私たちの不幸の多くは、自分ではコントロールできないことをコントロールしようとすることから生じています。また、他人の考えや感情を自分に内面化して、他人に自分をコントロールする力を与えてしまうことから生じています。他人をあるがままに受け入れ、他人と自分を切り離し、自分が何をするかにフォーカスしましょう。
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はじめに
私たちは誰でも、他人が言ったことにかっとなって心を乱したり、イライラさせられた経験があります。
そのような感情の乱れは、一呼吸置いたり、一歩下がったり、自分の感情を相手や話題から切り離すことで、避けることができます。
自分の感情を他人や出来事や外部環境から切り離すこと、周囲で何が起ころうが、適度に心の距離を置き、平穏を保つこと、それがデタッチメント(Detachment)だと前回説明しました。
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Let Them Theory:相手のしたいようにさせておく理論
「Let Them Theory:レット・ゼム・セオリー」は、アメリカのポッドキャスター、メル・ロビンス(Mel Robbins)が、デタッチメントをとても簡単に分かりやすく説明したものです。
「Let Them:レット・ゼム」を直訳すると「彼らに~させる、~させておく」です。うまく短い言葉で日本語に置き換えるのが難しいですが、とりあえずこの理論を「相手のしたいようにさせておく理論」と訳しておきましょう。
彼女がこの理論をポッドキャストで紹介したのは2023年ですが、今回紹介する書籍「The Let Them Theory(邦訳)相手のしたいようにさせておく理論」は、それを書籍にまとめたものです。2024年12月の出版以降、話題となっているベストセラーです。
メル・ロビンスは、他人の言動に対するコントロールを手放し、自分自身の反応に焦点を当てることで、ストレスを減らし、人間関係を改善するためのアプローチを紹介しています。
平易な言葉で、彼女自身の分かりやすい実例を織り交ぜながら紹介していて、とても読みやすいです。色々な理論を幅広く調べてもいます。「ちょっとどうかな?」と感じるところがないわけではありませんが、うまくシンプルに書いているなと感じる部分が多いです。
まだ日本語版は出版されていないようですが、彼女の過去の本は翻訳されているので、このベストセラーもすぐに翻訳されるでしょう。その時にそのリンクを貼り付けておきます。
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プロム
メル・ロビンズがこの理論をひらめいたエピソードとして、彼女の息子のオークリーのプロム(高校で学年末に行うフォーマルなダンスパーティー)を挙げています。
ロビンズは、プロムに参加するオークリーの世話を焼き過ぎて、ダンス相手のために自分が作ったコサージュを無理矢理持たせたり、ディナーの予約をしていなかった子どもたちのために、店をアレンジしようとしたり、様々な口を出します。
ロビンズは、娘のケンドールにたしなめられます。
「ママ、オークリーたちがプロムの前にレストランじゃなくてタコスバーに行きたいって言うなら、行かせればいいじゃない」
「雨でスニーカーが濡れようが、ずぶ濡れになってプロムに行くことになろうが、オークリーたちの好きなようにさせればいいじゃない」
「ママのプロムじゃなく、オークリーのプロムなんだよ!オークリーたちの好きにさせなよ!」
娘のケンドールに繰り返し言われた「Let Them」=「オークリーたちの好きなようにさせなよ!」という言葉がロビンズの心に突き刺さります。
ロビンズはそれまで、家族だけでなく、その他の人たちや出来事をできるだけコントロールしようとしてきました。その背後にコントロールを失うことの恐怖や心配があったからです。しかし「Let Them:相手のしたいようにさせる」というたった2つの単語がすべてを変えます。相手が思うようにさせておけばいいのです。
- 狭いタコスバーに大勢で押し寄せれば、折角のタキシードがずぶ濡れになるかもしれないが、そうさせよう。
- 家族の準備が遅いので遅刻するかもしれないが、急ごうともしていないのなら、ゆっくりさせておこう。
- 祖母が新聞を読むのに、大声を出して読みたいのなら、大声で読ませておこう。
- 家族が食べ終わった食器をシンクに置きっぱなしにしたいのなら、そうさせておこう。
- 親戚が私のキャリアを批判したいのなら、批判させておこう。
- 義母が私の子育てのやり方が気に食わないと言うのなら、反対させておこう。
- 公園で前を歩く女性が犬にリードを付けずに散歩しているが、そうしたいのならそうさせておこう。
- 飛行機で後ろの乗客が口も押さえずに咳ばかりしているけど、自分はマスクをした上で、そうさせておこう。
- スーパーのレジ係の手際が悪くて待たされているけど、彼女のペースで仕事をさせておこう。
- そのやり方では失敗するかもしれないが、失敗させておこう。
- 自分の取った行動に誰かが失望するかもしれないけど、がっかりさせておこう。
「Let Them」と口に出し、相手がしたいようにさせておけばおくほど、自分が抱えていた心配や不満の多くは時間の無駄で、気にする価値もないことに気づきます。エネルギーを注ぐ意味もないし、ストレスを抱える必要もないと気づくと、さまざまなことから解放されます。
重要なのは、何が起きるかではなく、自分がそれにどう反応するかだ
~ エピクテトスIt’s not what happens to you, but how you react to it that matters.
