自分が暮らす社会や、働く職場などのシステムが、たとえ自分に害や不利益をもたらしても、それに抵抗しないどころか、擁護さえすることがあります。問題があっても、変わらない方が都合がいいからですが、システムから恩恵を受けている人より、不利な立場にある人の方が擁護しようとする動機が強いことさえあるのです。
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はじめに
えー、はじめに断っておきますと、今回の話はすこし難しいかもしれません。
(お前の話はいつも難しいと突っ込まれそうですが。。。汗)
今回紹介する「システム正当化理論(A theory of system justification)」、理論の基本的な部分に理解しがたいところは少ないと思うんですが、一歩踏み込んだところに難しさが潜んでいます。できるだけ分かりやすく説明していきたいと思います。
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システム正当化理論:A theory of system justification
- なぜ人は、ある人との関係が有害だと分かっているのに、その関係にとどまるのでしょうか?
- なぜ人は、犯罪や不正の加害者を責めないで、被害者の方をより強く責めるのでしょうか?
- なぜそのような被害者は、時に自分自身を責めるのでしょうか?
- なぜ私たちは政治や企業の腐敗を容認し続けるのでしょうか?
- なぜある女性は男性よりも給与が低いことを受け入れるのでしょうか?
- なぜ私たちは自分自身やお互いの利益のために立ち上がることができないのでしょうか?
- なぜ会社への不満が多い従業員なのに、会社が世間から非難されるような状況では、擁護の立場に変わるのでしょうか?
- なぜ権力が強大になるほど、私たちは迎合するのでしょうか?
一見無関係に見えるこれらの現象を結びつける隠れた共通項があります。
「システム正当理論(A theory of system justification)」は、社会心理学の理論の1つで、「自分が暮らす社会や、働く職場などが、たとえ自分にとって有害であったり、不利益をもたらしても、それに抵抗しないどころか、擁護すらして、現状のシステムを維持しようとする」という理論です。
この理論は、1994年に、ニューヨーク大学のジョン・ジョスト教授(John T. Jost)とハーバード大学のマザリン・バナジ教授(Mahzarin R. Banaji)によって提唱されました。
私たちはよく社会や政治や会社を批判しますね。経済がよくないとか、制度がよくないとか、組織がよくないとか、何かとシステムを非難します。
しかし、ある状況下では、そのように害をもたらすシステムであっても、私たちは擁護しようとします。
さらに驚くことに、擁護しようとする動機は、システムから恩恵を受けている人たちよりも、害を受けたり、不利な立場にある人の方が強いことがあるのです。
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システム正当化の例:社会的マイノリティの事例
例を挙げましょう。
アメリカのドナルド・トランプ元大統領は、就任当初から厳しい移民政策を取ったことで記憶も新しいですが、メキシコ移民に対しては特に厳しく、時に軽蔑や侮辱するような言葉を使いました。
では、ヒスパニック系アメリカ人の76%を占めるメキシコ人はこれをどう思ったでしょうか?
なんと、4分の1以上がトランプの発言に同意したのです。なせでしょうか?
トランプの発言で標的にされた、メキシコにゆかりのあるアメリカ市民は、板挟みになりました。
彼らには、アメリカを去りメキシコに帰るという選択肢を取ることはできません。なぜなら、アメリカには、より良い生活と仕事があり、守るべき家族もいるからです。
そのシステムへの依存性が、トランプを受け入れ、自分たちを抑圧し傷つける法律さえも受け入れ、アメリカを正当化するのです。
人は、強力な権威者とつながる必要があるのなら、犠牲も厭いません。
貧しく、教育を受けておらず、犯罪が多発する地域に住んでいる人たちでさえも、国家とその権力に共感する必要があるならば、自分の利益や自由を放棄してでも、彼らを支持します。
なぜなら、ある面では自分が犠牲になっても、他の多くの面では、国や社会全体を支持した方がメリットがあるからです。そのため、自分が住んでいる国はまともだと自分に言い聞かせるのです。
これはメキシコ系アメリカ人だけに限りません。黒人や性的マイノリティや貧困者にも同様の事例があります。不利な状況にある人ほど、主観的な幸せを得るために、不利な状況を受け入れるのです。世の中に問題があっても、世の中が変わらない方が都合がいいのです。
私たちは「もっと良いけど不確実な未来」よりも「悪いけど確かな未来」が好きなのです。
さらには、この傾向は、社会的マイノリティのみならず、一般人にも広く見られます。
社会システムを拒否するのは、ほとんどの人にとって、非現実的であり、取ることが限りなく不可能に近い選択肢です。
なぜなら、社会システムを変えようとすることは、大きな不確実さと不安定さを呼び起こすだけでなく、デモや革命など、何らかの大きな行動を起こさない限り実現できないからです。
この仕組みによって、私たちは、権力者の暴挙や腐敗さえも正当化することができるのです。
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システム正当化の3つの原理
では、なぜシステム正当化が生まれるのでしょうか?その背景にあるものを見ていきましょう。
1.人は現状を維持し、正当化し、強化しようとする
