自己効力感とは、あることを成功させるために必要となる自分の能力をどの位信じているかを示すものです。集団的効力感とは、メンバーの自己効力感に根ざし、メンバーの能力を信じ、グループが望むことを集団で実現できるという共有された信念です。社会変革を成し遂げるには、自律したメンバーたちの集団的効力感が必要です。
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はじめに
以前本サイトでは、著名な心理学者であるアルバート・バンデューラ(Albert Bandura, 1925 -2021)の代表的な理論である社会的認知理論(Social cognitive theory)と自己効力感(Self-efficacy)を紹介しました。
自己効力感(Self-efficacy)は、社会的認知理論(Social cognitive theory)の核をなし、また最も知られている概念でもあり、他のモデルや理論にも重ねて使われています。
自己効力感とは、あることを成功させるために必要となる自分の能力をどの位信じているかを示すものです。人生におきる出来事に自分は対処する能力を持っているという、その人の信念です。物事を成功させるためには、スキルを持っているだけでは不十分で、スキルと自己効力感の両方が必要です。
動機づけ、感情、行動の認知理論で重要なのは「因果性」です。
自己効力感によって、自分が物事に影響を及ぼしているという因果関係が存在することの感覚が、人がどのように考え、感じ、やる気を起こすのかに、大きな影響を与えるのです。チャレンジが複雑で難易度が高くなるほど、これが重要になります。
そして、自己効力感(Self-efficacy)は集団に対しても当てはまります。
私たちはひとりひとり孤立して生きているのではなく、集団の中で生きています。私たちが直面する課題の多くは、集団の問題を反映しているため、私たちが求めるものの多くは、他人と協力することによってのみ実現可能です。バンデューラは自己効力感の概念を集団に拡張しています。
今回は、以前の記事でも軽く触れた集団的効力感(Collective efficacy)を、掘り下げて紹介しましょう。特に、社会変革の文脈で詳細に見ていきます。
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集団的効力感(Collective efficacy)
スタンフォード大学の心理学者アルバート・バンデューラは、グループの共同作業において、メンバーが持つチームの能力に対する自信が、チーム全体のパフォーマンスと成功の可否に影響することを発見しました。(1)(2)(3)
集団、チーム、組織、国家の強さの一因は、自分たちは協調的に努力することによって向上し問題を解決することができるという人々の信念、つまり、集団的効力感にあります。集団としてスキルを持っているという自信は、メンバーが集団として何を選択し、それにどれだけの力を傾けるか、そして、どれだけ努力を持続することができるかに大きく影響します。
まず、自己効力感と対比して、集団的効力感を説明しましょう。
自己効力感とは
- あることを成功させるために必要となる自分自身が持つ能力への信頼
- 予測される状況に対応するために必要な行動を計画し、それを実行する自分の能力を信じる力
- 様々な困難に直面したときに、与えられた行動を遂行する能力があるという個人の信念(6)
なお、自己効力感の向上に影響を及ぼすのは、①成功体験(Mastery experience)、②代理経験(Social modeling / Vicarious experiences)、③社会的説得(Social persuasion)、④感情や身体状態の解釈の改善(Improving physical and emotional states)の4要素です(4要素の詳細はこちらを参照ください)。
集団的効力感とは
- 個々のメンバーの能力に対する認識が重なり合い、グループが望むことを実現できるという共有された信念
- 集団として何を選ぶか、そのためにどれだけの努力を払うか、うまくいかなかったときそれだけ持続できるかに影響する力(1)
- 意思決定を行い、支持者やリソースを集め、適切な戦略を考案し、実行し、失敗したり報復されても、その抵抗に耐えうる集団の能力についての判断(2)
- 目的を達成するために必要な行動方針を作成し、実行できるという共同的な能力の認識の共有(3)
- 集団の使命に対する動機づけ、逆境からの回復力、目的達成を促進する、メンバーの心の中に存在する認知された集団現象(4)(5)
- 集団が目標を達成するために行動できるという、個々のメンバーの信念を集約した集団の共有信念(6)
- 特定の状況下での要求にうまく協調的に対応するために、リソースを配分し、調整し、統合する際に、個人間で共有される集団的能力の感覚(7)
集団的効力感はメンバーの自己効力感に根ざしており、自己効力感が低いメンバーたちが集団的効力感に寄与することはあまりありません。集団的効力感を持つ人たちは、外的な障害に対処するためにリソースを動員し努力し続けることができますが、集団的無力感を確信している人たちは、たとえ粘り強い集団的努力によって変化が達成可能であったとしても、努力をやめてしまいます。(1)
先に紹介した自己効力感の向上に影響を及ぼす4要素は、下図のように集団的効力感にも展開できます。
図:自己効力感と集団的効力感の関係
adapted from, Relation of self-efficacy and collective efficacy. (Based on Robinson, Bucic és De Ruyter, 2006)(8)
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集団的効力感の事例
