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コンストラクティブ・ジャーナリズム:問題ではなく、ありたい姿に焦点をあてるメディア

  • 投稿カテゴリー:社会が変わる
  • 投稿の最終変更日:2025年1月4日
  • Reading time:11 mins read

従来のジャーナリズムが否定的な前提で人と接したり、問題にフォーカスして物事を捉える一方で、コンストラクティブ・ジャーナリズムは、ソリューションにフォーカスし、民主的な会話を促したり、問題への解決策を提示し、社会をポジティブな方向へ導いて行こうとします。その実例をいくつか紹介します。

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解決志向のメディア

最近、2回に渡って、ソリューション・フォーカスを紹介しました(こちらの記事こちらの記事です)。
ソリューション・フォーカスは、私たちが抱える問題やその原因ではなく、解決策やありたい未来の姿にフォーカスをあてる心理療法を発端とし、カウンセリング、コーチング、リーダー育成、組織変革など幅広く応用される変革の取り組み手法です。

以前本サイトで紹介した「コンストラクティブ・ジャーナリズム(建設的なジャーナリズム:Constructive Journalism)」は、そのソリューション・フォーカスのメディア版とも言えるものです。

従来のジャーナリズムが否定的な前提で人と接したり、問題となっている側面を強調して物事を捉えたり、時に社会の対立を煽ることさえある一方で、コンストラクティブ・ジャーナリズムは、ソリューションにフォーカスし、民主的な会話を促したり、問題への解決策を提示し、社会をポジティブな方向へ導いて行こうとするものです。

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メディアに対する不信感

昨今、既存のメディアに対する不信感が増しています。
日本でも、ジャニーズの性被害や、兵庫県斎藤元彦知事の再選、環境問題の取り扱いなどに関して、メディアに対する不信感が露わになりました。その結果、多くの人たちが従来のメディア以外のソースに情報を求めるようになってきています。

ニュースメディアは、事実を伝えずメディアが事実だと伝えたいものを私たちに伝えることがあります。あるいは、意図的であるかないかにかかわらず、事実に何らかのフィルターをかけて私たちに伝えることもあります。そして、私たちは、事実ではなく、事実であると伝えられたことに基づいて物事を判断し、意思決定を行っています。

また、様々な問題を提起して、誰に責任があるのかを追及し、批判するという物事の取り扱い方は、メディアだけでなく、私たちの考え方のデフォルトになっています。これは日本国内にとどまらず、世界共通の問題です。人はポジティブなことよりネガティブなことに関心があり、ネガティブなことに引き付けられるネガティブバイアス(Negativity bias)があるためです。

確かに問題は報道される必要があります。しかし、解決策やその背景にある微妙なニュアンスも合わせて報道される必要があります。

現実の世界は白黒つけられないことがほとんどです。ある面から見れば白にもなり、違う面からみれば黒にもなります。実際はその中間の灰色でもなく、白黒入り交ざっているのです。闇のように見える世界の中にも光があります。その実際を伝えるためには、物事のニュアンスを知る必要があります。速報や調査報道だけで表面的に終わらせることはできません。

コンストラクティブ・ジャーナリズムは、メディア文化そのものを根本から変えようとする取り組みです。
今回は、その世界各国の具体的事例をいくつか紹介しましょう。

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デンマークのデジタルメディア:ゼットランド(Zetland)(1)

ゼットランド(Zetland)は、2012年に設立されたコペンハーゲンに本社を置くデンマークのメディア企業です。

ゼットランドは他とは違うニュースメディアです。そのミッションは「善の力(a force of good)でデジタルジャーナリズムに献身する」ことです。世界にフィルターをかけて視聴者に伝えるのではなく、世界を理解する勇気を与え、その欲求を満たすために存在しており、情報提供者へのインタビューから読者のコメントを管理するところまで、あらゆる側面でコンストラクティブ・ジャーナリズムを体現しています。

その特徴は、絶え間なく流れる膨大なニュースから、毎日数件に限定して記事をサブスクリプション会員に公開していることです。そして、そのほとんどが長く、内容が濃い詳細な特集記事です。