私たちは、慣れ親しんだ確かな世界に身を置くことで安心できます。たとえ、それが、私たちを抑圧するような確かさであってもです。私たちはそれだけ、不確実なものや、不安定なものを嫌うのです。
2.システムを正当化する動機は次の3つの場合に特に大きくなる
以下の3つの状況が、正当化発動のきっかけとなる傾向があります。
① システムが批判されたり、その存在が脅かされたり、覆されようとするとき
例えば、2001年9月10日、アメリカのジョージ・W・ブッシュ大統領の支持率は51%でした。そのわずか2週間後、9.11の同時多発テロを経て、ブッシュ大統領の支持率は90%にまで上昇します。この支持率は、1930年にギャラップ社がデータの追跡を開始して以来の最高値です。テロという国を脅かす出来事が、権力への強力な支持につながったのです。
② 現状は変わらない、変化は期待できないと認めるとき
たとえ現状のシステムが不当で不平等であっても、他のより良いシステムによって置き換えられることはないと判断すると、人はそれを受け入れてしまいます。
トランプ元大統領の場合、米国市民は、支持する政党にかかわらず、就任1週間前と比較して、就任1週間後の方が、トランプ大統領に好意的になりました。正式に就任したことで、今後しばらく大統領が変わることはないと判断したからです。
また、システムが伝統的で、長く続いている場合も、同様に、変化は期待できないと認めて、システム正当化が強くなります。
③ 人が自分の無力さを感じたり、システムに依存していると感じるとき
ある研究で、参加者をいくつかのグループに分け、1つのグループの参加者には、過去に自分がコントロールできなかった出来事を思い出してもらうことで、一時的に自分の無力さを感じるように促しました。別のグループには、コントロールできない出来事が起こる未来を想像するように指示を与えました。
これらのグループは、何もコントロールされなかったグループの人たちに比べて、既存の社会とその成果を擁護する意思が20%増加したのです。
私たちは法と秩序を約束するリーダーを支持するだけではなく、無力感に支配されたり、システムに依存していると、批判的な論者に対抗してまでシステムを支持する人たちを取り込もうとします。世界はまあまあうまくいっているのだから、権威者を排除したり、既存の規範に異議を唱える必要はないと信じようとするのです。
3.システムの正当化は、現状に対する満足度を高めるという緩和的機能を果たす
システムの正当化は、不確実性を減らすための①認識的欲求(epistemic motives)、脅威を和らげるための②実存的欲求(existential motives)、社会的関係を保つための③関係的欲求(relational motives)に対処しようとして起きます。
① 認識的欲求:epistemic motives
私たちの脳は、矛盾した考えを同時に持つことを嫌います。また、不確実さを嫌い、確実さを求めます。システムの正当化は、そのような私たちの認知的な動機を満たすものです。
② 実存的欲求:existential motives
私たちは、時に、生きるために、自分の信条を曲げなければなりません。イデオロギーより、生きることを優先するのです。
③ 関係的動機:relational motives
さらには、私たちは、自分の思想や観念を貫くよりも、仲間外れになったり孤立することを避けるために、人との関係を優先する場合があります。権力やステータスの高い人との関係性を維持したい場合はなおさらです。
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3つの正当化欲求
私たちには、次の3つの正当化欲求があります。
1.自己正当化(自分自身の正当化:ego-justification)
自分が、理解され、正しいと認められ、有能であると感じたいという欲求です。
2.集団正当化(自分が所属するグループの正当化:group-justification)
自分が属しているグループが、理解され、認められ、有能であると感じたいという欲求であり、外集団に対する内集団の正当化の欲求です。
これは、社会的アイデンティティ理論(Social identity theory)などの既存の理論とも合致します。社会的アイデンティティ理論とは、簡単に言うと「人は、自分を社会的グループやカテゴリーに関連付けて自己価値を形成し、そのアイデンティティを肯定的に捉えることで、自尊心を高める」というものです。
3.システム正当化(自分が所属する社会のシステムの正当化:System-justification)
自分が関わる社会構造(システム)全体に対して好ましい態度を持ちたいという欲求です。
以上、自己正当化、集団正当化、システム正当化の3つの正当化の動機を紹介しましたが、社会的に有利な立場にある人たちは、この3つの動機が同じ方向を向いており、矛盾がありません。ジョストは、白人男性を例に挙げますが、彼らの多くは、自分自身が優れていて、自分が所属するグループも優れていて、システムも優れていると考えます。
しかし、社会的に不利な立場にある人の中には、システム正当化と他の2つの正当化欲求が対立する場合があります。
システム正当化のために、社会的に不利な立場にある人は、自分が所属するグループではないグループ(通常はステータスの高いグループ)やそのグループに属している人たちを、自分のグループよりも好む傾向があるのです(Outgroup favarism)。
つまり、自己正当化と集団正当化を犠牲にしてでもシステムを正当化するのです。それだけ、システムを正当化しようとする動機、現状を維持しようとする動機は強力で、そのために自分を適応させるのです。
このパラドックスが、システム正当化理論を理解する上で一番難しいところかと思いますが、お分かりになるでしょうか?
