複雑な問題(Complex Problem)とは、地球環境や世界経済など様々な要素が複雑に絡まり合う解決の難しい問題で、グローバル化やデジタル化によって、私たちを取り巻く様々な問題が複雑化してきています。しかし一方で、それを逆手にとって、何でもかんでも「作為的に複雑(Artificial Complexity)」に仕立て上げ、解決できない言い訳に悪用されるケースもあります。
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複雑な問題(Complex Problem, Wicked Problem)
本ブログでは何度か「複雑な問題:Complex Problem, Wicked Problem」を取り上げてきました。
複雑な問題とは、それだけで完結するような単純な問題ではなく、他の多くの問題と影響し合い、時に想像できないような影響を全く想像もしていなかった時間や場所に及ぼしたり、逆にそのような影響を及ぼされたりします。一つとして同じ問題はなく、既存のマニュアルに従うような画一的な対応はできず、完全に捉える事は不可能で、曖昧さや不確実さが常に存在します。地球環境や世界経済の問題が代表的な例ですが、グローバル化やデジタル化によって、私たちを取り巻く様々な問題が複雑化してきています。
しかし、一方で「複雑な問題」に対する認識が広く浸透するようになると、私たちはちょっと解決が難しい問題に直面するだけで、それらを全て安易に「複雑な問題」に分類し、解決不可能というレッテルを貼って、言い逃れの理由に悪用してしまいがちです。
それらは本当に複雑な問題なのでしょうか?
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人為的な複雑さ(Artificial Complexity)
今回、ナット・エリアソン(Nat Eliason)の洞察の鋭いブログ記事(1)を紹介し、いかに私たちが直面する多くの問題が、「隠れた意図」を持って単純な問題を「敢えて」複雑な問題に仕立て上げるか暴いていきます。
ナット・エリアソンは、起業家であり、マーケターであり、タブーや論争の的となるトピックスを扱い「既存の文献では効果的にカバーされていないテーマ」を探求する作家でもあります。それがどういう意味かは、amazon.comで彼の名前を入力してみれば分かります。。。
彼は、複雑とされる問題の中には、本当は複雑ではなく、人工的、作為的に複雑な問題に仕立て上げられた問題が多くあると言います。「人為的な複雑さ(Artificial Complexity)」とは、実はそもそも問題は単純で、簡単な解決策が存在するのですが、私たちの欲求を満たしたい願望、意志の弱さなどから、その解決策を実行するにはハードルが高すぎるため、問題を必要以上に複雑に仕立て上げる事です。
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実は単純な問題の事例:睡眠不足
ナット・エリアソンは、人為的な複雑な問題の例として「睡眠不足」や「肥満」の問題を挙げています。
睡眠不足は世界的な問題で、彼のブログによると、睡眠不足を解消し良い睡眠に貢献する「睡眠ビジネス」は、767億ドル(約9兆円)にも達するかという巨大産業です。
快眠ベッドや快眠枕に留まらず、睡眠測定・分析のスマートウォッチや、最小の睡眠で最大の眠りの質を得るデバイスや最先端のテクノロジー、心地よい眠りへと私たちをいざなう食品、サプリメント、入浴剤、洋服、更には、睡眠講座、スリープ・コーチング、大胆なものではなんとコーヒー(デカフェ)を飲む機会を増やして快眠を得ましょうと呼びかける睡眠カフェまで!存在します(2)。
このように睡眠不足の問題を解決したり低減しようとするツールはどんどん増え進化していますが、しかし実は、睡眠不足の最もすぐれた問題解決方法はとても原始的で簡単です。
1日8時間寝ることです。そして、そのための環境を整えることです。
つまり、いつも6時間しか寝ていない人は、起きている時間を2時間減らし、それを寝る時間に回して8時間の睡眠を確保すればよいだけです。
しかし、電気も電波も届かない山小屋にでも住んでいればそれが可能かもしれませんが、私たちは、外部からの様々な要求や誘惑に囲まれた環境の中で暮らしています。多くの物事があなたの時間を取り合います。私たちは早く寝るよりも、遅くまで作業したり、テレビを見たりスマホをいじっていたり、飲みや遊びに出掛けたりしていたいのです。選択肢が山ほどあって時間がいくらあっても足りません。そのため、日中の起きている時間を2時間も睡眠のために失いたくないのです。
