You are currently viewing 保有効果(Endowment effect):自分の持ち物は、他人の同じ物より価値が高い訳

保有効果(Endowment effect):自分の持ち物は、他人の同じ物より価値が高い訳

  • 投稿カテゴリー:人が変わる
  • 投稿の最終変更日:2021年6月23日
  • Reading time:7 mins read

人は、自分が持っている物を、他人が持っている全く同じ物より価値があると信じます。これを「保有効果(Endowment effect)」と言います。組織も同じで、自社の技術等を過信し衰退していった会社の例は枚挙にいとまがありません。保有効果を克服するには、人間にはバイアスがある事を理解し、自己を客観視する必要があります。

~ ~ ~ ~ ~

こんな実験があります。
アメリカで、宝くじ売り場で宝くじを買ったばかりの人たちに、「今買った宝くじを、買った以上の値段で売ってくれませんか?」とお願いしました。
みなさん、例えば、すぐそこの宝くじ売り場で200円で買った1枚の宝くじを400円で売ってくれと言われたらどうしますか?400円で売る事ができれば、2枚買う事ができますね。
しかし、実験ではほとんどの場合、倍か倍以上の金額を提示しているのに関わらず、78%の人は売るのを断ったのです。

冷静に考えれば、2倍の金額で売って、すぐそこの宝くじ売り場に戻って、売ったお金で2倍の枚数の宝くじを買いなおした方が当選の確率は上がります。しかし、最初に買った時点で、自分の持っている宝くじの価値は上がるのです。人は自分が保有しているものを高く評価するバイアスがあるからですが、これを「保有効果(Endowment effect)」と言います。

図:「保有効果」自分の宝くじは、売り場の他の宝くじより価値がある

この宝くじの「保有効果」を別の角度から捉えると、まだ当たるかどうか全く分からないのにも関わらず、買った宝くじが当たる可能性を信じ、自分が買った当たりくじを失う事を避ける「損失回避(loss aversion)」の思考をしているとも言えます。
「保有効果」「損失回避」は、行動経済学における重要な要素です。そして現状からの逸脱を望まない「現状維持バイアス(Status quo bias)」、心理学上の認知バイアスの一つですが、これらそれぞれが表と裏の関係にあります。

~ ~ ~ ~ ~

違う例を紹介しましょう。
アメリカの電力会社が、サービス向上のため、消費者(電力の使用者)に、電力の信頼性と料金に関するアンケートを取りました。
アンケート対象者は2つのグループに分類されました。一方のグループは他方よりもはるかに信頼性の高い安定した電力サービスが既に提供されている地区で、他方は時々電気が止まってしまうような不安定なサービスを提供している地区でした。
各グループは、サービスの信頼性と料金の6つの組み合わせの中からどれが望ましいか回答を求められました。 結果は、顕著な現状維持バイアスを示しました。
電力供給が安定している地区のグループでは、60.2%が料金は高いが安定した現状のサービスを望むという回答をしました。電力供給は不安定になるが料金は30%安くなるというオプションを選んだのは僅か5.7%だけでした。
他方、現状不安定な電力供給を受けているグループは、58.3%が現状と同じ、電力供給は不安定だが料金が安いオプションを支持しました。30%料金を引き上げる代わりに安定したサービスに変更するオプション、つまりもう一方のグループと同じサービスへの変更を選択したのは僅か5.8%でした。

つまり、サービスの質や料金に関わらず、どちらのグループでも多くの人は現状維持を望んだのです。現状のオプションを高く評価する「保有効果」によります。
別の言い方をすれば、サービスが現状安定しているグループにとっては、いくら料金が下がるとは言え、サービスが低下する事は「損失」であり、逆に、料金が現状安いグループにとっては、いくらサービスが向上すると言っても料金が上がる事は「損失」になってしまうのです。人間は利益よりも損失の方を過剰に評価する「損失回避」のバイアスを持っているからです。

~ ~ ~ ~ ~

組織における保有効果の例を見ていきましょう。
かつて高い技術力を誇った(そして今でもそう思っている)会社ほど、その技術から抜け出せない事は多々あります。

例えば、アメリカのポラロイド社は、現像に手間と時間がかかるのが常識であった1947年に、わずか1分足らずで写真ができる画期的なインスタントカメラを発表し、その後30年以上に渡り市場を席巻しました。しかし、ポラロイド社のリーダー達はインスタントカメラにこだわり続け、1990年後半から急速に普及し始めたデジタルカメラ時代に追従せず、2001年多額の負債を抱えて経営破綻しました。
実は、ポラロイド社は他社に先駆けて、1981年にはデジタルで画像を捉える技術開発に着手、その後成功し、1992年にはデジタルカメラの原型を既に開発していました。しかし、かつては革新的だった既存の技術を過信するあまり、デジタルカメラの商品化は会社の強い反対にあって見送られ、デジタルカメラ化の流れから完全に取り残されたのです。

かつて世界最大のカメラフィルムメーカーであったコダック社も、デジタル化技術の開発には早くから取り組んでいたものの、最終的にはみんな写真を印刷するだろうという想定にこだわるあまり、デジタルカメラ化の波に飲み込まれ、2012年に破産法を申請しています。

