日本では、ヨーロッパとアメリカを一括りにして「欧米」と呼ぶことがありますが、両地域の思想や文化はかなり異なっています。法体系、哲学的思想、論理から、人生を決めるのは生まれる前の要因か、それとも生まれた後の要因かに至るまで、両地域の考え方の違いを幅広く説明します。
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はじめに
私は、今まで主にヨーロッパ、アメリカ、アジアで仕事をしてきました。
日本では、特にヨーロッパとアメリカを一括りにして「欧米」と呼ぶことがありますが、実は両地域の思想や文化はかなり異なっています。
私は法律の専門家ではありませんが、海外で事業を進めていると、その国の法律、その土地や特定の分野の制度を調べる機会がとても多くあります。法律においても、ヨーロッパと英米では、法体系が異なります。
大陸法(Civil law:シビル・ロー)と英米法(Common law:コモン・ロー)です。
簡単に言えば、大陸法は、ルールを文章にして条文化する法体系です。そのため「成文法」と呼ばれることもあります。
これに対して英米法は「判例法」とも言われることが示す通り、多くの判例を積み上げて、それを判断の基準にします。概して、大陸法のように条文化しません。そのため「不文法」と呼ばれることもあります。
実は、この両地域の違いは、法体系にとどまらず、哲学や論理での違いなどでも深いところで重なっています。
今回は、これらのヨーロッパと英米の違いについて紹介します。
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法体系の違い:大陸法(シビル・ロー)と英米法(コモン・ロー)
まずは今触れた大陸法と英米法の違いをもう少し詳しく述べましょう。
大陸法と英米法は世界の二大法体系で、異なる伝統と世界観に由来しています。
(1) 大陸法(Civil Law)
大陸法はローマ帝国に起源を持つ法体系で、19世紀以降、フランスのナポレオン法典(1804年)やドイツの民法典(1900年)によって包括的に成文化され、普及しました。
現在では、ヨーロッパの主要各国や、アフリカ、アジア、中南米などの旧植民地など、約150か国で採用されている、世界で最も一般的な法体系です。
大陸法は「法典」に強く依存してきた法体系です。「法の支配(rule of law)」よりも「法律による支配(rule by law)」に重きを置いてきました。成文法を中心に構成されており、立法府が制定した法律を基に判決が下されます。
そのため「議会の制定した法律=正義」という観念が強く、裁判所が法律の合憲性を積極的に判断するのは「議会に対する越権」と解釈されやすい傾向があります。裁判官は、法律を適用したり、解釈しますが、法律を制定するわけではありません。
逆から見ると、規定されていないことは判断しがたいため、柔軟さに欠けることがあります。
(2) 英米法(Common Law)
一方で、中世イングランドに起源を持つコモンロー(英米法)は、アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダ、インド、シンガポールなど、かつてイギリスの統制下にあった国々で採用されています。
英米法は、幾多の判決(判例)が積み上がることで基準が形成されます。そのため判例法と呼ばれることもあります。
裁判所は、法を解釈し創造する役割を持ちます。大陸法が法典の形をとるのに対し、英米法は司法の判断から生じた、成文化されていない数多くの判例から成り、過去の裁判所の判決を法的に拘束力のある法源として認めています。
「アメリカは訴訟大国」というイメージがありますが、それはこのような背景から、英米法が訴訟中心主義をとっているからです。
英米法は、法の支配(rule of law)が強く、「法は政府の上にある」という考え方がベースにあります。
大陸法とは異なり「憲法に違反する法律は無効」と裁判所が宣言することが、司法の本質的な機能とされています。
適応性が高く、実用的であるものの、逆から見ると、裁判官によって判断が分かれることがあったり、膨大な判例の中からどの判例が適用されるか不明確なこともあり、一貫性や予測可能性が保ちにくいと言えます。
なお、日本の法律は、明治時代にドイツやフランスなど大陸法をベースに作られましたが、第二次世界大戦後の統制時にアメリカ法の影響を受けて改正されたため、英米法的な要素も含まれています。基本は大陸法ですが、判例も重視され、実質ミックスになっています。
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哲学的思想の違い:合理主義(Rationalism)と経験主義(Empiricism)
大陸法と英米法は2つの主要な法体系であると説明しました。
そして、西洋思想の根底にある2つの主要な哲学的思想は、合理主義(Rationalism)と経験主義(Empiricism)です。
これらの法体系と哲学的思想は、それぞれ深いところで繋がっています。その関連性を説明しましょう。
(1) 合理主義(Rationalism)
まず、大陸法の背景にあるのは、啓蒙哲学(Enlightenment)、特に合理主義(Rationalism)です。
合理主義とは、理性が知識の根源であるという考え方です。人間は合理的であり、理性を高めることで、社会を発展することができます。理性によって、自然、道徳、政治などの普遍的真理にたどり着くと信じ、数学や物理学、論理学、科学など、あらゆる分野の発展に寄与してきました。
主な合理主義哲学者には、「我思う、故に我あり」で有名なルネ・デカルト(René Descartes, 1596 – 1650)、バルーク・スピノザ(Baruch Spinoza, 1632 – 1677)、ゴットフリート・ライプニッツ(Gottfried Leibniz, 1646 – 1716)がいます。それぞれ、フランス、オランダ、ドイツの哲学者、つまり大陸の哲学者です。
