「コンストラクティブ・ジャーナリズム」は、従来のジャーナリズムが物事の否定的な側面を強調して捉えたり、そのような前提で人を見たり、社会の対立を煽る事さえある一方で、民主的な会話を促したり、問題への解決策を提示し、社会をポジティブな方向へ導いて行こうとするものです。
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はじめに
デンマーク人のジャーナリストであるキャサリン・ギルデンステッド(Catherine Gyldensted)の転機は、2008年の不況時にワシントンD.C.でホームレスの女性にインタビューした時に訪れました。彼女は仕事と住まいを失った人たちのニュース記事を書いていて、家と仕事を同時に失うことがどれだけ大変かという情報を集めていました。
しかし、キャサリンの質問に意外な答えが返ってきました。そのホームレスの女性は「この経験からたくさん学ぶことができました」と答えたのです。
キャサリンはマイクを握りながら「何を学んだのだろう?」と思い、尋ねてみると、「自分が思っていたよりも強いことを知り、息子との関係が良くなり、周りに自分を助けてくれる人たちがいることも知りました」という答えが返ってきたのです。
キャサリンはその時「何が起こったんだろう?」と思いました。
彼女はホームレスの女性を「被害者」と見て接したのに、その女性は「被害者以外のもの」として見ることをキャサリンに強いたのです。そして、キャサリンはジャーナリズムの世界で長年にわたり、人を歪んだ前提を持って見て質問することで、世界を正確に伝えたいという自らの原則から外れていたことに気が付いたのです。(1)
これが、コンストラクティブ・ジャーナリズム(建設的なジャーナリズム:Constructive Journalism)が生まれるきっかけとなりました。
キャサリンは、2015年、オランダのヴィンデスハイム応用科学大学のジャーナリズムスクールで世界初のコンストラクティブ・ジャーナリズムのディレクターに就任し、2017年には、アムステルダムに拠点を置くジャーナリズムオンラインネットワーク「建設的ジャーナリズムネットワーク(Constructive Journalism Network) 」を共同設立しました。(2)
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ネガティブバイアス(Negativity Bias)
「テレビのニュースはネガティブな報道が多い」と思ったことがある人は多いのではないでしょうか?
前回紹介したように、人にはポジティブな事よりネガティブな事を強調するネガティブバイアス(Negativity bias)があります。ジャーナリズムも例外ではありません。
ニュースを見ていると、次から次へと報道される悲観的なニュースに、私たちの未来はどうなってしまうんだろうと思ってしまいます。災害が起きれば「哀れみ」を伝え、政治家には「批判」を繰り返し、社会が機能していないことを伝え、人々の分断、対立を強調します。以前メディア・バイアスとして紹介したように、メディアには、解決策を提示するよりも、世の中の問題点を強調し、危機を叫ぶ人たちを取り上げる行動原理があります。
アメリカの成人の72%が、メディアは物事を大げさに報道すると答えています(3)(4)。おそらくそれが、ジャーナリストへの信頼を失っている理由にもつながっているのでしょう。2016年、メディアに「大きな信頼を寄せている」と答えたアメリカ人はわずか6%で、過去最低を記録しました(3)(5)。日本ではここまで数字が低くないことを期待したいですが。。。
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コンストラクティブ・ジャーナリズム(建設的ジャーナリズム:Constructive Journalism)
「コンストラクティブ・ジャーナリズム(建設的ジャーナリズム)」は、北欧から始まった取り組みです。従来のジャーナリズムがややもすると物事の否定的な側面しか捉えなかったり、社会の対立を煽る事さえある一方で、コンストラクティブ・ジャーナリズムは、民主的な会話を促したり、問題への解決策を提示し社会をポジティブな方向へ導いて行こうとするものです。
コンストラクティブ・ジャーナリズムは、DW, BBC, The Guardian, The Economist, New York Times, The Washington Post, NPR、SVT(スウェーデン・テレビ)、TV2デンマークなどの大手メディアで採用されている他、Positive NewsやオランダのDe Correspondentなど、コンストラクティブ・ジャーナリズムを前面に掲げ、取り入れているメディアも存在します。
そのPositive Newsのエディターであるダガン・ウッド(Dagan Wood)はTEDx talkで、コンストラクティブ・ジャーナリズムとは「従来の報道の正確さや真実、必要なバランス、批判を維持しながらも、ポジティブな要素を持ち込み、より魅力的で力を与える方法で報道する事」だと述べており、デンマーク放送のラジオ・ニュース・アンカーであるイェスパー・ボラップ(Jesper Borup)は、「記者が通常行うよりも生産的な角度から話をすること」だと語っています(6)。
そして重要なのは、ジャーナリストが「どのような質問を投げかけるか?」です。
過去を追及したり、特定の前提がある質問をするのではなく、新しい視点をもたらし、問題解決に建設的で新しい可能性を生み出すような質問を問いかけることが必要になります。