かつてニュース全盛期には、その他の媒体が限られていたため、テレビ局や新聞社の主な目的は可能な限り早く多くの情報を人々に届けることでした。しかし、今では、スマホを持っていれば、誰でも、いつでもどんなニュースにでも接することができます。一方で、そのニュースの正確性や質には大きなばらつきが生じるようになりました。

ゼットランドは、何が重要で何がそうでないかを読者に示し、読者は、少ないが良質な情報を得るために彼らにお金を払います。

彼らにとって重要なのは、スピードや量ではなく、その出来事の背景であり、文脈であり、明瞭さです。そして、インタビューの出発点となるのは好奇心です。
批判的であることは大切です。しかし、それが常に正しいわけではありません。視野を狭くすることもあります。また、人は批判的に対応されると、防御の体制を取り、心を閉ざし本当のことを話さなくなります。
一方で、人に対する好奇心があり、人とオープンにつながることができれば、物事の別の見方、別の会話が生まれるのです。

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ノルウェーのテレビ番組:Einig?(同意する?)(2)

政治家にとって、従来型のテレビ討論に参加することは、試合に出場するようなものです。目的はその試合に勝つことです。

目的が勝つことであれば、政治家は視聴者にとって真に重要な政治問題について提起したり、痛みをもたらすような問題の解決策を提示する動機は持ちません。対戦相手の弱点を付き、相手の話に口を挟み、批判することに集中します。また自分自身については、得点を稼ぐことに集中し、失点を防ぐために、自分に都合の悪い議題は早々に切り替えようとします。

その結果、議論が口論に発展することもあります。そして、声が大きく態度がでかいというだけで、討論に勝つこともあります。

しかし、視聴者たち、とくに若い人たちはこの古いスタイルの討論会にうんざりしています。番組を通して、何かが生産されることはなく、何かを学ぶこともないからです。

ノルウェーの国営放送局NRKは、2019年に「Einig?(ノルウェー語で、同意する?)」という一味違う政治討論番組を提供しました。この番組では、参加者は互いの信用を落とし合うのではなく、つながりや同意点を見つけます。参加者は、互いに耳を傾け、口を挟まず、相手を理解しようとしなければなりません。つまり番組は討論会のあり方そのものや文化を変えようとしました。

参加者には事前に質問は与えられず、代わりにスタジオのスクリーンから読み上げられる事柄について話し合います。つまり、誰も事前に準備することなく番組に臨むのです。

長年政治討論に携わってきた番組編集者のグロ・エンゲン(Gro Engen)は、「従来の討論会を通して、実はカメラがオフになってコーヒーを飲んでいるときの方が、参加者たちはお互いに礼儀正しく、本音で話していることに気づいていました。私たちは、そのような雰囲気を再現したかったのです」と述べています。

そのため、この番組は、討論の雰囲気やドラマ性を排除するため、従来のような討論会のセットではなく、NRKのガレージで収録され、参加者はお互いに近い距離で向き合って話し合うようにセッティングされました。

政治家たちは、安全な場所が与えられれば、落ち着いて好奇心を持って議論に参加することができます。相手の言葉尻を捕らえようとするのではなく、相手の意図を咀嚼しようとします。点数稼ぎをするのではなく、より多くの情報と詳細な分析を視聴者に提供することができます。

さらに、番組では、ホストをスタジオから排除し、参加者たちに自分の言動に責任を持たせるという実験も行いました。参加者たちは、与えられた質問に受動的に答えるのではなく、自ら建設的な話し合いの場を生み出し、新しい種類の議論を導くことが求められたのです。

そうすると何が起きたでしょうか?

ロンドンタイムズ紙によると、このアプローチは、政治的立場を問わず、相手に対する寛大さ、そして合意形成につながったのです。

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デンマークのテレビ局:TV2 Fyn(3)(4)(5)

2019年、デンマークの国営メディアTV2の系列局であり、デンマークで3番目に広いフュン島をカバーする地方テレビ局「TV2/Fyn」の編集長のエスベン・シーラップ(Esben Seerup)は、同局を2年以内に、デンマークで最も建設的なメディアハウスにすると宣言しました。

実際は、その直後にコロナが発生したため、2年の予定は延長され、3年以上にわたって取り組みが続けられました。その結果、ジャーナリストの考え方に変化をもたらし、コンストラクティブ・ジャーナリズムが彼らの日常業務の自然な一部となりました。