法体系とのつながりで言えば、合理主義は、人は理性によって論理的かつ明確な法体系を生み出せると信じます。つまり、大陸法は、人間の理性によって、すべての人にとって公平で、普遍的、一貫性のある原則を導き出せるという合理主義的信念を反映しています。
(2) 経験主義(Empiricism)
これに対して、経験主義は、経験があらゆる知識の基盤となるという信念です。知識の源泉として経験を強調しています。経験主義によれば、人は白紙の状態で生まれ、知識は経験から事後的に得られます。
主な経験主義哲学者には、フランシス・ベーコン(Francis Bacon, 1561 – 1626)、ジョン・ロック(John Locke, 1632 – 1704)、ジョージ・バークリー(George Berkeley, 1685 – 1753)、デイヴィッド・ヒューム(David Hume, 1711 – 1776)がいます。いずれも、イギリス、アイルランド、スコットランドの哲学者です。
経験主義とは、「観察する → データを収集する → 理論を導き出す」という考え方です。「観察 → 仮説 → 検証 → 修正」を繰り返して、様々な分野で人類の発展に貢献してきました。
法体系とのつながりで言えば、英米法は、法律は「事例=経験」から発展するものであり、法律がどのように適用されるかを観察して法律が何であるかを学ぶという経験主義的な見解を反映しています。
簡単にまとめると、次のような関係になります。
合理主義: 理性による論理的な体系 → 民法に影響を与える → 論理、構造、成文法に基づく法制度
経験主義: 経験に基づく知識の蓄積 → 判例法に影響を与える → 経験、個々の判例に基づき発展する法制度
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論理的推論の違い:演繹法(Deductive reasoning)と帰納法(Inductive reasoning)
今まで説明した法体系と哲学思想の違いは、さらに論理的推論の方法の違いとも関係しています。
2つの主要な論理的推論法に、演繹法(Deductive reasoning)と帰納法(Inductive reasoning)があります。これらについて説明していきましょう。
(1) 演繹法(演繹的推論:Deductive reasoning)
演繹(えんえき)法は、一般的な原理・原則や前提から出発して、論理的に具体的な結論を導き出す方法です。
例えば、有名なアリストテレスの三段論法がありますが、三段論法は演繹法の1つです。
「すべての人間は死ぬ」と「ソクラテスは人間である」という2つの前提から「したがって、ソクラテスは死ぬ」という結論を演繹法によって導くことができます。
次も演繹的推論の事例です。
前提1:偶数は2で割り切れる数である。
前提2:8は2で割り切れる。
結論 : よって8は偶数である。
前提1:この学校の校則では遅刻すると罰を受ける。
前提2: 山田くんは今朝遅刻した。
結論 : だから、山田くんは罰を受ける。
演繹法は、真理を明らかにする理性の力に依拠します。
つまり、哲学的思考とのつながりで言えば、知識や原理の追求において、理性と論理を重視する合理主義の根幹をなします。
法体系とのつながりに関して言えば、演繹法は大陸法と関連しています。
詳細に書かれた法律に基づき、裁判官は演繹的推論を用いて、具体的な規定から結論を導きます。この方法により、法的判断における一貫性と予測可能性が確保されます。
(2) 帰納法(帰納的推論:Inductive reasoning)
演繹法に対して、帰納法は、具体的な事例をいくつも観察して、そこから一般的なルールや結論を導き出す方法です。帰納法は、実験や観察を重視します。帰納的推論のわかりやすい例をいくつか挙げましょう。
観察1: 青森のりんごは甘かった。
観察2: 長野のりんごも甘かった。
観察3: 山形のりんごも甘かった。
結論:だから、日本のりんごは甘い。
観察:今まで見た白鳥はすべて白かった。
結論:だから、白鳥は全部白い。
以上の2つの例は、一般化にはそうですが、必ずそうとは限りません。
甘くない日本のりんごもあるでしょう。また、オーストラリアには、黒い白鳥がいます。
経験に基づいているため、帰納的推論は、不完全なことがあります。しかし、演繹法では導くことができない結論を導くことができます。
法体系とのつながりで言えば、英米法は、帰納法と関連しています。
英米法、つまり判例法は、過去の判例に大きく依存しています。裁判官は帰納的推論を用いて、具体的な過去の判例から結論を導き出します。あるいは、類推的推論も用いて、現在の事例と過去の判決の類似点を見つけてそれを適用します。
哲学的思考とのつながりで言えば、帰納法は経験主義と関連しているのは既にお分かりになりますね。
簡単に言えば、演繹法が「上から下へ(ルール → 事例)」なのに対し、帰納法は「下から上へ(事例 → ルール)」という方向性を持ちます。次のような関係性です。
演繹的推論: 「一般原則 → 具体的事例」→ 論理、構造、成文法に基づく法制度
帰納的推論: 「具体的事例 → 一般原則」→ 経験、判例、個々の事例に基づき発展する法制度
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生まれか育ちか(Nature or Nurture)
最後に紹介する二分論です。
欧米では古くから「生まれか育ちか(Nature or Nurture)」という議論が繰り返されています。
人は「生まれ(Nature)」で決まるのか?「育ち(Nurture)」で決まるのか?