~ Epictetus
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Let Them:相手のしたいようにさせておく
人間は皆、できるだけのことをコントロールしたいという本能的な欲求を持っています。
かつて人類にとって、物事をコントロールできるできないは、生死にかかわる重大な問題だったからです。コントロールできなければ、身の安全が脅かされ、危険にさらされるかもしれませんでした。それを本能として私たちは先祖から引き継いでいます。
しかし、どんなに努力しても、私たちは他人を自在にコントロールしたり変えたりすることはできません。私たちがコントロールできるのは、私たち自身だけです。自分の考え、自分の行動、自分のエネルギーの使い方です。
私たちは間違ったことをコントロールしようとして、知らず知らずのうちに他人のせいにしてきたことを知ります。
驚くのは、他人をコントロールするのをやめるほど、自分に対しても他人に対しても、自分が思っていたよりもずっと大きな力を持っていることに気づくことです。
ロビンズは言います。
他人に対するコントロールを手放すほど、自分の人生をコントロールできるようになりました。他人を問題視するのをやめることで、今まで考えられなかったほど人間関係が改善しました。他人を管理する必要性に縛られない人生が広がりました。まるで何年も閉ざされていた扉の鍵を開けたような感覚でした。
相手を受け入れ、相手のしたいようにさせておくことで、人は相手をありのままに受け入れ、ストレスが減り、自分がコントロールできることに集中し、人間関係を改善することができるのです。
コントロールできないことを抱え込んで、人生を無駄にするのはやめましょう。
ロビンズによれば、私たちの不幸の多くは、人生のコントロールできない側面をコントロールしようとすることから生じています。また、他人の考えや行動や感情を内面化してしまい、他人に自分をコントロールする力を与えてしまうことから生じています。
重要なのは、他人をあるがままに受け入れてそれを尊重し、私たちがコントロールできること、つまり自分自身の行動と反応に焦点を当てることです。
しかし、コントロールを手放すことは容易ではありません。
他人に対するコントロールを手放すことは、自分の「弱さ」につながると思う人が大勢いるからです。そうではありません。むしろ自分の勇気を試すことであり、自分の強さと、自分に対するコントロールを取り戻すことです。
これがあなたの人生のさまざまな場面にどのように当てはまるかを考えてみてください。
例えば、職場の会議で、素晴らしいアイデアを思いついたとしましょう。
「このアイデアは絶対にヒットする!」あなたは確信します。
しかし、それを提案しても、大きな反応はありません。皆なるほどとうなずくのですが、すぐに次のアイデアに話題が移り、気がつけば他の誰かのアイデアが議論の的になっています。
あなたは自分が無視されたかのように感じます。もっと別の言い方をすべきだったのか、もっと耳を傾けてもらうよう努力すべきだったのか、自問自答し始めます。
その瞬間、あなたはみんなに意見を却下されたことに心を打ちのめされるか、選ばれた別のアイデアにどう貢献できるかを考えるか、どちらかを選ぶことができます。
あなたが提案したこと、それ自体に価値があります。あなたはチームに貢献したのです。しかし、それを他人がどう評価するかあなたはコントロールすることができません。却下されたことをいつまでも引きずるのか、切り替えてチームにさらに貢献するのか、それはあなた自身が決めることができます。
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Let Me:私がこれをする
仮に、あなたが他人をコントロールしたいという欲求を手放すことができたとします。
部下が自分のアドバイスを聞かず失敗しても、同僚が自分のアイデアを横取りしてあたかも自分が考えたかのように偉そうに説明しても、上司が失敗を自分に押し付けてきても、子どもが注意を聞かず怪我しても、妻とニュースに対する意見が合わなくても、感情的に振り回されない力を得たとします。
すると、あなたは考えるでしょう。
「他人に振り回されないメンタルを得ることはできた!しかし、次に自分はどうしたらいいのだろう?」
しかし、あなたは次に何をすればいいのかわかりません。
実は、「Let Them:レット・ゼム」は、方程式の半分に過ぎません。
そこで止まってはいけないのです。この理論には、非常に重要なもう半分の方程式があります。
「Let Me:レット・ミー」です。
「Let Me:レット・ミー」を直訳すると「私に~させて」ですが、この本では日本語の「させて」よりも強い意味を持つので、「私がこれをする」と訳しておきましょう。
「Let Them:相手のしたいようにさせておく」の次に「Let Me:私がこれをする」がこなければならないのです。
あなたの究極的な力の源は、他人の管理を手放すことではなく、自分自身の行動を決断することにあります。
「Let Them:相手のしたいようにさせておく」をマスターすることで、あなたは他人に心を乱されない力を得ることができます。「Let Me:私がこれをする」と言う時、フォーカスは他人から自分に移ります。あなたは次に自分が何をするか、自分が何を考え、何を言うかに責任を持ちます。そして、その力を活用するのです。
