アフリカでは、新しい形のリーダーシップ、トランスフォーメーショナル・リーダーシップ(transformational leadership)の必要性が高まり、実際に生まれてきています。トランスフォーメーションは従来の考え方を根本的に変え、これまでとは違うやり方で物事を進めるという強い決意から始まります。
今回、援助(エイド)からの脱却を明確に打ち出すガーナの「ガーナ・ビヨンド・エイド(Ghana Beyond Aid)」を紹介します。
~ ~ ~ ~ ~
主体的発展を妨げる援助(エイド)
アフリカの国々は、1960年代以降、欧米先進国や国際機関の援助(エイド)に依存してきました。英国王立アフリカ協会(Royal African Society)のリチャード・ドウデン(Richard Dowden)によると、2005年までの50年間の援助総額は1兆ドルにも上り、もしこれがアフリカに住む人たちに均等に分配されていれば5,000ドルになります(1)(2)。このような多額の援助がなされたにもかかわらず、統計的には大きな成果は上がっていません(3)(4)。
従来型の支援(エイド)には、以下のようないくつもの問題点があり、援助自体がアフリカの発展を妨げる原因の1つとも見なされています(1)(5)。
- 必ずしも支援先の開発計画やニーズに沿ったものではない
- ドナー(提供者)の利益になるように意図されている事があり、ひどい場合は、支援先ではなくドナーやその利害関係者のために予算が使われる
- 国としての利益ではなく、特定の個人やグループの恩恵のために使われる事がある
- ドナー間の連携がなく、支援に共通の目的や戦略の一貫性がない
- 支援先の自主性、主体性を阻害する
- 商品やサービスを無償で提供する事で国内産業の発展を阻害する
- 政府も国民も常に誰かに助けを求めようとする「物乞い(begger)メンタリティ」から抜け出せなくなる
~ ~ ~ ~ ~
ガーナ・ビヨンド・エイド(Ghana Beyond Aid)
ナナ・アクフォ=アド(Nana Addo Dankwa Akufo-Addo)は、2017年、ガーナの第5代大統領に就任しました。彼は「ガーナ・ビヨンド・エイド(Ghana Beyond Aid)」という、従来型の援助に依存せず、自律的な発展を目指すビジョンを掲げます。
同年、首都アクラで行われたフランス・マクロン大統領との共同記者会見で、ナナ・アド大統領はこう述べました。
「西側諸国が与えてくれる支援に基づいて、アフリカ大陸の政策を決定し続けることは、もはやできません。それはうまくいかないし、これまでもうまくいかなかったし、これからもうまくいかないからです。」
下のYoutubeがその時の映像ですが、マクロン大統領は、苦笑いを浮かべているように見えますね。
ナナ・アド大統領はフォーブス(Forbes)社の2021年アフリカ・オブ・ザ・イヤーにも選ばれています。
ただし、「ガーナ・ビヨンド・エイド(Ghana Beyond Aid)」は、援助を全面的に否定するものではありません。ガーナ自らが国のビジョンとゴールを明確にした上で、その方針に沿って、支援を含むリソースをもっと効率的・効果的に利用する新しいパートナーシップの構築を目指し、段階的に支援への依存から脱却するというアプローチです。
以下、ガーナ政府発行の「ガーナ・ビヨンド・エイド憲章・戦略文書:Ghana Beyond Aid Charter and Strategy Document」(6)から、そのアプローチを紹介します。
~ ~ ~ ~ ~
ガーナ・ビヨンド・エイド(Ghana Beyond Aid)(6)
ガーナにはすでに多くの資源・資産があります。賢く献身的で勤勉な国民、若者たち、豊富な天然資源、平和と政治的安定などです。今まで欠けていたのは、支援を越えたところで自らの資源・資産を活用する主体的で明確なビジョン、それを追求するために必要な態度とマインドセット(考え方)、集団としての確固たる意志です。
ガーナ・ビヨンド・エイドは、社会変革であり、ガーナ人相互のパートナーシップであり、新しい形のナショナリズムであり、国家レベルのトランスフォーメーションです。
資源を効率的かつ効果的に活用するための、これまでとは異なるマインドセットや態度や行動へのパラダイムシフトであり、次の2本の大きな柱があります。