実は、この理論を提唱したジョスト自身さえ、自分の理論に100%納得できておらず、25周年を記念した論文の中でも「疑問は常に自分の中にあり、自分が提供する答えに完全に満足しているわけではない」と書いています。
この理論はすべての人に当てはまるわけではなく、状況にもよります。つまり、私たちの中にはこの理論が当てはまらない人もいます。そうはいっても、研究では、40~50%以上もの人にこの理論が当てはまるというデータもあります。
また、性格や気質によって個人差があります。どちらからというと保守的な考えの人に当てはまり、革新的な考えの人にはあまり当てはまりません。同じ人でも、強くあてはまるケースもあれば、あまりあてはまらないケースもあり、その人がおかれた時々の状況にもよります。
このシステム正当化理論についてもっと知りたい方は、参考文献を読む他に、もし英語が理解できるのであれば、以下の提唱者であるジョン・ジョスト自身によるスライドを交えた講義が分かりやすいと思います。ご興味のある方はご覧ください。
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環境問題:システム正当化理論の身の回りの事例として
システム正当化理論を、自分にあてはめて理解しようと思っても、なかなか個人的にあてはまるケースが思い浮かばない人もいるのではないかと思います。
私たちの身の回りの事例として、環境問題を取り上げましょう。
システム正当化理論は、人間が地球温暖化をもたらしているという圧倒的な証拠があるにもかかわらず、まだその事実を受け入れられず抵抗する人たちがいることの説明に役立ちます。
本サイトでも度々紹介しているように、異常気象は温暖化が引き起こしており、温暖化は人間の活動が引き起こしていると、世界の専門家たちの意見はほぼ100%一致しています。
そして、異常気象の頻度も増え、被害にあう地域や人たちも増えてきました。
しかし被害にあった人で、「更なる犠牲者を出さないために、社会のシステムや私達の生活習慣を変えるべきだ!」と訴える人はほとんどいません。
なぜでしょうか?
たとえ異常気象の被害を実際に受けても、被害をもたらしている社会のシステムを維持したいのです。
なぜなら、そのような被害を被っても、今享受している生活の利便性を失いたくないからであり、声をあげることで批判される側に回りたくないからでもあります。
私たちはシステムに反抗したくないのです。
さらにひどいことに、システムを守る動機がとても強いため、環境問題に立ち上がってシステムを批判する人たちに対しても、否定的な態度をとることさえあるのです。
このように、環境問題がもたらす脅威に直面して、社会の現状を擁護しようとする動機づけは、システム正当化理論とも関連しているのです。環境問題を否定する要因であると同時に、環境支援の意思形成を阻害する要因でもあるのです。
システムを正当化する傾向が強い人ほど、①環境問題の否定が強く、②環境に対する好意的な態度が低く、③有益な目標を設定せず、さらなる環境悪化を防ぐような行動をとらなかったりするのです。(5)
この環境問題に関するシステム正当化の問題解決として、面白い提案がいくつかされていますので、紹介します。
まず、システムを正当化しようとする人たちは、快適な生活という現状を維持したいため、新しい現実を受け入れることに抵抗します。
しかし、環境保護的な変化こそ、地球を守る、私たちの生活を守ることであり、現状を守ることと矛盾しません。ある研究では、「システムを守るための変化のケース」だとみなすように促すことで、環境保護主義に対するシステム正当化の否定効果を打ち消すことが可能だと示しました。(6)
また、私たちが気候変動について説明するときに使う言葉(人類存亡の危機、緊急事態、世界的危機など)や、不安を煽るような伝え方がよくないという指摘もあります。(7)
これらの言葉には、行動を促すための緊急性を伝える意図がありますが、実際には逆効果になっている可能性があります。システム正当化理論にある通り、人は圧倒されると、恐怖におののき、今あるシステムにしがみつくからです。
悲観論、責任追及、羞恥心に焦点を当てるのではなく、ポジティブな感情を育み、有用なスキルや社会的な絆を広げ、新しい仕組みを築くことに焦点を当てるべきだという主張があります。
気候に関するメディアの多くは、私たちが「失わなければならないもの」「やめなければならないこと」を伝えています。
例えば、食べ物の制限、消費の抑制、移動の制限、旅行を控えることなどです。しかし、豊かさや楽しさを伝えるメッセージの方が、気候変動に配慮した新しい行動を促すのに効果的でしょう。地球環境にネガティブな行動の抑制に目を向けるのではなく、地球環境にポジティブな行動を促すという視点が、気候変動に好意的な行動を育てるのです。
否定的な感情とは異なり、肯定的な感情は、人の心を開き、創造性を刺激します。
私たちはまず、気候変動にポジティブな日常生活を築くようみんなに奨励することから始めることができます。例えば、終わりのない悲観論を語る代わりに、今日自分が取るべき気候変動に配慮した行動に焦点を当てることから始めることができます。
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さいごに
社会システムを正当化する人たちは、一般的に、否定的な考えを少なくし、肯定的な考えを積極的に取り入れるため、自分の生活状況に満足している傾向があります。システムの正当化は、短期的には、否定的な感情を減らし、現状への満足度を高めるという、感情的な「利益」をもたらします。
