韓国など外国の映画、文化、流行を強く求めた世代で、それがバイタリティを生み出しているのかもしれません。
つらい思いをした彼女でも、最も感謝する2つの事として、北朝鮮で生まれた事、そして北朝鮮を脱出した事を挙げています。
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脱北に成功し韓国で暮らす「チャンマダン世代」を紹介した1時間弱のドキュメンタリーがあります。みんな20代から30代の若者ですが、過去のつらい思い出を抱えながらも、冗談を交えながら当時を語り、明るく強く生きる姿が素晴らしく、魅力的に描かれています。下のYoutubeは韓国語の字幕しかありませんが、脱北者を支援する「Liberty in North Korea」のホームページ(https://www.nkmillennials.com/japanese)ではちゃんとした日本語字幕で見る事ができますので、是非下のYoutubeではなく、こちらの上のリンクから御覧下さい。
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ところで、私はこの本を読み終え、テレビではアフガニスタンがタリバンに制圧されたというニュースを目にしています(2021年8月現在)。
私は、10年以上前にアメリカで働いている時に読んだ、カーレド・ホッセイニ(Khaled Hosseini)の2冊の大ベストセラー小説「Kite Runner(邦題:君のためなら千回でも)」と「A Thousand Splendid Suns(邦題:千の輝く太陽)」を思い出しました。
2冊ともとても素晴らしい小説です。共にアフガニスタンを舞台に、前者は2人の少年の、後者は母親と娘の物語を描いた小説で、20年前のタリバン政権下のアフガニスタンも書かれています。
北朝鮮の人たちと同様に、今後アフガニスタンの人たちはどうなるのか?さらには、同じく先が見えないミャンマーの若者たちはどうなるのか?SDGsが叫ばれる一方で、世界の多くの場所で、日本人が想像できる理不尽さをはるかに超える理不尽な境遇に、いまだ何億という人たちが苦しめられており、世界はどこに向かうのかと思ってしまいます。
蛇足ですが、この2冊の表紙も、私は原作の英語版の方が好きです。。。すみません。
日本語版はもう中古本しかないようです。素晴らしい本なんですが。
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ヨンミは、脱北後、猛勉強し、英語も覚え、世界各国で彼女のストーリーを伝えます。
日本にいても、このような本を読んだり、ビデオを見たり、コミュニティを通じて、多くの文化や価値観に触れる事ができます。社会や組織のダイバーシティ(多様性)が叫ばれていますが、様々な文化や視点を受け入れる事ができ、更にはその視点で物事が見える事、考えられる事、共感できる力、ひとりひとりの個人が持つダイバーシティも大切だと思います。