- ガーナ・ビヨンド・エイドは「政府・政党のアジェンダ」ではなく「国のアジェンダ」である
- 開発計画や多くのプロジェクトがリストアップされた戦略ではなく、ビジョン達成の環境を整える価値観、マインドセット、態度、行動の変化へのフォーカスである
今までうまくいかなかったのは、結局のところ、政策、法律、規制を作成し実施する政府の人たち、あるいは公的資源を預かる人たちが持つべき共通の価値観やマインドセットがなく、計画する能力は既にあるものの、明確で共有されたゴールがないため、バラバラに機能し発展を妨げていたためです。
重要なのは、人々の声に耳を傾け、企業、労働者、そしてガーナ人1人1人にとって、どのような価値観や考え方が必要なのかを話し合う事です。国民みんなが正しく理解すれば、その実現に責任感とエンゲージメントを持って取り組み共に歩む事ができ、望む結果をもたらさないビジネスや妨げている習慣を変え、ビジョンの実現を可能にする政策を効果的に計画・実施し、着実に前進することができます。
逆にこれなくしては、それ自体はどんなに素晴らしく見える計画や戦略であっても、ただの机上の演習か、的外れのものに終わってしまうでしょう。
~ ~ ~ ~ ~
ガーナ・ビヨンド・エイドのビジョン
援助が必要ないほど豊かで、経済的運命に責任を持ち、貿易や投資を通じて世界と競争できる、豊かで自信に満ちたガーナを築くこと。
ビジョンを達成するための5つのゴール:“W.I.S.E.R” Ghana
- Wealthy Ghana:富めるガーナ
- Inclusive Ghana:インクルーシブ(社会的包摂)ガーナ
- Sustainable Ghana:サステイナブルガーナ
- Empowered Ghana:エンパワメント(権限を与え潜在能力を引き出す)ガーナ
- Resilient Ghana:レジリエント(回復力がありしなやかな)ガーナ
5つのイニシアティブ
- 「ビヨンド・エイド」ビジョンを、すべてのガーナ人が受け入れることのできる、具体的で計測可能な目標に変換する
- 「ビヨンド・エイド」ビジョンを追求するために必要な価値観と態度を規定したガーナ憲章にコミットする
- 「ビヨンド・エイド」を推進するために必要な政策・制度改革に取り組む
- ビジョンと改革に貢献し、それを受け入れるために、あらゆる階層のガーナ人を動員し、動機づける
- 政府と社会の主要なステークホルダーとの間で効果的なソーシャル・パートナーシップを形成し、「援助を超えたガーナ」を、政権を担っている政党のアジェンダとしてではなく、国家アジェンダとして継続的に訴求する
基本的価値観
- Patriotism:愛国心。党派的、部族的、地域的な利益よりも国益を優先する
- Honesty:納税を含め、お互いと国家に対して誠実である
- Respect:互いを尊重し、法律、制度、自然環境を尊重する
- Discipline, hard work:規律、勤勉、時間厳守、責任感、市民活動
- Volunteerism:ボランティア精神と地域社会の基本課題に取り組むため他者と協働する
- Self-reliance:ガーナ発展の原動力として、自国資源を活用する
- Wise and efficient use:ガーナの資源を賢明かつ効率的に使用し、国の財布を守る
- Transparency and Accountability:透明性と説明責任。いかなる形の腐敗も許さないガーナを実現する
- Equal opportunities:性別、部族、地域、政治に関係なく、すべてのガーナ人に平等な機会を提供する
- Strong support for private sector:民間部門の成長と雇用創出を強力に支援する
- Collaboration among Social Partners:経済および社会発展のためソーシャル・パートナー、特に労働者、企業、政府間で協力する
~ ~ ~ ~ ~
具体的な施策
上記のビジョンや具体的なゴールを達成するため、自らの資源を効果的、創造的、効率的に活用する実際の施策として、①原材料の生産と輸出を中心とした経済から、製造業と高付加価値サービスを中心とした経済への転換と多様化により、ガーナ経済の方向性を変え、富を生み出し、包括性、持続性、エンパワーメント、レジリエンスを確保する新しい産業の開発へのフォーカスと、②それを支えるインフラ、教育、技能、科学技術への高度で効率的な投資が実施されています。特に若者の教育には力を入れており、2017年から高等教育の無償化も開始されています。