それを示すデータがあります。

このプロジェクトの当初から南デンマーク大学ジャーナリズムセンター(the Center for Journalism at the University of Southern Denmark)のモルテン・スコフスゴー教授(Morten Skovsgaard)がその測定のために参加していました。

彼は、コンストラクティブ・ジャーナリズムに取り組むというアイデアを編集スタッフがどのように受け取ったのか、そしてプロジェクト中にどの程度の従業員が新しい価値観を取り入れ、それによって彼らの志向にどのような変化があったのかを測定しました。

具体的には、2019年6月のプロジェクト開始時に最初の測定を実施し、2021年9月に中間測定を実施、2023年12月末に最後の測定を実施しました。

2019年の時点では、同局がデジタルプラットフォーム上で扱うコンテンツのうち、建設的な内容が占める割合は19.4%でした。しかし、2023年2月の調査では、それが28.1%まで伸び、大きな進展が示されました。

2019年の時点では、フュン県民の41%はTV2/Fynを最も信頼できるニュースが提供される場所だと考えていました。この数字は、2022年には60.1%まで上昇しました。

また、「私は最も重要な社会問題について理解している」という質問に対しては、2019年時点ではフュン県民の68.4%が同意または完全に同意していましたが、2023年までにこの数字は77%に上昇し、顕著な改善を示しました。

さらに、建設的なジャーナリズムは良いと考える局の従業員の割合は、2019年7月の66%から、2023年1月には81.5%に増加しました。

当初このプロジェクトに最も大きな抵抗を示したジャーナリスト(特に、権力者を批判することに重点を置く、いわゆる「監視者」タイプのジャーナリスト)に焦点を当ててみても、2019年の最初の測定から2023年の最終測定までに、コンストラクティブ・ジャーナリズムは非常に良い、または良いアイデアであると信じる割合は、56%から65.8%まで増加しました。

また、プロジェクトの期間中、コンストラクティブ・ジャーナリズムが悪い、または非常に悪いと考えるジャーナリストはいなかったことも注目に値します。

期間中、コンストラクティブ・ジャーナリズムに好意的ではなかった従業員が組織を去り、好意的な新しいジャーナリストが加入するなど、スタッフ構成の変化がデータに影響した可能性は否定できません。しかし、これらの数字は、ある程度コンストラクティブ・ジャーナリズムがその目的を達成したことを示しています。

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二極化する人たちをつなげるドイツのメディア:ZEIT ONLINE(6)(7)

世界の多くの場所で、社会の分断、コミュニティの二極化が進んでいます。

Deustchland Spricht(Germany Speaks)」は、評判の高いドイツのニュースウェブサイトZeit Onlineによって、「社会がお互いに話し合うことを忘れているこの時代に、どうすれば会話を再開できるのか?」という重要な質問への答えとして始められました。

このプログラムでは、政治的にまったく異なる考え方を持ち、通常では決してひざを突き合わせて話し合うことがないような人たちを集め、お互いに敬意を持って1対1の会話に参加してもらいます。

具体的には、ウェブサイト上に設定されたいくつかの政治的な質問に「はい/いいえ」で答え、個人情報を登録します。例えば、ドイツはウクライナに巡航ミサイルを供給すべきか?ドナルド・トランプは民主主義に対する脅威か?ドイツは公正な国か?などの質問です。

その後、アルゴリズムが、お互い近くに住んでいて、かつ回答が正反対の人たちををペアにします。双方に連絡して、双方が直接会って話し合うことに同意したら、お互いに直接連絡をとり、面会の予定を立てます。最近の新しい取り組みでは、初めてその中の何人かをベルリンに招き、編集チームのとテーブルトークを開催する予定です。

2017年以来、ドイツでは約13万人がこのような会話に登録し、その多くがすでに数回の話し合いに参加しています。

ZEIT ONLINE特別プロジェクト編集者のフィリップ・フェイグル(Philip Faigle)はこう言います。
「最初の目標は人々を結び付けて会話させることです。今日のジャーナリズムは、情報を発信するだけでなく、読者が政治的な議論をできるようにすることも目的としています。私たちはそのためのスペースを作り、提供するのです。」

