私たちは、他人や物事をコントロールしようとします。そのほとんどはコントロール不能なのにです。感情移入しすぎて、自分が思うように何としてでも物事を進めようとして、ストレスを抱えたり、疲弊しています。しかし、コントロールを手放して、いったん距離を置くことができれば、逆に物事がうまく進むことも多いのです。
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はじめに
あなたは、何かの話題で他人との言い争いに発展したり、お互いにお互いの意見を認めさせようとして、感情的になったり口論になったことはありませんか?
ほとんどの人にそのような経験があるでしょう。
しかも、言い争いの種は、大したことではなく、しょうもないことや、どうでもいいことだったりします。
そのような言い争いの背景にあるのは、自分の意見は正しく、相手は間違えている、相手はこうあるべきである、という思いです。その思いが強いため、相手を説き伏せようとします。
言い争いまでいかなくても、他の誰かの言葉に感情をかき乱されたり、他の誰かの行動にイラついたりすることもよくありますね。
それは、自分が正しいことを相手が認めようとしない時や、逆に、相手が自分の話を聞こうとせず、相手の方が正しい、相手の方が優れた人間であることを自分に証明しようとしている時におきます。
そのような言い争いや感情の乱れは、一呼吸置いたり、一歩下がって、言い争っている話題や相手から自分の感情を切り離すことで、避けることができます。
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デタッチメント(Detachment)とは?
自分の感情を他人や考えや物事から切り離すこと、これをデタッチメント(Detachment)と言います。耳慣れない言葉かもしれませんが、アタッチメント(Attachment)の反対語です。
アタッチメントは、心理的、感情的につながること、人と人が寄り合うことを意味します。デタッチメントはその反対語なので、感情的に離れるとか、対象と心の距離を置くという意味です。
ただし、デタッチメントは、感情がないことではありません。また、無関心や無感動を意味してもいません。現実逃避や孤立でもありません。意地悪して相手を遠ざけることでも、嫌気がさして相手から遠ざかることでもありません。他人をまったく気にかけなくなったり、感情をなくすことでもありません。
デタッチメントには相手に対する思いやりがあります。ただし、自分は相手をコントロールできないとはっきり認識しています。相手を深く気遣いながらも、相手の感情や自分の感情に飲み込まれていません。感情を無視したり抑圧したりするのではなく、感情を理解しています。デタッチメントには、偏見や固まった見方がありません。
デタッチメントは心のシーソーのバランスが取れている状態です。
対象から適度な距離を置き、近づきすぎたり、遠ざかりすぎてもいません。相手に対する感情から完全に離れることはないものの、感情に圧倒もされてもいない、健全な距離を維持しています。適度な距離から、広い視野で物事を捉え、自分の周りや自分の内面で起こっていることを理解しています。
それは、以前紹介したコンパッションにも通じる心の状態です。
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デタッチメント:仕事編
過度の感情移入による障害は、人間関係にだけ起きるのではありません。仕事でも起きます。
例えば、長い期間携わってきて、一生懸命頑張ってきて、思い入れのある仕事は、何とか最後までやり遂げたいと思うでしょう。しかし、どんなに頑張ろうが、どんなにうまく進めようが、経営者の判断や事業環境の変化などで実現しないことはよくあります。自分の思うようにいかない仕事は星の数ほどあります。
以前、本サイトの記事で私たちは仕事に自分の感情を重ねすぎていると書きました。
仕事に執着しすぎて会社が人生の大部分を占め、自分のアイデンティティの中心をなすようになると、仕事がうまくいかなかったり、思うように進まなかったり、提案を否定されたりすると、自分という人間が否定されているように感じます。
ほんとに全力でやってきた仕事なら、たとえその仕事が実を結ばなくても、自分自身の中に確実な成果があるはずです。それで良しとすればよいのです。
会社から自分の感情を切り離すことができれば、自分という人間を社内でアピールすることや、他の従業員より優位に立とうとすることに力を注ぐ必要もなくなるので、本来やるべきことに注力できます。自分がコントロールできない人たちにイライラして心を乱されることもありません。
デタッチメントは、仕事をいい加減にやることや、やる気がないことでは決してありません。むしろ、心のバランスを保つことで、自分がやるべきことをやり、より高いパフォーマンスを発揮できるようになるのです。