ビジョンの実現には、勤勉さ、起業精神、創造性、そして公職における腐敗との一貫した闘いが必要です。少数の人々の利己的な利益のために、繁栄する国家を皆で築く事はできません。また、依存の精神から脱却し、ガーナへの愛国心を燃料とした、自信に満ちた「やり抜く」精神を養成することも必要です。
~ ~ ~ ~ ~
最後に
ガーナ・ビヨンド・エイドに関する資料には、「self-resilient」「self-sustaining」「self-confident」「self-respect」「self-reliance」と言った言葉が並びます。
ガーナ初代大統領クワメ・ンクルマ(Kwame Nkrumah)は、その政策的イデオロジーである「ンクルマイムズ(Nkrumaism)」で、新植民地主義(Neocolonialism:かつての宗主国が過去の植民地を発展よりも搾取のために利用し、富裕層と非富裕層の格差を是正するのではなく、むしろ増大させる)からの脱却とパン・アフリカ主義を説きましたが、ナナ・アド大統領も、クワメ・ンクルマのように、アフリカの課題の核心を語っています。
翻って日本においては、岸田政権が発足時に「新しい資本主義」を掲げましたが、いまだその全貌はよく分かりません。また以前書いたようにGDP成長率を指標にした経済的成長が持続可能でなく、私たちの生活の質の向上に必ずしも繋がらないのにも関わらず、量的緩和と国の借金を増やし続ける政策が続いています(2022年5月時点)。
ガーナと日本ではもちろん社会情勢や経済状況が大きく異なるものの、「ガーナ・ビヨンド・エイド」は、今度の日本の「新しい資本主義」がどうあるべきか、あるいは公的資金に依存する日本の地方再生にも示唆があるかと思います。
また、「援助」に関しても、「善意」は必要であるものの、それだけでは不十分で、本当にそれが効果的に利用されているのか、良かれと思って行ったことがむしろ事態を悪化させていないか、私たちも意識する必要があります。
~ ~ ~ ~ ~
参考文献
(1) Julius Gatune, “Africa’s Development beyond Aid: Getting Out of the Box“, The ANNALS of the American Academy of Political and Social Science, 632, 2010/11.
(2) Ian Taylor, “‘Advice Is Judged by Results, Not by Intentions’: Why Gordon Brown Is Wrong about Africa“, International Affairs (Royal Institute of International Affairs 1944-) Oxford University Press, Vol. 81, No. 2, Sub-Saharan Africa, pp. 299-310, 2005/3.
(3) Reginald Nii Odoi, “An Africa Beyond Aid: Rethinking Africa’s Development“, 2019.
(4) “Playing The Long Game: An Africa Beyond Aid“, The Tony Elumelu Foundation, 2021/5.
(5) William Easterly, “Reliving the ‘50s: the Big Push, Poverty Traps, and Takeoffs in Economic Development“, Center for Global Development, Working Paper Number 65, 2005/8.
(6) “Ghana Beyond Aid Charter and Strategy Document“, Office Of The Senior Minister, the Republic of Ghana, 2019/4.