変革のプロジェクトや取り組みを成功させるにはステークホルダーがエンゲージメントを持って関わることが必要です。今回はエンゲージメントの手順として、前回に引き続き「2.ステークホルダーの理解(分類・マッピング等)」を更に説明していきます。
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ステークホルダー・エンゲージメントの手順は、プロジェクトや取り組みの準備段階で、その取り組みに影響されたり、影響を及ぼしたりするステークホルダーの態度・関心・期待・感情・影響を知るために使用されます。
なぜ知る必要があるかと言うと、それを元にステークホルダーにいかにエンゲージしてもらえるのかを知るためです。
また、ステークホルダーの態度や姿勢が時間の経過とともにどのように変化するか追跡するためにも利用されます。
下記の順序でステークホルダーのエンゲージメントを獲得していきます。
1.ステークホルダーの特定・認識(ステークホルダーリストの作成)
2.ステークホルダーの理解(分類・マッピング等)
3.エンゲージメントの計画
4.エンゲージメントプランの実施
5.エンゲージメントのモニタリング
ステークホルダー・エンゲージメントは、1から5まで順番に対応して終わりではなく、見直し反復していきます。
前回は、1.と2の途中まで紹介しました。今回は「2.ステークホルダーの理解(分類・マッピング等)」の続きから説明していきます。
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説明のため、製造と販売を手掛ける会社A社を例に取り上げます。下図のA社の組織図の登場人物をそのまま社内の改革の取り組みに関するステークホルダーとします。
図:製造販売会社A社の組織図 = 改革案のステークホルダー
なお、このA社で「高宮開発課長」が「高宮あきと」こと、この物語?の主人公です(笑)。改革意欲に燃えていますが、なかなか組織で実現できず苦しんでいます。今回の変革の取り組みの提案の発案者はこの「高宮開発課長」です。
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ステークホルダーを理解するために、前回紹介し批判した(汗)「Power – Interest(権限 - 関心度)」グリッドモデルをカスタムした「あきとモデル:Power – Ownership(権限・影響力 - エンゲージメント・コミットメント)」のグリッドモデルを使用します。
「Power – Interest(権限 - 関心度)」のグリッドモデルと同様に、縦軸はPower(権限・影響力)の大小を示しますが、横軸は以前紹介した変革のオーナーシップ(エンゲージメント・コミットメント)のステップである「認知 ⇒ 比較 ⇒ 支持 ⇒ オーナーシップ」の状態を示します。
「変革のオーナーシップ」は、まず変革の取り組みを「認知」し、現状と変革のメリット・デメリットを「比較」した上で、変革を「支持」し、「オーナーシップ」を持って変革に携わることで達成できるというステップを示したものです。
ただし、取り組みを「認知」して「比較」した後、必ずしも皆すんなり「支持」に進む訳ではありません。「支持」以外の反応として、「反対」と「中立」があります。
また、最初の状態として、取り組みを認知する前の状態、つまり「まだ認知していない」状態があります。認知していない状況では取り組みへの反応はまだ分かりませんので、他の段階と別扱いにしています。
上の組織図のステークホルダーをグリッドモデルに当てはめたものが下図になります。
図:「Power – Ownership(権限・影響力 - エンゲージメント・コミットメント)」のグリッドモデル
このように視覚的に捉えることで、ステークホルダーを理解し、優先度を付けやすくなります。またステークホルダー間の関係、あるステークホルダーが他のステークホルダーへ与える影響も認識しやすくなります。
上図のグリッドでは分かりやすく似顔絵を使っていますが、実際の作成の際は、名前でも、イニシャルだけでも結構です。個人名でなくグループ名になる場合もあるでしょう。
上図を見て頂ければ、改革に燃える高宮開発課長が最も右側に位置し、高いオーナーシップを持っていることが分かりますね。田中営業部長、山本営業課長といった営業チームからは支持されているようですが、肝心の直属の上司である鈴木事業部長が反対で、更に事業部内で並列の位置にいる山口製造課長も反対の立場です。社長や総務部、その他役職のない社員の多くはまだ改革案を認知していない状況です。
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まず、最も権限・影響力のあるステークホルダーに注力してください。
当り前ですが、組織の上層部にいるステークホルダーほど組織内の権限・影響力は強いですね。
ただし、組織上の立場に比較して実際の影響力の方が強いオピニオンリーダー、インフルエンサー的なステークホルダーもいます。また、権限は既に失っているが、いまだ大きな影響力を持つご意見番的な元上役・相談役がいる場合もあります。
組織改革のような組織を横断する大規模な取り組みの場合は、経営陣を含めたグリッドの上側に位置するマネージャー層のコミットメントが「絶対に」必要になります。