私は仕事を徹底してやる方です。海外の仕事ではよく分からないことも多いのですが、分かるまで調べたり聞いたりします。分からないままにしておくと必ず後で問題となって現れるからです。その暗闇を手探りで進むような過程を楽しんでいて、そんな仕事が大好きです。
しかし、仕事と自分を感情的に重ねてはいません。もちろんうまくいかないことや、思うように進まないこともたくさんあります。しかし、自分の半分はその過程も楽しんでいます。
組織で働いていようが、自営や独立して働いていようが、他人から影響を受けることなく仕事はできません。最終的な決断は自分になく、他人次第であることは少なくありません。これを受け入れるのです。
私たちは、仕事、というか、会社に感情的に投資しすぎです。
会社と私たちは、雇う側と雇われる側という関係にあり、私たちは会社から求められる役割を果たすことで、報酬を受け取るという契約的な関係にあります。基本的にはそれ以上でもそれ以下でもありません。
しかし、多くの人がそれ以上に自分と会社を重ね合わせています。重ね合わせすぎると仕事以外のところに焦点がいってしまいます。ひどい場合は本来の仕事とはまったく関係のないアピールとか勝ち負けとか権力闘争にエネルギーを費やすのです。
ギャンブルや投資などにお金をつぎ込むと、途中でやめられないことがありますね。つぎ込んだお金を取り戻すまではやめられず、どんどんお金をつぎ込んでいきます。勝つまでやめられません。しかし、勝つことはありません。そのため、泥沼にはまっていきます。それと同じです。感情を重ねすぎないことです。
デタッチメントとは、周囲で何が起ころうが、心の平穏を保つことです。
外部要因に感情を左右されない心の状態です。自分と周囲で起きていることを感情的に切り離すことができれば、ストレスや不安に圧倒されることはなく、感情的に振り回されることもなく、もっと冷静に、合理的な決定を下すことができます。
自分が望む結果や期待する結果からも感情を切り離すのです。
結果に対する強い期待や願望から離れることができれば、それについて心配する必要はなくなります。
ストレスや不安はコントロールしようとすることから生まれます。しかし、コントロールは幻想です。この世の多くのことはコントロール不能です。他人の信念も、あなたが勤める会社も、あなたはコントロールできません。
支配したいという欲求を手放すと自由になります。果てしないフラストレーションの時間を、創造力に富んだ実りある日々に変えることができます。
そして、不思議なことに、コントロールしようとして変えられなかったものが、コントロールを手放すことで変わっていくことがあるのです。
適度な距離を置くこと、これは簡単なようで簡単ではありません。利己心、支配欲が残っている限り、達成できません。自分が正しいと思いたい欲求からも離れる必要があります。
しかし、残念ながら、ほとんどの人は自分がどれだけ感情的に距離を置くことができていないかに気が付くことすらできません。
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デタッチメント:男女関係編
女優であり、ライフコーチ、インフルエンサーでもあるマルガリータ・ナザレンコ(Margarita Nazarenko)は、彼女のYoutubeチャンネルで、女性の立場から、繰り返しデタッチメントについて語っています。多くの場合、男女関係に関してです。彼女はこう言います。
もしあなたが、相手にこうあってほしいというイメージに固執しているなら、自分自身をイラつかせるだけです。あなたは相手をコントロールしようとし、常に相手を観察していて、結果、自分自身を疲れさせています。
相手をコントロールしようとするのをやめましょう。相手に勝とうとするのをやめましょう。相手に依存しすぎたり、気を引こうとしたり、逆にコントロールされるのをやめましょう。
相手を相手のままにしておくのです。相手の意思に反して、自分が望むように相手を変えようともしません。相手を説得しようとせず、相手の言うことに反応し過ぎません。
不思議なことに相手との距離を置くことで、相手は自由にあなたに近づくことができるようになります。
相手と適度な距離を置くことで、むしろ良好な関係を築くことができるのです。
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デタッチメント:元海軍士官編
彼女と対照的ですが、今度は、かつて海軍特殊部隊SEALsに所属していた元アメリカ海軍士官の作家、ジョッコ・ウィリンク(Jocko Willink, 1971-)が語るデタッチメントです。
彼は、デタッチメントはスーパーパワーだと言います。
彼がまだ若く、軍隊で訓練を受けていた頃、前線で十数名の小隊を組み、横一列にライフルを構えて並び、指揮官からの指示を待っている時がありました。
しかし、30秒経っても、指揮官からは何の指示も出ません。彼にはその30秒が永遠のように思えました。