つまり本来、睡眠不足は「単純な問題」で「簡単な解決策」があるのにもかかわらず、もはや解決策は簡単でなくなり、実行するのが難しいものになります。しかし、本来「問題が単純」で「解決が簡単」なのにもかかわらず解決できないようでは、自らの能力不足を露呈しているようであり、また解決できないのを誰か他の人のせいにすることもできないため、それが私たちに認知的不協和(相反する情報が混在する状態に脳が不快感を引き起こすこと)を生み出します。そして、その認知的不協和を解消するため、問題を世の中のせいにして、「単純な問題」を「複雑な問題」に仕立て上げ、解決困難と嘆くのです。
そこに付け入るのが企業です。企業は、最も効果的な解決策である「8時間寝ましょう!」と私たちに呼びかけてそれを実現させても、売上にも利益にも繋がりません。逆に企業は「複雑になった問題」に対してビジネスチャンスを見出します。市場価値の高い「実行が簡単な解決策」を提示するのです。
私たちの意志の弱さや能力不足に訴えたり、過去の失敗経験につけ入って、解決策を簡単で、科学的に証明された最先端の「クール」なものとして作り上げ、最短の睡眠時間で最高品質の眠りを可能にする魅力的なものとして私たちにアピールします。
つまり、企業は、その問題の本質的で簡単な解決策には目を向けず、複雑な解決策に取り組むことで、商品やサービスとしての価値を高め、利益を最大化しようとする一方で、私たち消費者も、待ってました!と喜んで飛び付き、もし効果がなかった場合は、提供する企業の責任にして、効果があると信じられる場合には「複雑な問題」を解決する対価として、時に高額な出費さえ厭わないのです。
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単純な問題を人為的に複雑な問題に仕立て上げるプロセス
このプロセスを図示したのが以下の図です。
図:単純な問題が作為的に複雑な問題になるプロセス
adapted from “The Circle of Artificial Complexity” (1)
① 最初は「問題は単純」で「解決策は簡単」です。しかし、環境要因や私たちの欲求と意志の弱さのため、「簡単な解決策」は実行が簡単でなくなり、私たちを悩ませます。
② 私たちは解決策を実行できないことへの不満が募り、フラストレーションが溜まります。そして、単純な問題に対する簡単な解決策が実行できないという、認知的不協和が生まれます。
③ この認知的不協和解消のため、問題を作為的に「複雑な問題」に仕立て上げて、「難しい」➡「困難」➡「不可能」な問題と困難さをエスカレートさせて、私たちには到底簡単には解決できない、問題が複雑すぎてどうしようもない、と言い訳、責任逃れ、責任転嫁し始めます。
④ 世の中的に「複雑な問題」「難しい解決策」としての認知が定着すると、そのうち、それを「もっと簡単な解決策で解決します!」と提案する第3者が現れます。しかも、本質的な問題の解決能力に関わらず、テクノロジーを駆使したその解決策は(時に高価であるものの)とても魅力的で、抗し難いものに見えるのです。そして、私たちはその解決策に飛びつく、という構図です。
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組織でも常態化する人為的な複雑な問題
人工的な複雑な問題は睡眠に限らず、肥満や健康、お金の使い方や管理まで、私たちの生活の様々なところで見られます。そして、会社など組織の問題も、実はこのような「人為的な複雑さ(Artificial Complexity)」を抱えている可能性があります。例えば、多くの企業では、組織改革の取り組みがうまく進みません。実に75%の組織改革の取り組みは期待する成果を得る事ができないという報告があります(3)。その原因として挙げられる要因は実はだいたい共通しており、下記のようなものが含まれます。
- 取り組み自体がそもそも間違っている(3)
- 組織のリーダー自身にリーダーシップが不足していて自らを変える事ができない(4)(5)(9)
- 変化への説得力があり分かりやすい理由や動機がない(6)
- 経営層の足並みがそろっていない(6)
- プロセスをけん引すべきリーダーのエンゲージメントや責任がない(6)
- 計画や設計が十分でない(6)(7)
- 組織文化へのフォーカスが十分でない(6)
- フィードバックがない(6)、コミュニケーション不足(7)
- メンバーのスキルやキャパシティを向上させる取り組みが十分でない(7)
- リーダーのサポートがなくスキルもない(7)
- 現状維持志向、未知への恐怖(8)
あなたの会社のうまくいかない組織改革の取り組みにおいても、実は、なぜ改革がうまくいかないのか、多くのメンバーがその理由を知っている、またはうっすら気づいているということはないでしょうか?