これらの失敗には、技術的に優れていると自負する会社ほど自社の技術から逃れられず、自己の技術を実際以上に高く評価する保有効果が影響しています。

日本の企業にも同様の例はたくさんありますね。かつて、液晶パネルにこだわり失敗したSHARP、原発事業にこだわり失敗した東芝、、、例を挙げれば切りがありません。特徴的かつ秀でた技術で長年業界を席巻してきた会社ほど、その技術の優位性や市場価値が下がった時(そしてそのような時は必ず来ます)のインパクトは大きく、会社の存続に直結するようなダメージになります。
今の時代でも、自社が長年育んできた技術を過信し、顧客のニーズに目を向けるよりも、自社の既存の製品や技術をいかにして売るかに執着し、その思考から抜け出せない会社は、業種を限らず数多く存在します。

~ ~ ~ ~ ~

でが、組織はこの「保有効果」にどうやって対処する事ができるでしょうか?
以下、ポイントを4つ紹介します。

1.バイアスがある事を理解する

まず、第一にここで紹介した「保有効果」、「損失回避」、そして「現状維持バイアス」は、人間が自然に持つ特性である事を理解しておくことです。事前に理解しておくことは、その罠に陥らないようにするための予防策になります。

2.客観的に見る

保有効果を回避するには、自分と対象物との距離を意識的にできるだけ取る事です。所有していないと想定する、更に言えば、もしそれが他人が所有している場合どう思うか想像してみます。

日本は概して職人芸とも言える特化した細部の技術への傾倒が強いですが、俯瞰的に技術を見る能力、技術をシステムとして整える能力が弱いです。
組織には、客観的かつ冷静にメリット・デメリットを見定める眼や声が必要で、組織としてそれを達成するためには、従業員のダイバーシティ(多様性)や、誰もが違和感を声にできる心理的安全性が必要になります。

心理的安全性の確保には組織文化の改革が必要です。保有効果で失敗する会社は、顧客志向より技術志向の強い会社であると共に、ハードの技術面の課題には目が行くが、ソフト面での組織文化の着眼がなく対応できない会社です。今の時代、いくら新しい技術を開発しようとしても、従来型の組織文化では実現する事は困難です。いっそ、思い切って技術的な開発はいったん中断し、全ての会社の注意を組織文化改革に目を向けてみてはどうでしょうか。

3.目的を明確にする

会社、ビジネスの目的を明確にする事。今まで何十回書いてるんだろうと自分でも思う位しつこいですが(笑)、本質的な目的より大切な事はありません。ポラロイド社の目的は紙に写真を印刷する事では無かったはず、SHARPの目的は液晶技術でトップの座を維持する事では無かったはずです。本質的な目的を見失ったから、「保有効果」から抜け出せなかったのです。

4.プライベートでの対応を参考にする

「保有効果」、「損失回避」、「現状維持バイアス」は、私たちのプライベートの生活の至る所に存在しています。思い起こせば、あなたもその罠に何度もはまり、そしてうまく切り抜けた経験はありませんか?個人の対応や経験を振り返る事で、ビジネス上のヒントを得る事ができます。
例えば、持ち家や車やバイクを売却するような場合や、フリーマーケットへの出店など、特にこだわりがある物ほど高く売りたい、安く売りたくないと思います。
「保有効果」と共に、自分の「思い」や「こだわり」が自分の中での価値を引き上げます。しかし、その値段で買う人は現れません。何故ならあなたの思い出やこだわりは、購入者にとっては価値を上げる要素を微塵も含まないからです。
例えば、旅行先のスターバックスで買ってきたご当地マグカップ、いくら「苦労して現地で買ってきたんだよ!」と言おうが、その時の旅行の思い出を語ろうが、他の人にとってそのマグカップの価値は、それをあなたが現地で直接買った物でも、輸入して買った物でも、メルカリで買った物でも、大好きだったあの人からのプレゼントでも、一切関係ありません。

図:「保有効果」自分のマグカップは、他のマグカップより価値がある

繰り返しになりますが、自分の物を客観的に見る、他人の立場になって見る、という事が大事です。
家を売る、車を売るという時は、最終的には、業者や専門家の意見やデータを受け入れて、値段を下げるのに納得する事は多いですね。ビジネスでも、外部の力を借りたり客観的なデータを利用する事は、「保有効果」の回避を助けます。

~ ~ ~ ~ ~

アメリカで大ブームをもたらした、片づけコンサルタント近藤麻理恵さんの「こんまりメソッド」も参考になります。
「こんまりメソッド」には、家の中のものを手に取って、ときめくものと、ときめかないものに分けて、ときめかない物を捨てていく「ときめき片づけメソッド」があります。捨てる際には「すてきな思い出をありがとう」と感謝して処分していきます。
この「感謝する」というステップで、保有効果から自分をうまく解き離しているのです。

社内の古いシステムや手順、技術、習慣も、「今までありがとう」と感謝する事で、意外と簡単に手放す事が出来るかもしれません。
「なにを馬鹿な!」と思われるかもしれませんが、頭を柔らかくし、今までの考え方に捉われず、自分の専門外の様々な事に興味と関心を持って接する事もバイアスから抜け出すのに役立ちます。

~ ~ ~ ~ ~

参考文献
(1) Daniel Kahneman, Jack L. Knetsch, Richard H. Thaler, “Anomalies: The Endowment Effect, Loss Aversion, and Status Quo Bias”, The Journal of Economic Perspectives, 5(1), pp. 193-206, Winter 1991
(2) Keith M. Marzilli Ericson, Andreas Fuster, “NBER Working Paper Series – The Endowment Effect”, National Bureau of Economic Research, 2013/8
(3) Joshua Kim, “3 Ways Higher Ed Can Avoid the Fate of Polaroid”, Inside Higher Ed, 2016/2

コメントを残す

CAPTCHA