研究者たちは、集団的効力感が多くの分野で当てはまることを発見してきました。
具体的には、ビジネス、スポーツ、教育、研究分野、社会、コミュニティなどの様々な場で研究が行われ、一貫して、高レベルの集団的効力感が、次のような集団のパフォーマンス向上につながっていることが実証されています。
- チーム全体の努力によって課題を克服し、意図した結果を出すことができるという信念を共有している場合、集団はより効果的になる
- 犯罪を克服するために団結できるという信念を隣人同士が共有している地域社会では、暴力が大幅に減少する(9)
- 自然災害を受けて大きな損害を受けたコミュニティに対する研究では、災害後の社会的支援と集団的効力感が、地域住民の心理的苦痛を和らげ、個人や地域社会全体の適応力に重要な影響を与える(10)
- 企業では、メンバーがチームの能力について肯定的な信念を持っていることで、創造性と生産性が高まる(11)
- 学校では、先生たちが生徒の成果に影響を与える自分たちの力を信じている場合、生徒たちの学業達成度が高くなる(12)
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集団的効力感と社会変革(1)(13)(14)
では、次に集団的効力感と社会問題解決の関連性を説明していきます。
社会問題がグローバル化、複雑化する中、リーダーに課せられた大きな課題は、集団的効力感を生み出して皆で前に進んでいくことです。しかし、残念ながら、彼らの努力のほとんどが、未来の社会を形作ることよりも、過去と現在を守ることに向けられてしまっています。
社会変革の実現は容易ではありません。
現代社会に適合していない長く続いた古い社会構造が、新しく効果的な行動を妨げます。
既存の社会システムや慣習を変えようとする者は、権力者や、既得権益者からの反対に遭遇します。私たちの生活に悪影響を及ぼしている社会状況を改善しようとする試みても、圧力をかけられたり、脅されたり、妨害されたり、社会的制裁が下されることもあります。
責任と権限をあいまいにする社会や組織の仕組みによって、ほとんどの人たちが、自分たちの未来を切り開くよりも、官僚的構造の中に自分をうまく位置づけることに一生懸命になり、有能な個人でさえ、そのメカニズムの中で、本来の能力を発揮することができません。数多くの人たちが、自分が影響を及ぼすことができるとは思っておらず、変革をあきらめています。
絶望が社会変革のきっかけになると言われることがありますが、そのようなことはありません。集団的無力感によって生み出される内なる心理的障壁は、私たちの士気を根こそぎ奪うため、外的な障害よりも深刻です。
変化し続ける社会において、今までの考え方を変え、問題に対する広範な解決策と、目的を共有しコミットすることが求められる中、このような変化は、①将来の方向性を形作るための能力、②集団的効力感、③強い動機を持つ人たちの相互努力によってのみ達成できます。
社会的・政治的活動に関する研究によれば、不利な状況を変えようという行動を促すのは、希望を失った人々ではなく、改善努力の少なくともいくつかがある程度成功に結びついた、能力あるメンバーであることが示されています。彼らは、直接的あるいは間接的な成功体験によって、集団が行動することで何らかの変化をもたらすことができると信じるようになるのです。
そして、社会変革に効果をもたらすためには、共通の価値と目的を支持する多様な自己利益を自律的に融合させることが必要です。
しかし、残念ながら、現実社会はその反対方向に向かっています。現在、多元主義は、社会問題の解決のためにひとつに団結しようとするよりも、時に敵対する派閥主義という形をとっており、狭い利害関係を持つグループへの社会の分断と対立が進んでいます。
力を合わせることよりも、他のグループの行動を阻止しようとしま、自分のグループの利益を高めようと競い合う活動が主流になっています。
今、私たちに必要なのは、短期的に改善したように見える小手先の対応ではなく、長期的に意義のある変化ですが、そのような長期的な変化の成果はすぐ目に見えて現れることがないので、結果が出る前に他の勢力からの攻撃に遭い、社会的に意義のある変化をもたらそうとしても、成功することはありません。
正直に言って、このような状況で、集団的効力感を育み、持続させることはとても難しいです。
問題をさらに難しくしているのは、国境を越えた相互依存関係によってますます問題が広範囲かつ複雑になっていることで、そのため、世界のある地域で起こったことが、他の地域に住む人たちに大きな影響を及ぼしたりします。
ただし、これを裏を返して見れば、同じ問題を広く共有するようになってきたから、ひとつにまとまることが可能になるとも言えます。
残念ながら、社会システムは一枚岩ではありませんが、人間の影響力は、個人であれ集団であれ、一方向に流れるものではなく、双方向のプロセスであるという事実を見失しなってはいけません。それぞれが自分がもつ影響力を行使するかどうかにかかっています。
私たちは社会として、非人間的な行為に抵抗し、より良い生活を可能にする社会改革のために尽力してきた先人たちが残した恩恵を享受しています。
私たち世代の集団的効力感が、ひいては将来の世代の生き方を形作ることになります。差し迫った世界的な問題を考慮すれば、 時代は、無気力や無関心や分断の固定化ではなく、システムの挑戦者からシステムの統合者へと変容し、目的を共有し、集団的な努力にコミットすることを求めています。時代は、人々の集団的効力感を高める社会的イニシアチブを必要としているのです。
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さいごに
さいごに一点、集団的効力感に関して注意すべきことを伝えて今回は失礼します。