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リンク紹介

今回は、コンストラクティブ・ジャーナリズムを体現するメディアのいくつかを紹介しました。
もちろん、今回紹介した以外にも、そのようなメディアが世界中に数多く存在します。その取り組みを知るために有益なリンクをいくつか紹介しましょう。

コンストラクティブ・インスティテュート(Constructive Institute)は、世界的なコンストラクティブ・ジャーナリズムの運動の中心となっており、デンマークのオーフス大学(Aarhus University)に拠点があります。その使命は、世界のニュース文化を変えること、ジャーナリズムが民主主義を助けることです。解決策をより重視し、バランスのとれた、社会とつながる報道を重視することで、ジャーナリズムの劣化と闘っています。
こちらのリンクにベストプラクティスが紹介されています。今回紹介した事例もここから引用したものです。

ソリューション・ジャーナリズム・ネットワーク (The Solutions Journalism Network) は、ソリューション・ジャーナリズムの実践を推進することに特化した非営利団体です。ソリューションジャーナリズムは、問題だけでなく、それらの問題に対する信頼できる対応に焦点を当てた報道スタイルです。個人、組織、コミュニティが複雑な社会問題にどのように取り組んでいるのかについて、バランスの取れた証拠に基づいた報道を提供することを目的としています。
彼らのSolutions Story Tracker®では、98か国9,400人のジャーナリストと、2,100の報道機関が作成した16,700もの記事がデータベース化されています。

Hellenic Institute of Constructive Journalism (H.I.CO.JO.) は、コンストラクティブ・ジャーナリズムをギリシャ国内外に紹介し、普及させることを目的としたギリシャの非営利団体です。こちらのリンクに、各国のメディアがリスト化されています。

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さいごに

このように広がりを見せるコンストラクティブ・ジャーナリズムですが、一方で取り組みがすでに終了したプロジェクトやプログラムもいくつか存在します。例えば、今回紹介したノルウェーのテレビ番組:Einig?(同意する?)は、2019年だけで終了しています。

各プログラムが終了する理由はそれぞれでしょうが、コンストラクティブ・ジャーナリズムが普及する上での共通する難しさもあるでしょう。

まず、既存のニュースメディアにとって、商業的な成果を上げることは必須です。
しかし、先にも述べたように、大衆は、コンストラクティブ・ジャーナリズムが提供する長く詳細なレポートよりも、センセーショナルで、短く、ビジュアルに訴える素材や、より対立的で過激なコンテンツに引き付けられます。また、真面目な話題よりもバラエティーやエンターテインメントに引き寄せられます。

そのようなメディア環境では、高い注目を集めて維持するのが難しい場合もあり、従来の収益プラットフォームに乗せるよりは、今回紹介したゼットランド(Zetland)のように、サブスク型にして、微妙な議論に対する関心が高い限られた人たちだけにデジタルのプラットフォームで届ける方が適している可能性があります。

短命で終わったノルウェーのテレビ番組:Einig?(同意する?)は、プライムタイムに放映されました。推測に過ぎませんが、その点で設定に無理があったのかもしれません。

また、徹底した調査のためには、それなりの資金と人的リソースが必要です。大衆受けするコンテンツと同じような広告収入やスポンサーシップを獲得できる可能性は低く、高い視聴率の獲得を前提にし、製作にコストがかかるモデルは成り立たないでしょう。今回紹介したドイツのZEIT ONLINEは、視聴者がよりプロセスに関与するモデルを採用しており、少ないリソースで運営できるプラットフォームを構築しています。

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参考文献
(1) Lea Korsgaard, “How To Develop Digital News Media With a Constructive News Culture“, Constructive Institute
(2) Gro Engen, “How To Host A Civil And Curious Political Debate Show”, Constructive Institute
(3) Esben Seerup, “How To Build a Constructive Newsroom“, Constructive Institute
(4) Kristina Lund Jørgensen, Jakob Risbro, “TV2 Fyn: “Denmark’s most constructive media house”?“, Constructive Institute
(5) Esben Seerup, “Together we make Funen better: Why “TV 2/Fyn” will become Denmark’s most constructive media house“, Constructive Institute
(6) Philip Faigle, “How To Connect People in Polarized Communities?“, Constructive Institute
(7) Sara Cooper , Philip Faigle, Sebastian Horn, “The questions that matter now“, ZEIT ONLINE, 2024/12/4.

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