しびれを切らした彼はライフルの照準からいったん目を離し、一歩身を引いて左右を見渡します。
すると、他の隊員たちは全員武器の照準を覗いたままです。誰もがおそらく角度20度程度の限られた視野しか持っておらず、それは指揮官も副指揮官も同じでした。
誰も全体を見渡せていませんでした。彼だけが広い視野を持っていました。彼は新人でしたが、勇気を振り絞り、指示を出します。「Hold left clear right」。すると他の隊員も続きます。「Hold left clear right」。
彼は言います。
問題の中にいては問題は解決できない。問題を解決するには、自分を問題の外に置かなければならない。
それは、戦闘だけではなく、ビジネスでも同じです。
議論でみんなが熱くなっている時に、主導権を握ろうとしているだけの自分に気づいたら、椅子を引くのです。座っている椅子を実際に少し引くのです。もし立って議論している場合は、実際に一歩足を引くのです。すると、視野が広がります。心が落ち着きます。自分を主張するのではなく、相手の話を聞くことができるようになります。
人は何かを防御しようとすると、顎を下げて、両腕を上げます。ファイティングモードです。
そうではなく、意図的に顎を上げるのです。そうすると、視野が開けます。懐が開きます。相手を受け入れやすくなります。
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デタッチメントのメリット
デタッチメントは、他人との関係、仕事、モノや事への執着など、人生のさまざまな領域に適用でき、さまざまな恩恵を私たちにもたらします。そのメリットを紹介しましょう。
明晰さが高まる
デタッチメントは、精神的な余裕を生み出します。周囲の人たちや状況に振り回されず、自分の反応や感情をコントロールし、より客観的かつクリアな視点で物事を見ることができるようになります。この明晰さにより、意思決定、問題解決、ストレスへの対処能力が向上します。
感情が安定する
人生の浮き沈みにあまり反応しなくなります。自分の反応や感情をコントロールできるようになり、圧倒されたり燃え尽きたりすることがなくなります。人生の課題にもっと落ち着いて対処できるようになります。
健全な関係の構築
人間関係においてデタッチメントできると、過度の依存や感情的なもつれを避けることができます。お互いの境界を尊重し、より効果的にコミュニケーションを取り、他人の感情を自分の感情として受け止めないようにすることができます。
ストレスと不安の軽減
感情的に距離を置くことは、あらゆる状況をコントロールしようとすることから生まれるストレスや不安を軽減するのに役立ちます。自分がコントロールできないものを手放すことができ、困難な状況や、難しい人たちから解放されます。より穏やかで平和的なものの捉え方ができるようになります。
問題解決能力の向上
白熱した議論の真っ最中に一歩引くと、全体像が見え、関係者全員が共通の理解に達するために何を変える必要があるかが分かるようになります。
恐怖に直面したとき、逃げたり凍りついたりするのではなく、冷静に状況を分析し、それにうまく立ち向かう勇気を得ることができるようになります。
個人的な成長へのフォーカス
他人からの評価や成功欲求から離れると、個人的な成長と内面の充実度にもっと焦点を向けることができるようになります。この焦点のシフトは、長期的な満足感と自己改善につながります。
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さいごに
この世界には私たちが直面しなければならないことがたくさんありますが、多くの場合、私たちの邪魔をするのは私たち自身です。
デタッチメントの最大のポイントは、コントロールを手放すことです。相手や物事をコントロールしたいという欲求を手放すことです。コントロールできないことをコントロールしようとすることをやめることで、自分がコントロールできることにフォーカスすることができます。
私たちは物事が自分が思うように進むことを強く望みます。そこには感情的な執着があります。そのため、自分が思っていない方向に物事が進むと、苛立ちます。しかし、世の中のほとんどのことは自分ではコントロールできません。
それを受け入れることができれば、信じられないほど心が自由に、身軽になります。
そして、焦点が自分の内側に移ります。外側の世界をどうコントロールするかではなく、自分自身をどうするかに関心が移るからです。
自分の内面と向き合ったり、自分の考えを綴ったり、自分の成長を育んだりすることで、外部要因に影響を受けにくい心の平穏を養うことができ、困難な状況でもバランスを保つことができるのです。
苦しみの根源は執着(アタッチメント)にある。
~ 仏陀The root of suffering is attachment.
~ Buddha