デンマークのジャーナリストたちは、従前良い記事にするには「AVIS-K」が重要だと教えられてきました。デンマーク語で「タイムリー、重要性、特定、センセーション、対立」の5つの単語の頭文字を繋げたものです。しかし、これからは「SINC(Solution-oriented, Ivolving, Nuanced, Critical)」、つまり、解決志向で、参加を促し、物事の微妙なニュアンスの理解に努めると共に、複雑な出来事の全体像を伝えることが重要だとしています。(7)
表:従来型ジャーナリズムとコンストラクティブ・ジャーナリズムの比較
adapted from “Handbook for Constructive Journalism”(7)
旧来型の”捜査型”ジャーナリズム | コンストラクティブ・ジャーナリズム |
---|---|
昨日視線 | 明日視線 |
非難する | 鼓舞する |
誰が?なぜ? | どうする?どうやって? |
批評的 | 好奇心 |
裁定する | ファシリテートする |
悪者と被害者 | 解決案とベストプラクティス |
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コンストラクティブ・ジャーナリズム ≠ ポジティブ・ジャーナリズム
コンストラクティブ・ジャーナリズムは、ネガティブな報道をしないことではありません。それでは北朝鮮やロシアのような統制下の国のニュースのようになってしまいます。
一方で、良くない出来事の否定的な面だけ伝えても希望やビジョンや協業は生まれません。良くない出来事に対してもポジティブな視点を加えて結ぶことで、自分はどう思うか考えることを促したり、自分たちに何ができるかストーリーにエンゲージさせ、力を与え、動機づけることができるのです。
実際に、冒頭で紹介したキャサリンは、ホームレスの女性を報道で伝えた後に、視聴者から勇気やインスピレーションを得たというフィードバックを受け取りました。
また、単に「ポジティブな」出来事を伝えるということでもありません。例えば、「〇〇公園のアヒルの親子が散歩を始めました」のような「楽しい」「心和らぐ」「癒し系」の出来事の紹介ではなく(ま、それはそれでいいんですが。)、コンストラクティブ・ジャーナリズムは社会に重要な影響のある物事に対して将来に対するポジティブな視点を加えることであり、その根底には、解決志向、未来志向があります。
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最後に
解決志向と言っても解決策を押し付ける事があってはいけないとは思いますが、ジャーナリストの方々は、多くの人や情報に接し、発信する大きな力を持っており、ぜひその力を社会をより良く動かす方向に使って頂きたいと願います。
一方で、視聴者側にもネガティブバイアスがあります。否定的なニュースに過度に接することで、前向きな行動を減らしたり、他人への寛容さが低下したり、無力感を引き起こすという研究結果がある一方で、人にはポジティブなニュースよりネガティブなニュースを好んで見る傾向があります。(8)
自分が影響力を与える事ができない問題を文句を言いながら毎日繰り返し眺めていても、社会も自分も1ミリも変わりません。テレビやパソコンやスマホの画面から数分だけでも離れてみて、自分に何ができるのか思いを巡らせてみるのはいかがでしょうか?
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参考文献
(1) Marion MacGregor, “Constructive journalism: Why and how journalists want to change the rules”, DW, 2020/10.
(2) “Cathrine Gyldensted“, Wikipedia
(3) Karen Mcintyre Hopkinson, Nicole Smith Dahmen, “Reporting Beyond The Problem”, Constructive Institute
(4) “Stress in America: The State of Our Nation. Stress in America TM Survey”, American Psychological Association, 2017/11.
(5) “A new understanding: What makes people trust and rely on news”, American Press Institute, 2016/4.
(6) Karen McIntyre, Cathrine Gyldensted, “Constructive Journalism: Applying Positive Psychology Techniques to News Production”, The Journal of Media Innovations Vol. 4 No. 2, 2017.
(7) Kristina Lund Jørgensen, Jakob Risbro, “Handbook for Constructive Journalism“, International Media Support, Constructive Institute, 2022.
(8) Marc Trussler, Stuart Soroka, “Consumer Demand for Cynical and Negative News Frames“, The International Journal of Press/Politics, Volume: 19 issue: 3, page(s): 360-379, 2014/3.