集団的効力感は、集団が「仲良しになる」ことで得られる感覚ではありません。
ある目的を達成するために結ばれた関係は、エージェント的関係(agentic relationship)と呼ばれ、メンバーは集団の目標達成を支援する当事者、エージェント(agent)となります。エージェントとは、自分の行動によって、自分の能力や物事の成り行きに影響を与える自律的な人たちのことです。
一方、仲良しグループは親和的関係(affiliative relationships)にあります。社会的な交流を楽しむことが主たる目的です。仲良しグループが悪いといっているわけではなく、むしろ人生の中の大切な一要素ですが、物事を成し遂げるためにはそれが障害になる場合があります。
親和的な連帯が強すぎる場合や、強い絆で結束し過ぎている場合、不当に仲間を擁護したり、極端な場合は、グループにおいて、ある種の犯罪行為さえ容認する可能性が高くなるからです。
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参考文献
(1) Albert Bandura, “Self-efficacy mechanism in human agency”, American Psychologist 37 (2), 122–147., 1982.
(2) Albert Bandura, “Social foundations of thought and action: a social cognitive theory”, In: Bandura, A. (Ed.), Series in Social Learning Theory. Prentice-Hall, Englewood Cliffs, NJ., 1986.
(3) Albert Bandura, ”Self-efficacy: The exercise of control”, New York: W.H. Freeman and Company, 1997.
(4) Albert Bandura, ”Exercise of Human Agency through Collective Efficacy”, Current Directions in Psychological Science Vol. 9, No. 3, pp. 75-78, 2000/6.
(5) John R Hipp, James C Wo, “Collective Efficacy and Crime“, International Encyclopedia of Social and Behavioral Sciences : 2nd Edition, pp.169-173, James Wright, 2015.
(6) Karen Glanz, Barbara K. Rimer, K. Viswanath, “Health behavior and health education: theory, research, and practice (4th edition)”, Jossey-Bass ISBN 978-0787996147., 2008.
(7) Stephen J. Zaccaro, Virginis Blair, Christopher Peterson, Michelle Zazanis, “Collective efficacy“, In J. E. Maddux (Ed.), Self-efficacy, adaptation, and adjustment: Theory, research, and application (pp. 305–328). Plenum Press., 1995.
(8) Hidegkuti István, “Psychology of team sports”
(9) Robert J. Sampson, Stephen W. Raudenbush, Felton Earls, “Neighborhoods and violent crime: A multilevel study of collective efficacy”, Science, Vol 277(5328), 918–924., 1997/8.
(10) Charles C. Benight, “Collective efficacy following a series of natural disasters”, Anxiety, Stress, & Coping, Vol.17, No.4, pp.401-420, 2004/12.
(11) Kim, M., Shin, Y., “Collective efficacy as a mediator between cooperative group norms and group positive affect and team creativity”, Asia Pacific Journal of Management, 32(3), 693–716., 2015.
(12) Albert Bandura, ”Perceived selfefficacy in cognitive development and functioning”, Educational Psychologist, 28(2), 117–148., 1993.
(13) Albert Bandura, “Self-efficacy in Changing Societies”, Cambridge University Press, 1995.
(14) Albert Bandura, “Social cognitive theory: an agentic perspective”, Annu Rev Psychol 52:1-26., 2001.