人生を決めるのは、生まれる前の遺伝や進化などの生物学影響なのか、それとも、生まれた後の環境や社会的影響なのかという長きにわたる議論です。
さて、ここまで、法体系や、哲学的思想、推論における両地域の違いを見てきて、「生まれ」と「育ち」、どちらがよりヨーロッパ的な考えで、どちらがより英米的な考えか、分かるでしょうか?
人生を決めるのは、生まれた後の環境や社会的影響だという考えが、さきほど紹介した経験主義に通じるのが分かるでしょう。
つまり、「育ち」が英米的な考えになります。
「育ち」の考えは、人は生まれた時点では白紙の状態で、すべての知識は生まれた後の経験と感覚から得られるという考えです。
アメリカではこの考えを主張する学者や心理学者が数多くいます。
中でも特徴的なのが、著名なアメリカの心理学者バラス・スキナー(B.F. Skinner, 1904 – 1990)です。
彼は、経験と感覚入力が知識の源であると主張する「行動主義心理学(Behaviorism)」を推進した中心人物です。
行動主義とは、人間の行動は生来の生物学的、遺伝的特性ではなく、生まれた後の環境要因によって大きく形成されるという理論です。行動主義は1920年代から1970年代にかけてアメリカの心理学を支配しましたが、ヨーロッパではアメリカほど普及しませんでした。
また、経験主義は「空白の状態:Blank Slate(Tabula rasa:タブラ・ラーサ)」という概念と結びついていますが、これは人間は生まれた時は「白紙」で、思考はその後の経験を通じて発達し、行動特性も生まれた後に獲得するという考えです。
この言葉は、先ほど紹介した経験主義哲学者のジョン・ロックによって1690年にはじめて使われました。彼の思想は英米に深く影響しています。
以前紹介したアメリカ人の認知心理学者であり作家のスティーブン・ピンカー(Steven Pinker, 1954 -)は、2002年に書いた書籍「The Blank Slate: The Modern Denial of Human Nature (邦題)人間の本性を考える―心は「空白の石版」か」で、歴史的に見て、大陸ヨーロッパよりもイギリスやアメリカで経験主義の影響力が強く、それが文化的に根付いていると説明しています。
生まれたばかりの時点では人間はまっさらで、人生はその後の経験によるのであれば、その意味では人間は平等です。どんな人にもチャンスがあります。これは概して英米、特にアメリカ人の価値観と重なります。
実際に、アメリカ人は、ヨーロッパ人よりも、周囲からの干渉を受けずに自由に人生を追求できると考えているという調査結果があります。(1)
さらに、アメリカ人は、ヨーロッパ人よりも、自分たちの運命は自分たちがコントロールしていると信じる傾向があります。(2)
これらも経験主義的な考えと重なりますね。
なお、合理主義に通じる生得主義(Innatism)は、心は既に形成された観念、知識、信念を持って生まれるという考え方です。人間の行動や認知の特定の側面は生まれつき備わっていると主張します。
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さいごに
以上、ヨーロッパと英米の法体系の違いから始まり、哲学的思想、推論、人生観の違いまで見てきました。
もちろん、今回紹介したのは一般論であって、すべての人にそれが当てはまるわけでは決してありません。日本人の典型的な考え方や行動の特徴が、すべての日本人に当てはまるわけではないのと同様です。
さらに、ヨーロッパでもアメリカでも、二極化、多極化が進んでいます。どの国の人であれ、すべての人を十把一絡げにまとめてこうだと言い切ることはできません。
しかし、今回紹介したようなことを理解しておくことは、それぞれの社会や文化、一般的な考え方の背景、そしてそこにいる人たちを理解する助けになるでしょう。
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参考文献
(1) Andrew Kohut, Richard Wike, Juliana Menasce Horowitz, Jacob Poushter, Cathy Barker, James Bell,
Elizabeth Mueller Gross, “The American-Western European Values Gap“, Pew Global Attitudes Project, Pew Research Center, 2011/11/17.
(2) Richard Wike, “5 ways Americans and Europeans are different“, Pew Research Center, 2016/4/19.