更には解決策が明らかなのにもかかわらず、先の睡眠問題のように、ある理由によってその解決策に真正面から取り組む事ができないので回避して、問題をわざわざ複雑なものと見なし、簡単だが間違った取り組みを何度も何度も繰り返したり、簡単な解決策を提示してくる外部の支援を繰り返し受けるということはないでしょうか?
なぜ問題が明らかなのに対処出来ないかと言うと、それを組織の中で声にする事がタブーであったり、自分の身を危うくする可能性があるからです。このような問題は複雑な問題ではありません。単に自浄能力や自己改善機能のない組織の問題です。しかし、先ほど説明したように、それでは組織やリーダーの能力不足をさらけ出してしまう事になるので、その認知的不協和を回避するために、複雑な問題に仕立て上げ、「どうしたらいいんだろう?」と出口のないループをぐるぐる回り続けるのです。
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人為的な複雑な問題の解決法:分解する(Decomplication)
ナット・エリアソンは、人為的な複雑な問題の解決は、分解すること(Decomplication)だと説明します。人為的に複雑になった問題を安易に単純にしようとしてはいけません。単純化するのではなく、複雑になった問題を解きほぐしていくのです。そのためには、次の2つのステップを踏む必要があります。
1.問題の複雑さを現実的に評価し、それがいかに人為的に複雑化されたかを明らかにする。
2.人為的な難しさをどのように自分自身に説得させてきたかを考えることによって、問題の難しさを現実的に評価する。
残念ながらこのステップそのものも簡単ではありません。しかし、分解していくにつれて、そもそもの単純な問題、つまり、問題の核心が見えてきます。2つのステップに関して、次のような問いかけが有効です。
1.問題の複雑さを現実的に評価することに関して
(1) 問題が複雑になったことによって、便益を得るのは誰か?
(2) 実は自分は簡単な解決策をすでに知っていないか?
(3) 問題が複雑になればなるほど、より大きな価値を見出し高く評価してしまっていないか?
(4) これは以前に失敗したことではないか?
2.問題の難しさを現実的に評価することに関して
(1) 解決を難しくする要因をコントロール出来ているか?
(2) 自分の実行力のなさのため、または認知的不協和の解消のために問題を敢えて難しくしていないか?
(3) 過去に同様の失敗を経験していないか?
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参考文献
(1) Nat Eliason, “Decomplication: How to Find Simple Solutions to “Hard” Problems“, nateliason.com, 2016/8/2.
(2) 伊藤忠商事株式会社, “広がる“睡眠 ”ビジネス“, 繊維月報, 2019/8.
(3) N. Anand and Jean-Louis Barsoux, “What Everyone Gets Wrong About Change Management“, Harvard Business Review, N2017/11-12.(pp.78–85).
(4) Ron Carucci, “Organizations Can’t Change If Leaders Can’t Change with Them”, Harvard Business Review, 2016/10/24.
(5) Orlando Rivero, “The Lack of Leadership Leading to Misguided Organizational Change“, Global Journal of Management and Business Research Administration and Management, Volume 13 Issue 12 Version 1.0, 2013
(6) Michael D. Watkins and Janet Spencer, ”Why Organizational Change Fails”, TLNT, 2019/11/26.
(7) Linda Ackerman Anderson, “5 Reasons Why Organizational Change Fails”, 2018/07/11.
(8) Daniella Whyte, “5 Reasons People Resist Change and What We Can Do About It“, Inc.
(9) Brent Gleeson, “Organizational Change, and Why You Can’t Go It Alone“, Inc.