そのような人たちをチェンジ・マネジメントの分野では「スポンサー」といいます。スポンサーとは、プロジェクトの大きな方向性を決定し、プロジェクト成功の責任を共同で負い、プロジェクトの成功に向けて全面的な支援を行う最大の後ろ盾となる存在です。個人的には、「ステークホルダー分析」と同様に「スポンサー」という言葉も「自分事感」が感じられずあまり好きではありませんが(笑)。最も重要なことは、スポンサーが反対している取り組みや乗り気でない取り組みはまず成功しないことです。
あなたが変革プロジェクトの担当者だとしても、必ずしも最も権限がある社長に直接アプローチできる立場にあるわけではありません。もし社長と直接話せる立場だとしても、直属の上司をスルーして社長に上申しては上司から大きな反発を生む恐れもあります。しかし、スポンサーとは直接コミュニケーションを取れる関係であることが成功に極めて重要です。
ステークホルダーは、大きく、①スポンサー、②パートナー(協力者)、③変化の影響を直接受ける人たち、④間接的な影響を受ける人たちやその他の何らかのかかわりを持つ人たちに分けることができます。同じ取り組みでも、これらの人たちの考え方や感じ方は大きく異なります。
また、多くのステークホルダーが関わる取り組みであれば、反対するステークホルダーが「必ず」います。
グリッドの右側にいるエンゲージメントが高いステークホルダーは対応が比較的容易ですが、グリッドの左側、特に「反対」にいるステークホルダーへの対応は、その何倍、何十倍ものエネルギーと慎重さが必要になります。
特に慎重かつ早期の対応が必要なステークホルダーは、グリッドの左上のエリアにいるステークホルダー、つまり、権限・影響力が強く、かつ反対の立場を取るステークホルダーです。権力が大きいため、対応を誤ると、このたった1人のために取り組みがとん挫することもあり得るからです。上図のグリッドでは鈴木事業部長になりますね。
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大事なのは、「反対」の立場にいるステークホルダーを「抵抗者」とか「障害」と見てはいけないことです。
反対している理由は様々です。
本当は賛成だが、他のステークホルダーの影響を受けて反対している場合もあります。
また、会社や顧客のためを思って反対している場合もあります。この取り組みを行うとお客さんに迷惑がかかるのではないかとか、もっと優先すべき取り組みがあるなどの理由で反対している場合は、会社のことを真剣に考えた結果の反対です。
また取り組みを良く検討した上で、そもそも計画が甘いとか、計画に不備があるから反対という人もいます。
そういう意味では、反対しているステークホルダーは取り組みを進めるうえで将来的にぶち当たるだろうリスク情報を事前に与えてくれる貴重な存在です。
一方で、現状維持バイアスで、ただただ新しい取り組みに反対し、現状にしがみ付いていたい風に見える反対者もいるでしょう。
しかし、取り組みの内容や目的をそもそもよく知らされていない、または誤解していて反対しているだけで、適切な情報を与えて理解してもらうことで「支持」に進めることもあります。
または、自分なりの意見があるのにそれを聞いてもらう機会がなくて、もやもやしていて反対している人もいるかもしれません。そのような人は、話を聞いてもらえるだけで「支持」の状態に進める場合もあります。
重要なのは、賛成、反対、中立にいる人たちが、なぜ、賛成、反対、中立なのか、その人たちは、取り組みから何を得たいのか、または何を得たくないのか、正確に理解する必要があることです。
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反対する理由も多種多様です。いくつか挙げると、
- トップや上司が真剣でないから、どうせまたうまく行くわけがない、労力の無駄と反対している
- 直属の上司が反対しているから、自分が賛成するわけにはいかない
- 今のシステムは自分が導入したので、他のやり方に変えられるのは抵抗がある
- 今のやり方に慣れるのに大分苦労したので、また繰り返したくない
- 今とにかく忙しくて、他の仕事に時間を割く余裕がない
- 自分の仕事が増えるのではないかと心配して反対
- 逆に自分の仕事が減って残業手当が減るのではないかと心配して反対
- 自分が意見する機会が与えられていないから反対
- リソースを取り合うことになる別のプロジェクトの担当者が反対
- いつものように手間だけ増えて、何の役にも立たないだろうから反対
- あの部署はいつもいい所取りしようとするから反対
- 高宮か、気に食わないんだよねー、あいつの提案は取り合えず全部反対(笑)
「反対」にいるステークホルダーに関しては、なぜ反対しているのか根本原因を探っていきます。俯瞰的に正しく判断することがとても重要です。多くの場合そこには考えだけでなく、何らかの感情も関わっています。表面的に対処するだけでなく、深く突っ込んでいかなければそれらを知ることはできません。
分からなければ本人に直接聞いてみるのも選択肢の1つです。誠実な態度で接すれば、意外に結構本音で教えてくれるものです。他のステークホルダーに相談してみるのも良いでしょう。できるだけ多く誠実なコミュニケーションを取ることはすべての段階で重要です。
上に列記した反対理由をよく見てもらえば分かるように、実は取り組みそのものには反対していないものの、他の理由で反対している、支持できないという場合も多いのです。
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次回の記事「ステークホルダー・エンゲージメントの手順:その3」で引き続き、「2.ステークホルダーの理解(分類・マッピング等)」を更に説明していきます。