しかし、そのような満足感は概して短期的なものです。
社会システムを正当化する人たちは、システムに挑戦する意欲や活動に取り組むことを避けるため、社会変革や不平等の是正をせず、問題を永続化させ、長期的には、よりよい社会の実現にはつながらないという負の代償が伴います。
一般論ですべてを語ることはできませんが、私たちが抱える社会的な課題に対して、どちらの道を取るのか、それぞれが考えてみる価値はあるのではないでしょうか。
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おまけ(蛇足)
最後の最後に「おまけ」です。
以下は、今回紹介したシステム正当化理論とは「まったく関係ない」という前提でお読みください。
今回この記事を書くのに、システム正当化理論について、論文を読んだり、他の理論と比較したり、自分なりにずっと考えていて、イギリスの作家ジョージ・オーウェル(George Orwell)が1949年に書いたSF小説の傑作「Nineteen Eighty-Four(邦題)1984年」に出てくる二重思考(Doublethink)を思い出しました。もっと正確に言うと、昨日たまたま本屋で見かけて、思い出しました。
二重思考とは、同時に相反する2つの信条を持ち、その両方とも受けいれる能力のことで、小説の中で人々に強要されている思考能力です。自分の心の中にある対立した信念を同時に信じ込み、対立が生み出す矛盾を忘れ、さらには、矛盾を忘れたことも忘れることで、管理された異常精神にたどり着く忘却のプロセスです。
「システム正当化理論」は、理論であり、学問であり、研究であり、科学である一方、「1984」は文学であり、小説であり、二重思考は小説の中の概念です。思い出したら紹介したくなったので、同じスペースで扱うことにお叱りを受けるかもしれませんが、システム正当化理論とはまったく関係ないというリマインダーを再度しつつ、興味のある方はご覧くださいませ。
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参考文献
(1) John T. Jost, Mahzarin R. Banaji, ”The role of stereotyping in system-justification and the production of false consciousness”, British Journal of Social Psychology, Vol33, Issue1, p1-27, 1994/3.
(2) John T. Jost, Mahzarin R. Banaji, Brian A. Nosek, “A Decade of System Justification Theory: Accumulated Evidence of Conscious and Unconscious Bolstering of the Status Quo”, Political Psychology, 25(6), 881–919.2004.
(3) John T. Jost, “A quarter century of system justification theory: Questions, answers, criticisms, and societal applications”, British Journal of Social Psychology, 58(2), 263–314., 2019.
(4) Todd B. Kashdan, “The Art of Insubordination: How to Dissent and Defy Effectively”, Avery , 2022/2.
(5) Feygina, Irina, Rachel E. Goldsmith, and John T. Jost, “System Justification and the Disruption of Environmental Goal-Setting: A Self-Regulatory Perspective“, in Ran Hassin, Kevin Ochsner, and Yaacov Trope (eds), Self Control in Society, Mind, and Brain, Social Cognition and Social Neuroscience (New York, 2010; online edn, Oxford Academic, 1 May 2010), accessed 2023/10/8.
(6) Irina Feygina, John T. Jost, Rachel E. Goldsmith, “System Justification, the Denial of Global Warming, and the Possibility of “System-Sanctioned Change””, Personality and Social Psychology Bulletin, 36(3), 326-338., 2010.
(7) Desmond Kirwan, “We Need to Change the Way We Talk about Climate Change“, Behavioral Scientist, 2021/10/11.