この理論は「Let Them」と「Let Me」が対になっていなければ機能しないのです。
Let Them:他人の言動に乱されない選択をする
Let Me:自分で自分の行動を決め、実行する
Let Them:受動的な態度ではなく、意図的にコントロールを手放し、相手を受け入れる
Let Me:相手が何をしているかを気にするのではなく、自分が何をするか自問する
他人の決定をコントロールせず、それを受け入れることは相手に屈することではありません。その結果、自分の反応をコントロールし、自分自身の目的に見合う生産的な行動に集中することです。
自分の人生に責任を負うのは大変です。未来を変えるのは大変です。しかし、変えられないわけではありません。
がんばっても何も変わらないように感じます。しかし自分が行動を起こせば、例えどんなに小さなことであっても、その時、何かが変わっています。
とにかく、やってみましょう。
自分の関心のある問題について、ただ座って自分が目にする混乱を誰かが片付けてくれるのを待つのではなく、自分の未来を変えるような行動を起こしましょう。そうすれば、どんなに問題が大きくても、どんなにストレスや不安を感じても、それを他人のせいにするのではなく、自分の行動と態度を通して、必ず何か改善できることがあるということを学ぶでしょう。
もし誰かが現れて問題を解決してくれるだろうと切望するのなら、自分自身がその待ち望んでいる存在になりましょう。あなたが見たい変化を自ら生み出しましょう。
それが「Let Me:私がこれをする」の力です。
- 私が始める。
- 私がリスクを負う。
- 私が自分の望みをかなえる。
- 私が行動に移す。
思慮深く献身的な市民の小さなグループでも世界を変えられることを決して疑ってはならない。
実際、それだけがこれまで世界を変えてきたのだ。
~ マーガレット・ミードNever doubt that a small group of thoughtful, committed citizens can change the world.
Indeed, it’s the only thing that ever has.
~ Margaret Mead
周りの人全員、世界全体、公園で他人が何をしているかをコントロールすることはできませんが、それに対して自分が何を言い、何を考え、何をするかはコントロールできます。「Let Me」の真の力はそこにあります。
あなたが何をしようがしまいが、何を言おうが言わまいが、悪く言ったり、批判する人は必ずいます。そのような人たちの悪口や嫌味に引きずられる必要はありません。他人の考えを正してやろうと思う必要はなく、他人の意見の虜になったり他人に操作される必要もありません。言わせておけばいいのです。それが「Let Them」の力です。
「Let Them」と「Let Me」は両輪なのです。
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さいごに
実は、この書籍、とても売れている一方で、批判がないわけではありません。
物事を単純に表現し過ぎているとか、盗作しているなどと言った批判です(Cassie Phillipsが2022年に書いた詩「Let Them」を引用することなく利用している)。
盗用について私がコメントすることはありませんが、人のアイデアを盗むだけではこの内容を分かりやすく書くことはできないでしょう。多くの人たちに受け入れられているのは、単純にシンプルに表現していて、それが的を得ているからこそとも言えます。
批判する人はある点のみを見て批判しています。物事は全てバランスです。また、すべては文脈によります。文脈によってあることが正しい時もあれば、間違っている時もあります。ある点だけを見て揚げ足を取るのは簡単です。
この理論で重要なのは「Let Them」と「Let Me」は対をなしているという点です。
この本を読んで、本のタイトルにもなっている「Let Them」にフォーカスする人も多いと思います。また、多くの人たちが「Let Them」を変に解釈したり、「Let Me」を無視したがるでしょう。しかし、それも物事の一部しか見ず、バランスを欠いている一例です。
ロビンズも書いているように、「Let Them」だけでは片手落ちです。「Let Them」はファーストステップとしてとても重要です。しかし、そこで終わってはいけません。
繰り返しますが、「Let Them」と「Let Me」はセットなのです。
あなたはこれまで、制御できないものを制御しようとして、世界を自分の期待に合わせようとしてきました。
でも、もしそうではなく、世界があなたに投げかけるどんな出来事に対しても、自分自身の反応を変えることにフォーカスしたらどうなるでしょうか?
天気は変えられません。でも、それがあなたにどう影響するかは変えられます。
意地悪な同級生や、嫌味上司や、感じの悪い近所のおじさんを変えることはできません。言う事を聞かない子どもやパートナーを変えることはできません。でも、それがあなたにどう影響するかは変えられます。自分だけでなく、相手にも良い影響を与えることができます。
周りで何が起ころうとも、それがあなたにどう影響するかは、あなた自身が決められます。
愛する人からの一言が、自尊心を傷つけるか、貴重なアドバイスと捉えるかは、あなた自身が決められます。
誰かが成功した姿を見て、成功を諦めるか、その人を妬むのか、より一層努力しようと勇気をもらうのかは、あなた自身が決められます。